第四十五話 光はどうしてか眩しくて
今日からまた毎日投稿だ!
「ねえねえ陽太くん。最近の自分のだらけ具合に気が付いてます?」
「だらけ具合?」
絶海の孤島のそのまた森の中で、一人の少年と少女が小屋の中の机を挟んで向かい合っていた。延々と照りつける日差しに終わりは無い。辛うじてそれの直撃を防ぐことのできる小屋の中はさながら砂漠の中のオアシスのようで、それがますます俺を怠惰にする。今のはそんな俺を見かねてのリザの発言だ。そこから更にリザは畳み掛ける。
「ええ。今の陽太くんのだらけ具合は、きっと前に陽太くんが自分で言っていた「にーと」と呼ばれる方々とおおよそ同じくらいだと思います」
「そ、そうかな?」
「なぜ照れてるんですか?私、今は珍しく、全くと言ってもいいほど陽太くんのこと褒めてなんかいませんよ?」
少し憤っている様子のリザ。まあそれもそうだろう。確かに今の俺のだらだらさは、並の人間とは一線を画している。例えば俺の睡眠量では、あの優しいリザに叩き起そうと決断させるほどに長い。しかしその反面食事はきちんと摂っており、現に俺のお腹に溜まった食物達は膨大な熱量となって俺を襲っている。あまり顔には特に大きな変化はないみたいなんだが、どうも腰周りの肉付きが増えてきた気がしてならない。
「そういえば最近太ってきた気はするんだよな……」
「え?そうですか?あまりそうは見えませんよ?いつもみたいにかっこいいと思います」
なんて、リザの方は俺を気遣ってそう言ってくれるが、実際のところはそんなことはないだろう。あまり体重なんて気にしちゃいないが、リザに俺がぶくぶく太っていく姿を見せるのも忍びないとは思う。
「って、そんな話がしたいわけじゃないんです!」
なんて少しだけ自分の素行を省みているとリザが慌てて話を元に戻した。なんだ、何か言いたいことがあるみたいだけど。俺は黙って彼女の次の言葉を待つ。
「私が言いたかったのは、陽太くんからここを出ようって意志が感じられないということです!もうどれくらいの間おうちでだらだらと時間を無為にしているんですか!――確かに陽太くんとおうちで過ごすというのもやぶさかではないのですけど……」
「いや、でも時間の無駄とは言っても、無いが故に無限に存在するこの時間の中じゃ対して貴重なもんでもないだろ」
俺は彼女の質問を屁理屈で返した。そう、屁理屈なんだこんなものは。それはもちろん自分の中でもとっくにわかっていて、未だに何もしていない俺を擁護するための発言であることを否定する気もない。でも、俺はまだ決めかねていた。ここを出るのか、出ないかってことを。なんせ出ようとすれば、そこに待つのが死である可能性だってあるのだから。
これまでに流れた時間ってのは考えてみれば短くて、これから流れるであろう俺たち二人だけの時間においてすればやはり大したことのないものだ。俺がここに来る前に何が起きたのか、何を見たのか。それからひたすらに目を背けている俺は臆病者のままで、変われないままで。でもそれでいいと思えている自分がいるのだ。瑞希も悠斗もあのままに、俺とリザの二人だけでこの止まった時間を生きるってのは諦めであり、つまりは逃げなのに。
「もう、意味のわからない駄々をこねるのはやめにして、さっさと何か行動を起こしましょう?きっと突破口はありますよ。もし嫌になってしまっているのなら私に任せてください。私のちーとな能力で、ちょいちょいっとこの現状を打破してみせますよ!」
でも逃げてしまうような現状じゃないか。この甘さに、浸っていたいと思ってしまうじゃないか。あんな死に物狂いの戦いをそう何度も繰り広げてやれるほど俺は戦闘狂じゃないんだ。
「さ、行きますよ陽太くん!はーやーく!」
それなのに彼女はこうして俺の手を引く。きらきらと真っ直ぐな目で、その美しい翡翠色の双眸で俺を見る。彼女だって、リザだって死ぬかも知れないという危機感を感じ取ったはずなんだ。仮にチートなスキルを持っていたとしても、俺自身がここら一帯の奴らを簡単に相手できるようになっていたとしても、いつ予想外が起きたっておかしくない場所だ。なんでこの平穏を顧みずに前へ進めるんだよ。
リザが俺の手を引いて扉を開けた。外は相変わらずの晴天で、その眩しさに思わず引かれていない方の手で目元を覆う。まるで手を差し伸べる光を拒むようにして。そしてそんな俺の心情は露知らず、光の中で彼女は笑顔のまま言った。
「さあ、冒険の始まりです!」
――なあ、俺にはわかんないよ。リザ。




