第五十八話 世界はヌルゲーでした
ここまで長かった……!!
がやがやとした活気のある商店街をミタニさんが拾ったタクシーで抜けていく。どうして街を抜ける必要があるのかはミタニさん本人に聞いて欲しい。
「あのー、ホントにギルドマスターさんなんすか?」
俺は先程耳にしたばっかりの彼女がギルドマスターであるという話を再度聞き直した。だって俺の中でのギルドマスターのイメージっていうと、もっとこうムキムキのおじいちゃんだったり、黒いローブを着て長い杖を持った髭の長いおじいちゃんだったり、なんかこう、もっと威厳とか貫禄とかそういうもんを兼ね備えた人だと思っていたからだ。
それに対してどうだろう、このギルドマスターを名乗るお姉さんは。多少は大人びているようにも見えるが口調はどこか子供っぽいし、今挙げたゴリゴリのおじいちゃん達と比べてみれば威厳なんて微塵も感じられない。こんな人が本当にギルドマスターなのだろうか。
「変なことを聞くなー、少年。ボクの一体どこを見てたらそんなこと疑っちゃうのさー」
「いや、全部ですよ、全部。あなたどう見ても若いですし、正直なところあまり強そうにも見えないですよ。まあ、別にギルドマスターってのが強さで決まるって思ってるわけじゃないんですけど……」
彼女のおどけたような態度にこっちまで思わず萎縮してしまう。どうやら彼女には自分がギルドマスターであると、それしか教える気はなさそうだ。
それにこのタクシーの運転手、俺たちが乗ってからというもの表情がかなり固まっちゃってる。俺たちが乗る分にはこの運転手をこんなにはできないだろう。よほどもう一人の同乗者が大物でもなければ。それが彼女を本当にギルドマスターであると裏付ける何よりの証拠のような気がした。
だが俺がそんなふうに思っていた折、彼女はおもむろに口を開く。
「いや、さっきの考えは違うね。ギルドマスターってのはそのほとんどが実力で決まるといってもいい。まあ確かに例外もいるっちゃいるが、大体はそのギルドにおける最強の人物がギルドマスターに成り得るわけさ。性格とか器とかは、その次だね」
「なるほど……」
それはつまり遠まわしに自分をエストリアのギルドにおいて最強だと言っているようなものなのだが、そのへんの自覚はあるのだろうか、一瞬はそう考えたのだが、すぐに自覚はあるなと思えた。なんせ彼女からは底知れぬ自信が伝わって来るから。
「そもそもボクたちの仕事ってのは、力のある者にしか務まらない仕事だよ。だから力のある者が上に立つのは当然のことだし、ボクはそんな今の世界が凄く気に入ってる。世界停止前のあの世界は……なんていうか凄く、窮屈だったからね」
「窮屈、か……」
窮屈。窓辺に肘をついてそう告げる彼女からは、その声の明るさとは裏腹にどこか寂しさが漂ってくる。世界停止以前の世界で何かあったのか、そこまで踏み込める勇気なんてものを俺は持ち合わせていなかった。
「あ、そろそろ街を出ますね!奥に草原が見えてきました」
「うん、もうそろそろだよ」
リザがそんな雰囲気をとっぱらうかのように笑顔で言う。その声の通り奥の方には綺麗な緑に色づいた草原が見えており、人気はかなり少ない。本当にここに降りるんだろうか。
「なあミタニさん、そろそろ教えてくれないか?俺たちここで何させられるんだ?言っとくけどリザには何もさせないかんな。俺の大事なパートナーだから」
「陽太くん……」
「うわ、なにさ!二人ってそういう関係なの?やだよねー、ほんとそういうのって。おいてけぼり食らった気分になるよ。一応ギルドマスターなのに」
別にそんな深い意味ではなかったのだけど……。どうやらミタニさんは俺とリザをカップルかなんかと勘違いしてしまっているらしい。全くもってリザに失礼な話だ。俺は反射的にそれを訂正しようとする。
「いや、俺とリザは別にそんな関係じゃ――」
「あ、運転手さん、ここで停めてー!」
しかし俺のそんな訂正の声はミタニさんのタクシーを停める声によって遮られた。どうやら目的地に到着したらしい。窓から外を見渡せば、何も遮るものがない相変わらずの草原。マジで何されるんだろう。
「まあ、とりあえず降りなよ。話はそれからさ」
ミタニさんの指示に従い、すぐにタクシーから降りた俺とリザ。そのタイミングを見計らってミタニさんがこれから去ろうとするタクシーの窓をコツコツとノックし、窓が完全に開くのを待ってから何かを言った。そしてそれを聞き届けるや否や全速力で街の方へ戻っていってしまうタクシー。いや、何を言われたんだよ。かなり気になってしまった。
「それで、私たちどうすればいいんでしょうか……」
もう、かなり遠のいたタクシーの後ろ姿をぼんやりと眺めながらリザが言う。見ればその表情は不安で満ちていて、そんな顔をするリザを見たミタニさんは困ったように笑いながら、
「そんな顔しないで欲しいかな。これでもボクは街のギルドのマスターを務める身だよ?一般人にそんな辛そうな顔をさせること、するはずがないだろう?」
なんて言ってのける。確かに彼女はギルドマスターであり、頼りにされる存在であるはずだ。そんな彼女が俺たちに危害を加えることなんてあるのだろうか……いや、ないだろうな。さっきから彼女の言動を見るに悪意やらなんやらは一切感じられない。となれば、やはりこちらの考えすぎなのだろう。ではなぜこんな人気のない場所へ俺たちを誘ったのか、俺は訊ねる。
