第四十九話 今を見ろ、前に進め
ここで序章を終わらせようと書き倒したのですが、あと一話だけ入れさせていただきます。
リザ視点です。
どうして……どうして今の今まで気付くことができなかったのでしょう。
彼はこんなにも傷ついていたのに。こんなにも、おかしくなっていたのに。
「は……?何言ってんだよリザ。母さんが死んでる?お前ちゃんと話聞いてたのかよ!俺は今知らない女の人が死んでたって言ったんだぞ!?母さんが死んだとは一言も言ってねえ!!」
――やっぱりだ。
彼はきっと現実が見れていない。
目を背けているんです。それはもちろんあまり褒められたものではないですが、でもその気持ちは痛いほどわかりますし、心からわかってあげたいと思います。
もちろん突然ご学友の皆さんが動かなくなっただなんて、今初めて聞いた話ですしとってもびっくりしました。
ですが彼が嘘を言っていないのはその目を、表情を見れば明らかなものですし、それは薄々私が感づいていたことでもありました。
なんせおうちにいても外に出ても、陽太くんの声や、私たちの立てた音以外なんの音もしないんですよ? 普通ならこの時期は蝉がミンミンと鳴いているはずなのに、そんな声も全く聞こえてきませんし、おかしいなと思ってその辺の木に近付いてみたら平然と蝉が木にとまっているじゃありませんか。
鳴かない蝉なんてもう、異様でしかありません。
だからこそ、彼の話を信じられるからこそ、そんな孤独を経験した彼を私が慰めてあげられるとは到底思えないから。
「お前にはわからない」
――先程彼が私に言った言葉が思い出されました。
「陽太くんこそ……いつまで現実から目を逸らす気ですか!」
「なっ!?」
だから私は、彼に教えてあげなきゃいけないんです。
嫌われるかもしれないし陽太くんが泣いちゃうかもしれないけど、これは私にしかできない使命です。
「辛かったかもしれません!なんせあなたは一人で孤独の中を戦ってきたんですから。誰から賞賛されるわけでもなく感謝されるわけでもなく、それでもみんなを守ってみせた。それなのにお母様が亡くなっていたのを見てしまった……そんなの私ならとっくに死を選んでいるかもしれません」
「ああ、だから俺は死を選んだんだ!でも何故かこうしてバカみたいに生きてる!――笑えよ。一度死を選んだ男が未練ったらしくへらへら笑ってまだこうして生きてんだ。それこそ死ぬほどカッコ悪いだろうが!」
なるほど。
彼が以前一回死んでいると言っていた意味がやっとわかりました。
どういうわけか彼は地元からこの島まで飛ばされてきたみたいです。
それなら……
「じゃあなんでここに来てまた死を選ばなかったんですか!!」
「――くっ!」
彼が少し身を怯ませた。
返す言葉を探しているのか、口篭る彼を少し可哀想ですが待ってはあげずに、私は話を続けます。
「陽太くんは格好悪くなんかありません。ですが!それとこれとは別です!現実と向き合って前へ進むことが大事なんです!」
「――――」
「陽太くんのお母様は、おうちにいらしていたのですよね?今日は何処へも行かないと言っていたのですよね?――普通に考えて人の家の庭に、家の人間も不在の中勝手に侵入するような人が、本当にいるでしょうか」
「――やめろ」
「私にはそんな人がいるとは思えません。それにもし仮にお母様が亡くなっていなかったとなれば、何が陽太くんを死へ導いたのですか?何か引き金となる出来事があったはずなんです」
「俺はあの後家を出て……それから、それから……」
「陽太くん。きっと賢い陽太くんならとっくに気付いているはずです。自分が大切なことから、きちんと向き合わなきゃいけないことから目を逸らしていることに」
と、私がそこまで話したところで、陽太くんの様子がおかしくなりました。
体から炎が滲み出し、陽太くんの立っていた地面が捲れ上がり、辺りには風が吹き始めたのです。
「黙れよ……っ!!」
やけに陽太くんの声を低く感じ、その胸を締め付けるかのようなその声に私は身震いをします。
まあ、それでも引く気なんて毛頭ありませんが。
「いいえ、黙りません」
「ああああああっ!!何度言わせるんだよ!!お前はあの場にいたわけでもねえし、俺が散々傷ついたところを見たわけでもねえ!!痛かったのは俺だけで、苦しかったのも俺だけで、寂しかったのも俺だけだ!!!何にも知らないお前にとやかく言われる筋合いはねえんだよぉっ!」
彼の心からの叫び。
俺に触れるな、俺に入ってくるな、そういう悲痛な叫び。
そんな姿は当然私の見たくない光景で、彼をこれ以上傷つけたくなんてないわけで。
でもここで逃げていては彼の時間はずっとお母様の亡骸を見たその時から止まったままということになってしまう。
そんなの――絶対に嫌です。
「それに……リザが前しか向かねえのは、必死にここから出ていこうとすんのは……俺から距離を置きたいからなんじゃねえのか?」
