第六十一話 天の加護
本当に遅くなってしまい、申し訳ありません!今は少し忙しい時期でして……。
出来たら今晩あたりでもう一話更新しようと思います。
俺がミタニさんとの戦闘を終えた帰り道。俺とリザとミタニさんの三人はどうしてか歩いてエストリアへと向かっていた。
「ミタニさん、どうしてまたタクシーをお呼びしなかったんですか?先程行ってしまったタクシーだってまだ呼び戻せるかもしれませんよ?」
エストリアまで歩き始めてすぐに俺も気になったことをリザが聞いてくれた。流石あの魔境のような孤島で助け合ってきたパートナーだ、よくわかってるぜ。
そんなリザの問いかけに対しミタニさんは戦闘中となんら変わらない気さくな笑顔でこう言う。
「もう、リザちゃん……だったかな。そろそろミタニさんはやめて欲しいかなー。これから同業者となる者同士、そんな他人行儀な呼び方はあんまりじゃないか。だからここは普通にミサでいいよ」
「い、いえいえ!流石にそれは恐れ多いですっ!せめてマスターさん、でお願いします」
「んー、それもそれで他人行儀な気がするんだけど……まあそう呼ばれるのも嫌いじゃないし、それはそれでいっか!」
どうやら当初のリザの意とは全く異なることが解決したらしい。それにリザ自身もミタニさんのペースに乗っかって質問を忘れてそうなのが恐い。そこで俺はミタニさんにきっぱりと言っておく。
「ミタニさん、質問の方は」
「はっ!忘れてました!」
俺の言葉にリザが反応する。リザさんったら本当に忘れていたらしい。本当に良い意味で期待を裏切らない子だ。
「大丈夫さ、ちゃんと答えるよ。でも君も君さ。ちゃんと今の話を聞いていたかい?ミタニさんなんて他人行儀な呼び方はやめて、と言ったはずなんだけど?」
それって俺に向けても言ってたんだな。てっきりリザに対して言ってるものだと思って考えてもいなかったから。えーっと、ここは何て呼んだ方がいいのかな。いっそリザと一緒で……。
「マスターさん」
「はい、却下」
即答!?ていうか何故リザは良くて俺はだめなのか、さっぱりわからん。俺は思いつく限りの呼び名でミタニさんを呼ぶ。
「マスター」
「それも却下だ」
「ミタニ」
「ないね」
「戦闘マニア」
「殺されたいのかい?」
ふいにミタニさんのこめかみに筋が浮かびあがる。あ、これ以上は不味そうだ。またドンパチが始まってしまう。でもこれらの名前以外に彼女の欲する呼び名があるのだとすればそれは……。
「じゃあ……ミサさん?」
「もう一声!」
もう一声も何もこれ以上まで行くともうそれしかないだろう……。思わずして戸惑う俺。なんでも俺にはまだ出会って一日も経っていない相手を、それも年上の女性のことを下の名前で呼ぶだけの甲斐性なんて毛頭ない。だが、見ろ彼女の表情を。俺がその名で彼女を呼ぶことを期待に満ちた目で見ているじゃないか。はあ……もういいよ、わかったから。
「――ミサ」
「うん、それだ。それでいこう」
俺がそう呼ぶと満足そうな表情で先へずんずん進んでいくミタニさん――ならぬミサ。ああ、もう危ない。勢い余って転びそうで冷や冷やさせられる。
「あ、それからさっきの質問だったね!忘れそうだったよ」
「ああ、それだよ、それ。ってか忘れそうになってるじゃんか」
「あはは、ごめんごめん。ちょっとはしゃいじゃってね」
「はしゃぐって……」
俺に下の名前で呼ばれてはしゃげる人間が存在するなんて……人生捨てたもんじゃないな。そんな感じに俺が感傷に浸っていると、一連のやり取りを見ていたリザが頬を膨らませていた。ひょっとして二人で話してたから寂しくなったのかな。俺はリザのご機嫌取りを始める。
「リザ、平気か?俺は別にリザを放ったらかしにしてたわけじゃないんだぜ?全ては自由奔放に部下で遊ぶ上司が悪いんだ」
「ねえ、君。声が筒抜けなんだけど」
声のボリュームには注意したつもりだったんだけど聞こえていたらしく、ミサがこちらへジト目を送ってくる。
「ってことだからさ。あんまりいじけんなよ、リザ」
「いえ……ただ、マスターさんを下の名前で呼ぶのを嫌そうにしながらも、内心では嬉しそうな陽太くんの心情が見え隠れしたので、つい」
「わかってても皆まで言うなよ!!」
最近、うちのリザが超能力を嗜むのですが。
いとも容易く俺の心を読み当てちゃうリザを尻目に、ミサが口を開く。
「まあ、話が何度も脱線しちゃったけど、本題に入るね?」
「誰のせいだと思ってんだ」
すっとぼけるギルドマスターに思わず強めな口調で突っ込んでしまう俺。
「なんで歩きなのかって、さっきのタクシーの運転手にはここら一面が焼け野原になる可能性があるから早く行けって言っちゃったからもう速攻で帰っちゃっただろうし」
なんてこと言ったんだこの人……。道理で帰るのがやたら速いと思ったよ。
「何より一番の目的は、これから君たちが過ごすことになるであろうあのエストリアの街を軽く紹介、それも含めて世間話でもして親交を深めたいな、と思ってね」
「なるほど」
俺もリザも納得する。目的が悠斗や瑞希との合流である俺たちはあまりあの街に長居する気はなかったが、それでもそれは俺たちにとっても全然悪い話じゃない上に、ミサ自身も信用のできそうな人間だ。むしろこっちとしては大賛成なくらいだった。
「それで聞きたいんだけど、二人はどうしてエストリアに?」
納得してすぐ、ミサから質問を受ける。どうしてもなにも、俺たちはどちらかというとここに流れ着いたようなものなので、理由を聞かれると困ってしまう。それに俺たちには孤島での生活という過去がある。これを説明しても信じて貰えるのかというのもあるし、それが原因で変に目立つのも嫌だ。
なので俺は過去のことは話さず、エストリアへ来るまでの経緯のみを話すことにした。
「いや、たまたまそこの海で”シー・サーペント”とかいうのに襲われてる親子を助けようとして倒したらお礼にって連れてきて貰ったんだ」
「シー・サーペントを殺ったの……?――あはは、でも君ならそれも出来るだろうね。あの強さは未だに信じがたいほどだよ」
苦笑するミサは、俺の強さをよいしょしてくれる。やめて、自分に酔っちゃうから!