「じゃあなんで俺たちをここまで連れてきたんだ?腕輪の弁償以外に心当たりがないんだが……」
「ええ、私もです」
というように、俺たちにはこれしかやらかした記憶がない。だから何かあるとすればこの腕輪の話だと思うのだが、彼女は何と言うのだろうか。
「あ、うん、それなんだけどさ。ビルが言ってなかったかな?その腕輪は覇天が付けても壊れないって」
「言ってたっけ?」
「いえいえ、ちゃんと言っていましたよ」
言っていたらしい。装着に一生懸命だったのか、全く覚えていない。
「でさ、君が壊せちゃうとおかしいじゃないか。それでいくと君は覇天より強いということになってしまうだろう?人類で一番最初に、未知の領域と言われる100レベルに到達されたあのお方をだ。そんなことはまず有り得ない」
「そりゃあそうだろうな。俺がそんな人類のトップを走ってるような奴を越えているわけがないもん」
レベル100に最初に到達、か……。それってどんだけ前の話なんだろな。今はもう200レベル、いや300台の奴だってざらにいるんだろう。そう考えた俺は、自分のちっぽけさを再確認する。
「つまりあの腕輪の魔道具は故障していた、ということになるわけさ。ここまではわかるかな?」
「ああ、わかる」
「はい、大丈夫です」
俺とリザの返事を受けてミタニさんは話を続ける。
「それでね、あの魔道具なんだけどさ、手に入ったのって最近なんだ。だから、故障していたとは到底思えないわけ」
「ああ、うん、なるほどね?」
「ふむふむ」
――あれ、なんか嫌な予感がしてきたぞ?何かを疑われていそうな、そんな気がしてならない。
「それに君たちときたらあたしのことも知らないし、特に金髪の子なんかはタクシーの窓から移りゆく景色を食い入るように見てるし、君も君で挙動不審すぎると思うんだ」
「ええっと?つまり何が言いたいんすかね?」
俺が彼女の解答を急かす。とは言ってもミタニさんが俺とリザを怪しいと思っていることは明確だった。実際俺自身が今の話を聞いていても確かに俺たちはかなりおかしい。だが、右も左もわからない今のこの世界では、おかしな挙動もご愛嬌というやつではないだろうか。
「じゃあ、結論を言うね。君たちに何か事情があるのはそれはもう、見ればわかる。それをこちらも追求したりする気はない。でもね、ボクたちとしても君たちみたいな出処も知れない子等を安々とギルドに加えるわけにもいかないんだ。それは、わかってくれるね?」
「あぁ、言ってることは確かにごもっともだと思うぜ」
俺はミタニさんの問いかけにそう返して、リザは小さく頷いた。
「そこでね、一つ妥協点があるんだ。君たちがあの覇天を越えているだなんてことは到底思えないよ。思えないんだけど、壊れるはずのない魔道具が壊れたのもまた事実。そこで、君たちには私と是非一戦交えて貰いたいんだ」
「一戦……交える?」
リザが不思議そうな声を出す。大丈夫だよリザ、俺も同じ気持ち。
「だって魔道具は壊れちゃったわけだから、君たちのステータスが測れないじゃない?それに君たちと戦って見れば強さの底が知れて、魔道具が壊れた原因が分かる。本当に故障だったのかどうかがね。ただそれだけでいいんだよ!それだけで、君たちのギルド加入……正式には冒険者免許の発行ということなんだけど、それをしてあげよう。あ、あと魔道具代もいいや」
「マジか!それはやるしかないな!」
「陽太くんがそう言うのなら!」
「おお!空気が読めるじゃないか君たち!あ、でももちろん全力で来てね?じゃないと今の話はなかったことになるからね?」
「当たり前だ!せっかくのギルドマスターなんかと戦うチャンス、精一杯アピールしとくぜ!」
この話だが、かなり良い話な気がする。ただ戦うだけで、あの孤島でのアレたちと繰り広げた殺し合いではないのだ。それで腕輪の代金を支払わなくてよくなり、ギルドにも加入できる。これはやるしかない!
隣を見ればリザも俺を見てガッツポーズをしていた。可愛い。
「ボクも最近退屈しててねえ。君なら少しは楽しめるかもって、それが君たちにこんな美味しい話を持ちかけたあたしの一番の狙いかな。少しは楽しませてよね、こう見えてもあたしのレベルは80を越えてるんだから。ま、あたしと同じ第一世代ならそれも当然かもだけどね」
ああー、リザはほんとにかわい――今なんて言った?
「ん?ええっと?レベルが80を越えてて、第一世代の方なんですか?」
「うん、そうだね。伊達にギルドマスターやってないよ」
「あ、そうですか。なるほど……」
突如俺を襲う圧倒的衝撃、圧倒的脱力感。あーっと……えー、これは?これはひょっとして?
「なあ、リザ。これはもしや?」
「え、ええ。これはおそらく」
「どうしたんだい?そこまで怯えることないだろう?」
ミタニさんが何か言っているが、それも最早耳に入ってこない。そのあまりの衝撃に俺の首筋を冷や汗が伝う。しかし言っておくがこれは決してビビっているからではない。むしろその逆。
「まさかのヌルゲーかよ……」
取り敢えず今俺が言えることは、この世界は俺たちに優しく出来ているのかもしれない、ということだった。




