第三十八話 戦略的撤退
疼きは、収まった。
「――なんで元気になってるの?」
寺嶋さんが、まるで僕の気持ちを代弁してくれたかのように言う。少し見えなくなった隙に、気が付けば男は全快しているようだった。一体何が起こったのか、僕は理解が追いつかない。
「何が起きたんだ?みたいな顔してんなあ?」
すると、男がにやにやと卑しい笑みを含みながら言う。そりゃあ思うよ!何が起こったのかなんてわかるわけがない!僕がわかるのは行程は省いて、ただ君が戦線に復帰できたということだけだ。
「そうだよ!だからこそ説明が欲しい。何をした……いや、何をされたの?」
だからこそ僕は心から疑問だったそれを彼に問いた。血の軌跡を生むほどの大怪我をしたはずの彼がこんなにもピンピンしているのに、何か理由がないわけがないんだ。僕も寺嶋さんも、一言一句聞き逃さないように耳を傾ける。しかし、
「それはな――」
「それを伝えたいのも山々なのですが、あそこのあれがそれを許してくれるとは思いません。一度ここを離脱しましょう!」
その答えは妹の初乃の声によっておあずけとなった。見れば正体不明のそれは、今にもこっちに突っ込まんばかりの雰囲気を醸し出している。なにぶん表情とかがないので、詳しく伝えるのは難しいんだけど、なんとなく僕もみんなもそんな気がしたんだ。だから、ここは一度戦略的撤退とさせてもらうことにした。あくまでも戦略的、だからね?
「退こう!」
「当たり前よ!そこの二人も行くわよ!」
「はい!」
「んだよ、このままやりゃあいいじゃねえか……」
最後に男の方は悔しげで少し僕らの判断を拒んでいるようにも見えたけど、渋々ながらついて来てくれるようだった。
――こうして僕たちの前哨戦は、敗北という形で幕を下ろした。
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「なんで下がったんだよ!」
わかっていたことではあったが、敗北後の作戦会議では開口一番に男が吠えていた。
スタジオを出てそのまま階段を用いて一階へ駆け下り、今僕らがいるのは大広間。最初に僕らが会った所になる。因みにさっきのあれはスタジオを出た段階から追って来る気配はなく、こちらから仕掛けない限りは問題もないはずだ。
「俺があのまま戦ってりゃ勝てたはずだ!!」
男は腕を振り回して激昂する。その様子からも見て取れるようにどうやらかなり悔しかったみたいで、その顔は怒りで真っ赤に染まっている。するとそこで初乃ちゃんが仲裁に入ってくれる。
「兄さんはそうしてまた何度も私を頼るつもりだったんですか?」
「く……っ!」
男はそれを聞くと押し黙った。やっぱりさっきの超回復は彼女によるものと考えていいみたいだ。おおかたあのまま何度も殴り殴られを繰り返して、その度に妹さんに助力を仰ぐつもりだったんだろう。これじゃあ兄の尊厳もない。押し黙ってしまうのも当然と言える。
「それはいいから、これは作戦会議よ?あんたらのことを聞いておかないことには上手く纏められないわ」
「はい、そうですね。兄さんに代わって話させてもらいます」
どうやら頭に血が上っている兄に代わって初乃ちゃんが説明してくれるみたいだった。彼女は、落ち着いた声で僕らに話を始める。
「まず、私たちの名前からですね。今更ですが、私は灰園 初乃と言います。兄さんの名前は灰園 勇吾です」
「灰園って……」
「うん、聞いたことある名前だね」
「はい、その灰園という認識で大丈夫だと思います」
灰園、と言われれば幾人の頭に浮かぶのは灰園電気だろう。灰園電気は国内屈指の電化製品メーカーで、寺嶋さんなんかは出てる番組のスポンサーにその灰園電気が関わっていたりするから、僕なんかよりはずっと詳しいかも知れない。二人がそこの子供だとするなら、大層丁寧に育てられてきたに違いない。
「因みに私が双子の妹で、兄さんは双子の兄です。それから歳は十六で、高校一年生です」
「双子!?」
「高校一年生!?年下、なの!?」
僕と寺嶋さんは戦慄する。どう見てもこの二人は似ていないし、それに歳が十六?僕より一つ年下じゃないか!そんなわけがない!僕は初乃ちゃんに言う。
「この状況でそういう冗談はいいんだよ……初乃ちゃん」
「え、ええっ!?ホントのことですよ?」
「ほんとよ、空気を読みなさい」
やっぱり寺嶋さんもこっち側みたいだ。寺嶋さんは二十歳なので、どちらからしても年下ということになるのだけど……
「あの、私ってそんなに老けて見えますか?」
初乃ちゃんが心配そうに聞いてくる。が、しかし問題はそこじゃない。僕はそれを明らかにする。
「いや、初乃ちゃんは歳相応というか、むしろ実年齢よりもっと若く見えるよ」
「それは褒め言葉ではないように聞こえるのですが……」
「問題はそこの男だよ。その人はもう、高校生の顔つきではないと思うんだ。とても君と双子……言ってしまえば血が繋がっているのかさえ疑わしいくらいだよ」
「同感ね」
ほら、世界中が満場一致でこの二人が双子だなんて認めないと思うよ。それもそのはず、片方は万物を慈しむ目を。片方は万物が畏れる目をしている。似ても似つかないじゃないか。
「はは……それは良く言われます」
「だろうね!」
「でしょうね!」
僕と寺嶋さんの声が重なる。はあ……最初からこんなに驚いていて、果たして持つのかな。そうして僕らに若干の心配を抱かせながらも、彼女の話はまだ続く――。
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