第四十三話 彼らの、始まりの戦い
皆さんお気づきでしょうが、ただいま主人公陽太を差し置いて悠斗のターンです。
それから再度伝えておきます!24日と26日の投稿はお休みです。よろしくお願いします。
「おいおい、喰われてんぞ……あれ、お前の仲間なんじゃねえのか?」
「仲間……なんかじゃないわよ、あんな奴。でも、それでも……」
そう、それが誰であれ紛れもなく今、人が喰われた。人が、死んだんだ。
「い、いやぁ……」
聞こえてきたのは初乃ちゃんの放った悲痛な声。高校一年生という、自分よりも若い人間からすればこの光景はかなりきついかもしれない。
その影のような何かは、いとも簡単に無抵抗な人間を包み込むようにして飲み込んでいく。どの部位からということもなく、いっぺんにだ。飲み込まれたそれは影の中でもなおその姿を隠すことはなく、その全身を露出させる様は周りを包む黒が相まって、最後を華々しく飾る花火のよう。その中でそれの身を包んでいた布は分解されるようにして消え、胸が、恥部が露になる。が、そんなものに今は全く気を取られることはない。なんせそれがもう直に潰えてしまうものだということは、誰が見ても変わらない事実だったからだ。
――そして今、それの姿が完全に消失した。
辺りに痛いくらいの静寂が満ちた。フリーズする自らの思考を叩き起こし、そして僕は今取らないといけない最善手を導き出す。
「――みんな」
上擦り、思わずか細くなるその声に、全員がこちらを向く。極度の緊張で過敏になった五感は、彼らの聴覚をも研ぎ澄ませた。
「早くあいつをやろう。このまま放っておけばあいつはまたきっと誰かを喰らう。そうなる前にケリをつけないといけない」
「ああ、それには俺も激しく同意だぜ。あれは残してちゃまずい」
最初からやる気満々だった勇吾は当然それを受け入れた。僕は他の二人を見やる。二人共初めて目にした死への恐怖でフルフルと震えているが、その目には覚悟が見えた。そしてやはり首を縦に振る。つまり肯定したということだ。
「それじゃあ、作戦通りに」
「ああ」
「ええ」
「はい」
それぞれの合意を合図に、僕らは早速行動を開始した。
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今回の作戦だけど、ぶっちゃけ先鋒の寺嶋さんが要になると言っても過言ではない。なんせ彼女は僕らの囮役を担ってくれるのだから。ひっそりと奴にバレないよう定置についた僕は、物陰からそっと様子を見守る。そろそろ彼女が現れる時間だ。僕は思わず体をこわばらせる。そして……
「――来た」
寺嶋さんが奴の前方、十メートル程の地点に立った。奴もそれに気付いてようでその場から様子を伺うかの様にじりじりと距離を詰めるが、その差を縮まらせないように彼女も後退りをする。両者の距離は縮まらぬままだ。と、そこで片方が動いた。奴の方だ。それが興醒めとでも言うかのように途端に距離を詰める。寺嶋さんも一瞬恐怖で表情を歪ませたが、すぐさまターンしてそれと逆の方、スタジオの入口へと走る。そこで、
「っらああああああ!!」
奴に横にあった入り口付近、用具入れの物陰から飛び出した勇吾が牙を剥いた。その振りかざした右の拳は、しっかりと漆黒の闇を纏っている。どうやら上手くイメージができたみたいだ。
ズスッ!
ただ殴っただけではない、少し何かが裂けるような音も聞こえる。見ると、球体のような奴の腹部にはぽっかりと穴が空いていた。綺麗にダメージは通ったはずだ。そもそも気体のようにも見えるそれにダメージが通るのかと不思議になったりもしたが、最初に勇吾のパンチが当たった音を聞いていたことで、きっと大丈夫なのだろうと仮定していた。まあ、その最悪の場合は同じ用具入れの物陰に隠れていた初乃ちゃんの出番なんだけど。
しかし奴はまだ終わりではないようだ。またも動き出し、標的の方へ向かっていく。今の標的は勿論、
「兄さん!」
物陰から顔を出した初乃ちゃんが勇吾を呼ぶ。攻撃を与えたというのは同時にそれの領域に侵入していることを意味する。それを当然理解している勇吾は、すぐさま後退しようと、後ろへ飛ぶ。それに対して奴は――
スタジオの入口へと向かっていった。
よし、予想通りだ!普通あの状況なら攻撃範囲にいて、かつ自分に大ダメージを与えた勇吾の命を摘み取るのが定石だろうと誰もが思うはず。でもそれをさせないのが、他でもない寺嶋さんなんだ。
僕の『魔眼』で見たところ寺嶋さんの持つスキル『魅了』は、あらゆるものを虜にするスキルと書いてあった。それが奴にも適応するのか、些か心配ではあったのだけれど、これもまた上手くいったみたいだ。――いや、でもこれって、虜になってるのかな?僕には殺そうとしているようにしか見えないなあ……。
ともかく、今のところ全て思い通りになっているみたいだ。思えば不安要素塗れの、確証の持てない作戦だった。しかしゲーム好きの初乃ちゃんが捻り出してくれたのこの作戦、必ず成功させたい。覚悟を決めた僕は空を飛び、奴を先回りして目の前に降り立つ。そして、目の前のそいつを全力で蹴った。サッカー部で鍛えられた蹴りの威力は生半可なものではない。そいつは流石に我慢の限界が来たのか、体から黒いもやのようなものを出す。
だがしかし、奴の前にもう僕の姿はない。
「これで――ッ!」
ドンッ!
僕は『短距離移動』を用いて背後へ回り込み、渾身の蹴りを入れる。すると奴は軽く真上に飛び、僕の目の前に這いつくばる。本来はこんな事の為に使う足ではないんだけど、今は見逃して欲しい。
でもこれは手応えがあった。勝負は決しただろう。達成感から勇吾の方を見ると、みんなの歓声が聞こえて――こない?
「悠斗!!!」
寺嶋さんの声で様子がおかしいことに気付いた僕は這いつくばっていた奴の方を見る。しかし、そこにあるのはそれがなんなのか検討もつかせないほどの黒。それを認識してすぐに、僕は首筋を何かに掴まれているのを感じた。
「ぐあああっ!」
「悠斗!!」
「佐野先輩!」
「おおおい!!」
みんなの声が聞こえ、なんとなく僕は察した。ああ、倒しきれなかったんだなと。僕の力が及ばなかったのだなと。呼吸のできぬ苦しさに段々と意識が遠のいていく。
――ああ、ごめんよ陽太。君を見つけるって、助けるって誓ったのに、僕はそれを破ってしまうことになりそうなんだ。でも、最後の最後に良い友達ができた気がするよ。今度会えたらきっと陽太にも紹介する……ね……。
消え行く意識に悔しさを覚えながらもその身を死へ委ねていく。
ドパアアアンッ!!
しかしいざ僕が意識を切らす直前に聞こえたのは、僕を掴んでいた何かが心地よい音を上げて弾ける音。それから、
「ふぉっふぉっふぉ、良い感じに弾けたもんじゃのぅ」
――楽しそうに笑う老人の声だった。




