第五十話 俺たちの希望は既に約束された未来だ
遂に序章が終了です!これまでお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございます!これからも日々努めていこうと思うので、応援のほどよろしくお願い致します。
リザを新たに得た回復系スキルで治療した後の俺は、かなり迅速な行動をとった。
小屋までの道のりをリザを背中に帰るのは、俺の高くなったステータスのおかげかなんら難しいことではなかったし、その道中ではごく一般的なアレに遭遇することこそあれどあの青黒いアレに遭遇することは辛うじて無かったため、俺は早々と帰路に着くことができた。もちろん見かけたアレは一度リザを安全な場所に寝かせてから瞬殺した。リザを一刻も早くあの小屋で寝かせてやりたかった俺はそんなところで時間をとってはいられなかったからだ。
因みに、属性剣はリザが近くにいるので封じておいた。炎とか、かなり熱いからな。リザに何かあったら大変だ。
ともかくそんなこんなでようやく小屋にたどり着いた俺は、リザを部屋のベッドに寝かしつけて願ったんだ。どうかリザが目を覚ましてくれますようにと。こんなところで終わらせないでくれと。しかしそんな俺の願いを他所にリザは……
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「何もここまで元気になるとは思わなかったよ!!」
「黙っていてください!今私は小一時間ほど愚かしくも寝ていた私に憤りを感じて仕方がないんですからっ!」
起きてすぐに俺に対しここはどこかと聞くリザに小屋だよと答えてからずっとこの調子のリザ。どうみても無事みたいなので安心はしたのだが、この騒ぎをかれこれ三十分ほど続けている。これはどう考えても荒れすぎだ。
「ここまでどうやって連れてきたんですか?抱えたんですか?抱えたんですね?ああっもう!なんでその時に目覚めなかったのですか!私のバカっ!」」
「おい……お前一応さっきまでどばどば血ぃ流してたんだぞ?そんなに荒れちまって大丈夫なのか?」
俺は流石に心配で聞き返す。あんな状況で選んだスキルだから、俺が見落としている不備が無いとも言い切れないからな。一時間延命するが死ぬ、とかいうスキルを選んじゃってたらそれこそ一巻の終わりだ。まぁ、流石にそこまでのへまをするわけがないが。
「いえ、陽太くんがどんなスキルを取得したかは知りませんがおそらく大丈夫だと思いますよ?傷口もしっかり塞がってますし、痛みも全くありませんから」
「そうか……ならいいんだけど、にしても暴れすぎだろ」
なんせ普段はおっとりしているように見えるリザが、今では部屋中を動き回ってはその長い金髪を振り回しているのだから俺がそう言ってしまうのも仕方がない。しかしそのリザも流石に疲れが来たのか、ダイニングにある席に座り、少しずつ落ち着きを取り戻しているみたいだった。そこで俺はそろそろいいかな、とタイミングを見つけて話を切り出す。
「まあ、こうしてお互い無事だってことをまず喜ぼうぜ。リザが自分の腹切ったときはマジでどうなることかと思ったけど、その……まあ、なんだ!色々助かった。ありがとう」
俺は心からの感謝を目の前でこちらをぽけーっと見つめるリザへ告げた。すると段々とリザの顔が朱に、いや紅に染まっていく。や、やべえ!俺の治療ミスか!?
しかし思わず心配になった俺が声をかけようとするとリザはがばっと立ち上がり、
「や、やけに素直にお礼を言ってくれたので照れてしまっただけですよ!?」
――どうやら彼女は自分の顔が真っ赤になっていることを自覚しているらしく、俺が声をかける前に否定してきた。まあ、本人がそういうのだからそうなのだろう。俺は大人しく口を噤ぐことにする。
「そんなことよりもっ、陽太くん!正気に戻ったんですね?」
さっきまで顔を赤くしていたと思えば、次は喜々として俺の話を持ち出してきたリザ。うーん、俺の話はまだ終わってなかったんだけども。というか正気に戻ったってのは今までの俺が正気じゃなかったみたいで些か失礼ではないか?