「ミサでもあれを倒すのは厳しいのか?俺には見た目だけのやつに見えたんだけど」
俺はあの海竜との戦闘を思い出して率直に言う。事実、あれは格好だけは一丁前だったがあまり強くはなかった気がする。神魔眼を使ってレベルを見る気にもならなかったからな。
ミサはまたも苦笑を漏らすと、
「ボクなら倒せたとは思うよ。でも、君のように見た目だけのやつ、とは思えなかっただろうね。あれは一応あの海の主だったから、今頃あの近海は次の主争いで忙しいんじゃないかな」
「へえ……」
どうやら俺は結構でかいことを成してたみたいで、内心興奮してたりする。今までの人生逆境ばかりだった気がするからなあ……これくらいの優越感には浸らせて欲しい。
「あの海竜はね、基本的に海での被害しか起こさなかったから。要はあの近海に近付かなければ問題はなかったんだよ。だからこの国は海竜の存在を知りながらも戦力をそちらへ向けることはしなかった」
「でも、魔導師隊かなんかもやられてんだろ?それでもほっといたのかよ」
俺は自らの声に若干の怒りが混ざっていることに気付く。それは海で出会ったあの親子が脳裏にチラついたからだ。ああして死にかけた奴も、死んだ奴もいるのに放っておく考えは俺にはいまいち理解できない。
「君が怒るのもわかる。確かに被害を減らすために海竜の撃退を行うのは国として当然のことだが、なにぶんこのアルメリア王国は全四カ国中、最弱国だ。各国が領土拡大へと兵を駆り出すため戦力のほとんどが前線に集まっているし、その戦力も大したことはない。そして何よりこの国には――」
そこでミサが顔を顰めて言う。
「――天の加護がない」
「天の加護?」
天の加護。また天が出てくるのか……。どんでけ根付いているんだよこのワードって。全国的にそうなのだろうか、それともこの街の人々だけなのか。――まあ、おそらく前者なんだろうけど。
「そう、天の加護。八天のことは知ってるだろう?彼らは今どこにいるんだろう、なんて思ったことはないかい?八天を知る者ならきっと誰もがそれを思うだろう。その八天なんだけど、何も一箇所に集まっているわけじゃないんだ。八天だって皆が皆仲良しってわけじゃないしね」
「まあ、そうだろうな」
「なんだか寂しいですね」
何か昔を懐かしむような、遠い目をするミサ。まあ、確かに寂しいことではあるかもしれないが彼らだって八天である以前に人間だ。それくらいは当然と言えるだろう。
「彼らのうち、四人は北方に位置する皇帝の国、ダリア帝国に。二人は西方に位置する貴族の国、レストール公国に。一人は東方に位置する皇の国、覇樽皇国にてそれぞれ手厚く扱われ、それぞれ広大な領地を貰って生活をしている。まあ、厳密に言えば皇国の方はちょっと事情が違うんだけど」
ふむ……ほんと面白い感じに国が四つに分かれてるな。あれ?でも今の話でいくと一人足りなくないか?四人と二人と一人だから……いるはずのあと一人。
「それはわかったけど……じゃあもう一人の天はどうしたんだ?聞いたところ今の紹介では七人しかでてこなかった気がするんだけど、その人がここにいてくれるんじゃ?」
「ああ、あたしもそうだったならと心から思うよ。でもね、その人はこう……なんというか、自由な人なんだ。彼は――蒼天は領地を持たない。だから今は各国を渡り歩いるみたいなんだけど、それはつまり彼が今もどこにいるかがわからないってことなんだ。その上彼は八天同士で不定期に行われる会談にも今までに一度しか顔を出していないという強者。よくあの面子を前にサボれるものだよ、かえって感心するね」
ということらしく、本当にこの国には八天のメンバーが一人もいないらしい。それを聞くとさっきの話も少しは理解できた。
八天とはそれほどまでに大きい戦力なのだろう。それ故、その内一人も抱き込めていないこの国は相当他の三国に遅れを取っていて、戦力だって地方には回せない。それでも被害を放っておけないこの街の人々は仕方なく街の魔導師隊を送り出したのだろう。その結果は実らなかったわけだが。
「出来ればあたしが向かいたかったんだけどね……ここ最近は少し立て込んでてさ。だから君が倒してくれてかなり助かったんだ。ありがとう」
「――それはどうも」
すると、ミサが俺に礼を言った。こうして面と向かって礼を言われると照れるな……ミサってかなり美人だし、ギルドでもかなりモテるんじゃないだろうか。俺は少し俯くことでその顔を隠す。
「あ、街が見えてきましたよ!」
そうして俺が照れていると、リザの快活な声が聞こえてきた。見ればその言葉通り眼前にはエストリアの街が見えていた。この国の実情を聞いた上で改めて見てみると、あんなにも広かった街が心なしかちっぽけに見えてしまう。
街までは、もうすぐだ。