「――どうして!?」
「だってそうじゃねえか!誰がこんな危険な目までして森の中歩かなきゃいけねえんだ!気付きたくなんかなかったけど、この森はおそらく奥に行けば行くほどアレが強くなっていく!さっきの青黒いやつでそれを確信した!そんなの……もう無理に決まってんじゃねえか!!でもって!それでもってリザはここを出ようとすんだ。あの小屋の周辺にはアレが集まらないってわかってるのにだぜ?そうなりゃあ理由は明確だ。俺といるのが嫌だから……そう、わかっちまったよ」
――この人はとんでもない勘違いをしてしまっているようです。
正直に言ってもうこんなのため息しか出ません……。
あんな熱い炎を纏いながら、地面も捲りあげて、しまいには風をまき散らしながらなんて弱気な発言をしているのでしょうか。
それに答えようと私はさっきまでとは違い、声のボリュームを落として言います。
「そんなことを気にしていたのなら、次は私の身の上話をしましょう」
「――は?」
ふふっ、何を言い出したんだこいつ、とでも言いたげな顔です。
ああ、可愛いですねとっても。
どうしてか少し温度の下がった熱波と微風を浴びた私は思わず微笑みながら口を開きます。
「私もずっとここで一人でした、という話はもうしてあったと思います」
「――ああ、したな」
少しぶすっとしながらも私の話にきちんと合わせてきてくれる陽太くんに笑ってしまいそうになりながらも堪える私。
「私も、寂しかったんです。もちろんだーれもいませんし、私の場合は陽太くんと違って人一人すら見当たらないですし、ようやく見つけた人影を追ったらアレだったんですよ? 本当に死んでしまうかと思いました」
「――――」
「でも一番辛かったのは、記憶がなかったことです。生まれた町も、なんなら国さえ知りませんし、友達の名前も、親の名前も、そもそもその両者とも本当にいたのかもわからないんです。唯一知っていたのは自分の名前――ああ、それと言語の読み書きはできますね」
「はあ……結局何が言いたいんだよ」
「そう急かさないでください。まだ続きがあるんですから」
我慢できないと陽太くんが言ってきますが、もう少し黙ってお付き合いして頂くことにします。
「そんな私はいつも泣いてしまいそうで仕方がありませんでした。その度に強くなろう、強くなろうって、誰もいないここで一人で生きていくことに絶望する心を叩き直して。そんな曇天の日々に――」
「ああもう!長いんだよ!!」
「――ある日突然、陽太くんが現れました」
「――ッ!」
突然自分の名前が挙がったからか、再度黙り込む陽太くん。
どうやらまた話を聞いてくれるみたいです。
「陽太くんが現れてからというもの、そこからがらっと世界は色付いていきました。モノクロに見えた景色がどんどん彩られていったんです!今では見る景色全てが美しいとさえ思えます」
「んなもん俺のおかげじゃ……」
「いいえ、陽太くんに出会ったからに決まってるじゃないですか。というか、それを決めるのも私です。陽太くんではありません」
「――――」
「孤独にさよならをして、楽しく笑い合う時間が増えて、そしたら段々あることを思うようになりました」
長い前置きを経てここで私はようやっと陽太くんを悩ます、私に嫌われているのではないかという勘違いを解くことになります。
「陽太くんの過ごした世界を知りたいって」
「な……リザお前……ッ!」
「そうですよ?これが私がしきりに外に出たがった理由です。別にこれだけが理由というわけでもないですが、これが最も重要な理由です」
「んな馬鹿な理由で……」
「だってそうじゃないですか!陽太くんは是が非でも過去のことを話すつもりがないって感じでしたし、そんな陽太くん見てたら聞く気にもなれなかったんですからっ!だから自力で陽太くんの言う元の世界に戻って見てみたかったんです。陽太くんの世界を。なのに当の本人にやる気がなかっただなんて……私少しショックだったんですから」
「当たり前だろうが!そんな理由で死んだら元も子もないじゃねえかよ!少なくともお前が俺をそんなに悪く思ってないってんならこのまま平和にやってても――」
「ええ、確かにそうです。なんなら私は全然ここで陽太くんとずっと生活しててもいいんですから。むしろそっちの方が幸せそうですし!」
そりゃあ私は陽太くんとずっとここで過ごせるのであればそちらの方が良いくらいあるのですが、なにより私がここを出ようとするのは……
「でも陽太くんはさっきお友達の話をされてた時、凄く寂しそうでした」
「――――」
「おうちにいる時もどこか島の外を見つめてはぼーっとしている時がありました」
「そ、それは――」
「そんな陽太くんの様子を見てもここに残ろうだなんて思う人いませんよ?私としてはそのお友達の方々にちょっとだけ妬けちゃいましたが」
「リザは……俺が本心ではみんなの所へ戻りたいと思ってたって、そう言いたいんだろ?」