「人聞きの悪いこと言うなよ!すぐ調子に乗ったりはしたかもしんないけど、特に俺におかしな挙動はなかったはずだぜ?」
だから俺は思ったことを正直にリザに話したのだが、当のリザはやれやれとでも言うかのように両手を首のあたりまで上げ、首を振る。なんだ、なんかそれ腹立つな、おい。
「やれやれ、です」
口にも出てるじゃねえか。
「自分で自分の記憶を改竄しているような人の、どこが正気なんですか?そんな芸当が出来るのは世界中探しても陽太くんくらいのものですよ」
うん、どうやらリザは俺を救ったという大義名分を振りかざして俺を少し弄りたいらしい。そこで俺は彼女に俺へのからかいをやめさせる言葉を言い放つ。
「お前、誰のおかげでこうして家までたどり着けたと思ってんだ?」
「ううっ!」
「ここまで遠かったなあー、アレだって襲いかかってくるし、リザは重いし」
「んなっ!?私は重くなんかありません!――ないはずです……その……多分」
言葉の最後の方にはやたら元気をなくしていたリザに若干の申し訳なさを感じた俺は大人しくさっきの話の続きをさせてもらう。
「まあそれは置いといて……ほんとにここを出るってことで良いんだな?リザ」
俺は少し声のトーンを落とす。こっからは真面目なお話だから、さっきまでのおちゃらけた雰囲気は一度リセットしておきたかったからだ。どうやらそういう俺の気持ちを察してくれたようで、リザの表情も引き締まる。
「はい、それがきっと陽太くんの本心での望みであり、私の希望です」
「そっか……」
やっぱり彼女の中でこの決断は揺らいでいないらしい。それに、その目標に対してとやかく言うつもりも俺にはもうない。
彼女は言った、私は俺を分かりたいと。
彼女は言った、一緒に苦しみたいと。
そんな彼女がいるのからきっと俺はどんな光景を、世界を目の当たりにしても逃げたりなんかしないと思う。これだけは絶対に。
「本当に俺と手を取り合ってくれるんだな?」
だから俺は正真正銘最後の確認をした。彼女が俺と、色んなもんを共有してくれるのかって確認を。するとリザは穏やかな顔で言う。
「むしろその手を取りたいと何度言わせるんです?私は陽太くんにちーたーと言わしめる程に強いんですよ?この先何があっても負けたりしません。ちーとを使っても負けることなんてありますか?」
「相手次第ではないこともないけど、まず負けないな。っていうかアレに負けるとか――」
俺の脳裏にアレとの死闘の数々を、そして俺と同じ人間の喰われていたあの光景が流れ出す。痛かった思い出。悲しかった思い出。そして蠢く黒いアレ。ああ……これは……。
「絶対やだな」
「絶対嫌ですね」
不意に俺とリザの声が重なる。どうやら考えていたことは同じらしく、俺とリザは互いに顔を見合わせて笑いあう。
これから何度も死にかけるかもしれないし、その度に苦しい思いをするだろうけど、覚悟はもう固まった。だからもう、過去にも縛られずに突き進むだけだ。
「じゃあ早速準備だな。やっぱりいちいちここに戻ってきてちゃこっからは出られねえ。ある程度準備をしてここには二度と戻ってこないつもりで行くしかない」
「そうですね、薄々気付いてはいました……ただ、いざここを出るとなると寂しいです」
「だな。でももう決めたからしゃーなしだ。そうだろ?」
「はいっ!」
部屋の窓、遠く見える空の下にはあの二人がいる。悠斗と瑞希に新たな友達としてリザを紹介しなくてはならない。その時が訪れるまで彼らは待っていてくれるだろうか。
「まあ待っててくれるわな、あいつらなら」
時間は腐るほどあるのだからきっとその時は来る。これは必然なんだ。だから必ず、いつか会える日が来る。
そう思うと、ずっと憎かった晴天が今だけは少しだけ綺麗に見えた。




