第六十四話 公国の会談
場面、変わっております!
それから二度目ですがこの不定期更新、きっと12月からは復帰してみせますので暫しお待ちを!
ここはレストール公国の西方、戯天領。そのほぼ中心に位置する、米国の白い家を彷彿とさせる白い建物の中にて、五人の人物が大きな縦長の机に向き合う形でこれから始まる会談に臨んでいた。
その広間を照らすシャンデリアの明かりは強く、全員の顔がよく見える。一人は落ち着きのある物静かそうな女性。一人は齢の割にはまだ若干の幼さを感じさせる顔の青年。一人はその青年よりもかなり幼い、まだ小学生のようにも見える少年。もう一人は整った顔立ちの女性で、最後の一人は髪を茶髪に染めた、いかにもチャラそうな感じの男性だった。
「今日は五人、か。まあ、これでも揃った方だよね……って思っちゃうのはやっぱり僕の感覚がおかしくなってしまってるってことなのかな」
幼顔の青年が自分でおかしくなったのか、少し笑って言う。しかしそれを否定する者は誰もいない。無言の肯定というやつだろうか。しかしその静けさを、茶髪の男性が破った。
「それでぇー?今日さ、オレらをさ、呼んだのはさ、何でなのかな。前にさ、集まった時からさ、あんまりさ、時間さ、経ってないよねぇ?」
やたら文を区切りながら話す茶髪に、同意とでも言うように他の三名も相槌を打つ。どうやら幼顔の青年が招待者で、彼らが招待客のようだ。彼の質問に、幼顔の青年が答える。
「ああ、うん。ちょっと不思議な情報が入ってね。別に連絡するだけでも良かったんだけど、一度顔を合わせて話し合う必要があったと思ったんだ。それでお忙しいであろう中わざわざここまで足を運んで頂いたわけなんだ」
「――僕様にはお前がそこまで気にする程の問題があるとは思えない」
そこへ次に口を挟んだのは正真正銘の幼子、小学生の子だった。
「僕様達は基本的にあらゆる事象、問題が驚異になり得ない。にも関わらず、そんな僕様達をお前が急に呼び出すなんてのは、よほどイレギュラーなことが起きたとしか考えられないわけだが、最近はこの世界もかなり落ち着いてきていてる。よってそんな突飛な出来事が起きるとは思えない」
青年は小学生にお前呼ばわりされる事にも慣れているのか、それを取り巻く連中も揃ってそのやや異常な光景を指摘する者はおらず、その質問も概ね予想通りとでも言うかのような顔をして、こう切り返す。
「ごもっともだね、雅人君。君の言う通り、ここ最近は表立って困った出来事なんてのは起きていない。”魔王”だって一切動きを見せないし、第二世代の人たちも比較的この世界に馴染んできている。だから、今回の件も正直な話そこまで大事なことでもないんだよね、実際のところ」
青年の発した魔王というワードに少し目を細めた雅人君と言われる少年は、自身の言葉を肯定するその答えに黙りこむ。が、
「じゃあさ、いちいちさ、オレらをさ、呼ぶ必要とかさ、無かったんじゃねーの?」
「た、確かに……」
青年がつらつらと言葉を並べ、そしてまたも質問が飛んできた。それも物静かそうな少女の同調付きで。
「いや、それでも一応は伝えておこうと思ってね。それで呼んだんだよ。まあ、本当にこれは僕の杞憂かもしれないんだけど……」
「それを早く言ったらどうなんだ。何度も言うが僕様は忙しい。前回は面倒で出席しなかったが、そのすぐ後の招集だから何事かと思って来てあげたんだ。用件を早く言え」
「あ、うん。ごめんね雅人君。では単刀直入に言わせてもらうとーー」
そこで再び広間に静寂が訪れた。しかし先程のそれとは違い、これから青年から発せられるであろう言葉に耳を傾ける彼らからは微小ではあるが緊張が感じられる。彼が何を言うのか、何があったのか、皆が待つ中彼が放った言葉は、
「ーーアルメリア王国近海の主が、何者かによって始末されたらしいんだ」
「「「「ーーーー」」」」
全員を黙り込ませるには事足りるものだったようだ。だが、
「あ、あれ、結構皆驚いてくれているみたいだね!嬉しいよ!」
「――帰ってもいいいか?」
「同じく。時間の無駄ってやつだったっしょ」
青年の発言に対する沈黙というのは、驚きではなく呆れが生じさせたものだったらしい。雅人が椅子から立ち上がろうとするモーションを取り、茶髪の男もそれに続こうとする。
「いや、ちょっと待って!まだ話は終わってないんだから」
そんな彼らを引き止める青年。その二人も、足こそ止めはしたがどちらも聞いても無駄とでも言いたげな顔をしている。
他二人の女性陣は現状会談を打ち切って帰ろうとする意思などは見えないが、しかしこれから話す内容によっては帰ってしまってもおかしくはない、そんな心持ちのように思えた。
「まーくんもさ、そうだし、オレだってさ、そう。皇帝さんにさ、無理言ってさ、こっちにさ、顔出してるわけ。だからさ、何度も言うようだけどさ、手短にさ、いきたいんだよね」
「僕様もそこの馬鹿と同意見だ。早く帰らせろ」
「だあーっ!なんでわかってくれないかなあ!」