「陽太くん?」
すると不意に、陽太くんの体から出る三属性の勢いが増したような気がしました。
彼の中で、何かが再び燃え始めたみたいに。
「そうさ、思ってたさ!そりゃあ俺だって戻れることなら戻りたい!あの二人とまた話したりしたい!でも……でも母さんは死んだだろ!?」
「ひ、陽太くん!?」
現実をきちんと見てくれたからなのか、陽太くんは今確かに母さんは死んだと言ってくれた。
私の話を聞いて彼が変わってくれたのだと、心の奥から明るいものがこみ上げてくる。
しかし彼は……
「どうせあそこに戻れても悠斗や瑞希は動かないままだし、きっと誰もが物音ひとつ立てないオブジェみたいになったままだ!いや、ひょっとしたら俺が見た人みたいに動けないままアレに喰われちまってるかもしれねえ!そんなとこへ行ってどうする!?そこは命を張ったかいがあったと思える場所なのか!?あれを見なかったお前には……わからないさ……!」
陽太くんに気持ちをたくさん吐き出してもらったから、たくさんのことがわかりました。
結局のところ彼は怖いんです。
また戻って凄惨な光景を見るのも傷つくのも。
孤独をわかってくれる人のいない孤独は、きっと私の感じていた孤独よりも、ずっと辛いと思うから。だから、
「『レベル吸収』、『セーラ』」
私は陽太くんに『レベル吸収』を使用して陽太くんのレベル129の内から半分の64を吸収し、発動条件がレベル50以上の光と闇の混成魔法『セーラ』を発動、二羽の黒白色の鳥を出しました。
現れたこの二羽は一度私の周りを大きく旋回し、そして――予定通り私の腹部をその翼で切り裂く。
「――――いいっ!」
「なっ!?なにやってんだリザ!!!」
驚きながらも必死の形相で陽太くんが駆け寄ってこようとしますが、
「その体……」
という私の声に怒りやらなんやらで自らの身が赤く燃え上がっていることに気付いたらしく、また離れてくれます。
えへへ……そのまま文字通り熱い抱擁というのを交わして貰っても良かったのですが、それこそ私の今後の人生に関わってきますので、ここは遠慮をしておきます。
それにしてもすっごく痛いです! もはや痛いという表現でも上手く伝えられない気がします。
腹部からは大量の血。血。血。
私は今にも卒倒しそうになるのを堪え、痛みを歯を食いしばって耐え、彼の方を見やります。
「陽太くん……私は陽太くんの感じてきた気持ちを、痛みを、わかってあげられません。それでも……私はわかりたいっ!」
見れば陽太くんからは炎が消え、地面も平坦になり、風も止んでしまっています。
その頬は涙で濡れていて、もしかすると陽太くんが心配してくれているのかもと思うとこんなにも痛いのに嬉しくなってしまう私が情けないです。
「陽太くんが受けた痛みはこんなものじゃなかったかもしれませんし、血だってもっと流れたかもしれません。それでも、少しでも陽太くんをわかってあげたい、一緒に苦しみたい!!」
「リザ……」
「だから、何も怖がらずに私を信じて任せてください。もっと私にも抱え込ませてください。私の手を取ってください。――だって私自身も陽太くんに救われた身なんですから」
良かった……とても痛いし血も流れていますが、どうやら全部を伝えることができたみたいです。
「うっ……く……」
と思ったらど、どうしましょう! 陽太くんが泣き出してしまいました!! 何か陽太くんを笑顔にするものは……!
「ひ、陽太くん!こっちを向いてください!変顔をしてみせますから!」
「なあっ!?――ぷ……ぷぷっ!」
あ、あれ? まだ変顔なんてしてないはずなのに笑ってもらえました。これは……喜んでもいいのでしょうか? というか、
「陽太くん?それってすっごく失礼じゃありませんか?その笑いが意味するのは、私の顔が常に変顔であるということですよ?」
「い、いやごめん! そんな傷ついてるのに変顔しようとしてるからおかしくって」
ああ、そういえば私まだ怪我したままだったんでしたね。
つい陽太くんの調子が戻った安心で忘れちゃってました。
ええっと、あれ? 思い出したら段々意識が遠のいて……?
「ああ馬鹿馬鹿!さっき俺の力になるとか言ったばっかだろうが!死んじまうにはまだ早いよ!ってああ!!俺回復魔法なんて覚えてねえぞ!!やばいどうしよう!!」
「は……ははは」
相変わらずしょうがないですね、陽太くんは。
このまま本当に私が死んじゃったらどうするんでしょう。
悲しんでくれるのでしょうか、泣いてはくれるのでしょうか。
その時の反応を伺うのも少し楽しみではあるのですが、でもまだそんなものはずうっと先でいいんです。
なんせ私たちの冒険はここから始まるんですから。
だから、今回も。
「『創造』!回復系のスキル回復系のスキル……ッ!あああ、いいか?死ぬなよ!絶対死ぬんじゃねえぞ!?」
――またいつもみたいに救っておいてくださいね、陽太くん。




