第三十九話 進まない会話と苛立つ僕。
初乃ちゃんの話は続く。
「そんなある日、突然皆さんご存知のこの現象に遭いました。私は全く状況がつかめなくて、ただただ教室で狼狽するだけだったのですが、兄さんが私の教室まで来て行くぞって言ってくれて……それで何とか私は持ち直したんです」
淡々と話を進める初乃ちゃん。その顔には既に戸惑いも、寂しさも現れてはいなかった。きっともう彼女の中では割り切れてしまっているんだ。さっきの戦闘の時といい、心の強い子だなと感心させられる。
「そこで、兄さんは一旦家へ帰ることを勧めたんです。私もそれが良いと思ったので、一緒に家へ帰りました。この時に私はまたびっくりしました。なんせ家の近くに今までに見たこともないような綺麗な湖が生まれていたんですから」
「へー!湖か」
僕は自分のいた地域での変化との違いに若干驚きを感じながらもそう答えた。でも考えてみればそれはそうだ。なにせ僕はここへ飛んでくる最中にもこの世界のあらゆる変化を観光してきたばかりじゃあないか。でも、綺麗な湖か……僕のとこはただの森だったから、少しだけ羨ましい。
「それで家に入ったのですが、使用人も含めてばあやまでもがこの現象の餌食となってしまっていました。薄々そうなっていそうな気はしていたので、いざ見つけた時はショックを受けるよりも、どうこの状況を打破するのかを考えていました」
「し、使用人がいるの?あなたの家……というか、ばあや!?」
「本当に割り切れてるんだね」
「シュッシュッ」
僕と寺嶋さんとで、食いつくところに違いを感じたんだけど、そんなことはどうでもいい。今は彼女の話をきちんと聞かないといけない。例え後ろから変な声が聞こえてこようと、きちんと聞かなければ。
「それで、テレビで何かあってるかもしれないなって思って――」
「んあああーー!」
きちんと聞かないと。
「テレビをつけてみたんです。そしたら――」
「ふっは、ふっは、ふっは」
きちんと……。
「アイドルの茉依ちゃんが助けてって言ってるじゃないですか!」
「ぬああああああ!」
「うるっさいんだよもうっ!!!」
もーーう我慢の限界だ。僕はさっきから後ろでガタガタやっている勇吾に目を向けた。
「今大切な話をしてるだろ!?それも、君たちの話だ!妹に話させてるんだからせめてその邪魔をしないよう配慮するのが兄の勤めってやつなんじゃないのかな!?そもそもさっきから君は何をしてるのさ!」
僕は溜まった鬱憤を解き放つように勇吾に言葉をぶつけた。こんな時に関わらず、彼は筋トレをしているみたいだった。正直言ってわけがわからない。だからこそ僕はなんでそんなことをするのか、と咎めるつもりで言ったはずだったんだ。それなのに彼から返ってきた言葉は、
「見てわかんねえのかお前。筋トレだよ」
だった。プツンっと何かが切れる音がする。
「わっかるよ!わからないわけがないじゃないか!!そんな汗だくではあはあ言っちゃってさあ!思いっきり邪魔なんだよ!というかこの状況で筋トレ?理解が追いつかないよ!」
僕は息を荒げながら彼にそう言った。ダメだ、この男とはあまり馬が合わないような気がする。今のやり取りで心底疲れた僕は再び僕ら三人の会話の輪へ参加する。
「なんかこう、お疲れ様」
「うん。僕、お疲れ様」
「あはは……。すいません、兄さんはあんな人なんです。きっと悪気は無いと思うので、勘弁してあげてください」
あの寺嶋さんが僕の頑張りを労ってくれた。それほどまでに勇吾の行動は目に余ったんだ。いるだろうか、話し合いの最中に筋トレを始める人間が。陽太でも足を使って独特のビートを刻み、意図せず話し合いを妨げるくらいなのに。――いや、それも大概か。
「じゃあ早速あれが静まったところで、続きをよろしくお願いします」
「あ、はい、わかりました」
こうしてまた話が始まる。
「その放送を見た私は、動けてる人が居るんだから合流しようって。それから、どこに行ったのかわからないお父さんやお母さんが無事でそれを見てくれたら会えるかもしれないって言ったんです。そしたら兄さんはそうだな、じゃあ行くぞって言ってくれて」
「それであそこぶち破って出てきたの?」
寺嶋さんが少し忌まわしげに言う。そりゃそうだ、放送中に急にスタジオに外まで繋がった穴をこじ開けられたのだから。そこで初乃ちゃんは申し訳なさそうに、
「ああ、それは私たちのスキルが関係あって……」
「と、言うと?」
それはずっと気になっていたことだった。まあ初乃ちゃんの方は想像はついていて、わからないのはあのよくわからない兄の方だ。どう考えても建物に穴を開けるほどの怪力は有り得ないから、おそらく筋力が上がっているのだろうとかと勝手に結論づけていた。だからこそ、本当のところはなんなのかとても知りたい。それはきっと僕だけじゃないはずだ。現に彼女は初乃ちゃんに期待の眼差しを向けている。あれ?そういえば彼女のスキルはなんなのだろう……。そう思っていたところへ初乃ちゃんが己のスキルを告げる。
「私のスキルが『聖戒』、兄さんのは『邪戒』というものです」
その口から出てきたのは、やたら神々しい名と、やたら物騒な名の二つだった。