態度を変えない二人の姿に嘆く青年は、自らの黒髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
そもそもこの二人はいつもこう。会談には幾ら招集をかけようが三回に一度くらいしか現れない。未だ皆勤賞の青年からすればその適当さも含めてなんとか改善して貰いたい限りなのだ。もっとも、今日も来ていない三人に比べればこの二人もまだ可愛げがあるようなものなのだが。
「――ああ、でも、なるほど。確かに考えてみればそれはおかしいのかもしれません」
そんな中、何かを理解した淑やかな少女がポツリとこぼす。
「あ、わかってくれた?」
「はい、おそらく。アルメリアには天がいない。それに、戦力として名前の挙がる存在というのも……私にはミタニさんくらいしか……」
「そう!そこなんだ!流石だよ……聖の名を冠するに相応しいよねその理解の早さと優しさは」
青年にそこまで言わしめるのも無理はない。彼女も基本的にはこの会談に顔を出すことを欠かさない、彼らの中でも極めて少数派の、常識を持った人間だ。
そんな彼女の発言に、周りの者たちも何かに気付いたように考え込み始める。
「ミサ以外にも、”第一”の人間で一応知った人がいないわけでもないけど。そうね、神威は?神威なんかはどうなの?」
そこに容姿端麗な女性が神威、とか言う人物の名を挙げた。そしてその名を聞いた時の全員の反応から、どうやら皆が見知った人物であるとわかる。
「神威君は……。確かに実力はあるけど、性格的にそれはない気がするよ」
「そうだな。それが、世界停止の後で「格好良いから」とか言う理由で名前を神威に改名したあの能無しのことを指すのなら、それはないだろうな」
しかしそんな意見を青年と少年が真っ向から否定する。二人の話を聞く限りあまり好印象は持たれていなそうだ。
「じゃあさ、誰がさ、やったのー?ってことがさ、謎なわけっしょ?」
「そういうことだね。蒼天が今、帝国にいると確認が取れているんだけど、本人が否定してるらしいからその線も違うみたいなんだ」
「――やっぱり今日のところは帰らないことにしておこう」
茶髪の質問に答えた青年の言葉に、偉そうな少年から元気が失われている気がする。その蒼天なる者に負い目でもあるのだろうか。その真意はわからない。
「とにかく!王国にも出来る人間がいるかも知れないし、それは魔の者かも知れない。皆、一応注意をしておいて欲しい」
「はいはい、了解デース」
「わかりました」
「わかったわよ」
「――――」
それぞれの反応を見て、青年は会談を打ち切った。伝えることは伝えておいたので、後はそれぞれで頑張って貰うことになるのだろう。少なくとも彼らは、そういう存在だ。
皆が広間から立ち去っていき、残されたのはやや表情に疲れの残る青年と、何かを考え込む女性の二人だった。するとそこへ、
「やあー!二人共!会談の方はどうだったかな?ん?んんー?」
盛大に扉を開いて飛び込んできた金髪碧眼の男性。その身は高そうな白のタキシードと金品で包まれており、懐が豊かなのは誰の目から見ても明白であった。
「どうだったも何も、僕じゃ上手く纏められなくて堪えますよ。いっそバトラーさんに丸投げしたいです、この役目」
「いやいや!彼らを纏められる人間など君以外にはいないさ!会談皆勤賞の戯天クン以外には、ね」
そう言って彼は――貴族、レストール・フォン・バトラーはニヤリと笑う。戯天と呼ばれる青年の気苦労などお構いなしのようだ。
そしてそんな彼の興味の矛先は、もう一人の女性の方へも向けられる。
「憐天、キミが彼を支えてあげないと、潰れてしまうかも知れないよ?せっかくこの国には天の加護が二つも在るんだから……是非ともこの国に栄えを!富を!繁栄を!――もたらしてくれよ?」
「うるさい。私は私のやりたいようにやるわ」
「おおー、相変わらずおっかない子だね」
両手を挙げたバトラーは、最後に「話はそれだけだ」と残して早々に広間から立ち去っていく。あんなのでも一応はこの国のトップなのだから不思議なものだ。
それから、バトラーが出て行ったのを目で見送った後に、さっきまで何かを思考していた憐天は戯天を見やり、
「――私、この国から一回離れるから」
「というと?」
「行きたいとこが出来た。だから、行ってくる」
非常に、そして完結に言葉を紡ぐ彼女に彼は呆れたような顔をし、それでもそんな自由な彼女に対して、
「いいよ、ただし帰ってきたら話を聞かせてよ」
それを条件に外出を許可した。本来”天”が他国へ渡る時はもっと色々な所へ話を通さなければならないのだが、なんだか今は疲労のせいかそんなことも憚られた。いつも通りに、どうぞ好きにするといい。さっきの言葉にはそんな諦観のようなニュアンスも含まれていた。
そこまで話して、二人は席を立つ。彼は事務を、彼女は彼女なりの準備をせねばならない。だから彼らの会談は、これで本当にお開きとなる。
「はあ……」
すっかりこの世界に染まっている自分に、今も欲している誰かの存在に、そんな数多ある体内の憂いを吐き出すような彼のため息は、どこか重みを帯びているようにも見えたのだった。




