第三十六話 天下無敵のアイドル
「それで？じゃああなたは私を助けに来たんじゃなくて、いなくなっちゃった友達を探しにわざわざここまで来たわけ？」
「ああ、うん。そうなるね」
首都のスタジオにて、僕は一応我が国が誇るトップアイドルであるらしい、寺嶋茉依と話していた。今さっき出会ったばかりなのだけど、先の柄悪男との口論を僕が見ていたと知った瞬間から急に口調が変わって今に至る。ホントに怖いね、アイドルって。一応その口論もその男の妹であるらしい初乃という子の仲裁によりなんとか事なきを得たんだけど、なんだか今でも一触即発な雰囲気で、凄く居心地が悪い。はぁ……僕は陽太を探しに来ただけなのになんでこんなことになるのかな。
「ていうかあなたも私のファンじゃないの？全くどうなってるのかしら！日本中の全員、老若男女問わず全員が私を崇拝する信者であるはずなのに！」
「は、ははは……」
まったく、笑うしかない。どこまで自意識が過剰なんだろうこの人は。でも確かに可愛いのは事実だと思うし、特に何も言わないけど。
「い、いえ！私は茉依ちゃんのこと好きですよ？」
「あら、ほんと？」
なんとここで初乃ちゃんが名乗りを上げた。ついさっきこのアイドルの本性を見たのに、まだ好きでいられるなんてなかなかだ。きっとそれを差し引いても好きでいられるくらい踊りとか歌とかが上手なんだろうな。と、僕がアイドルに少し感心したのも束の間。
「でも、すいません。今はちょっと……」
「え、うそ！？」
初乃ちゃんがアイドルを叩き切った。これには思わずアイドルも涙目だ。っていうか当たり前じゃないか！さっきの見てまだ好きでいられる方がおかしいよ！なんでまだ好かれていると思っていたんだろう。このアイドルの子を理解できるようになるにはもう少し時間が必要だろう。僕は思わずため息を漏らす。
「んで？放送はさせてくんねえのかよ、クソアイドル」
ああ、もう！なんでそんな風にキツく言うのかな！まためんどくさい流れになっちゃうじゃないか。僕は恐る恐るアイドルの方を見る。
「ああ、もういいわよ！その代わり私も付き添う。私がさっきから拒んでたのはあなたが単独でやろうとしてたからであって、私の付き添いがあるなら別に幾らでもやっていいのよ放送くらい」
あれ、アイドルさんは意外と怒らないみたいだ。今までの流れからして「誰がクソアイドルよ！」とかなんとかって怒ると思ってたなあ。となると、さっきの初乃ちゃんの発言が結構効いてるのかもしれないね。その証拠によく見たらアイドルの手、プルプル震えてるし。怒りを押し殺してるんだろうね、ご愁傷様です。
「らしいぜ、初乃。行くぞ」
「あ、うん」
そう言って共に歩き出した二人。アイドルの方は置いてけぼりみたいだ。
「ちょっ！話聞いてたの！？待ちなさいよ！！」
それを見て急いで走っていくアイドル。はあ、僕も行かなきゃかな、まだ何も聞けてないし。そうして僕はその重い足を、一歩前に出した。
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スタジオの中でも僕たち以外は本当に固まっていて、動き出す気配は全くない。そこで僕はまだ聞いていなかったことをアイドルに一つ聞いた。
「そういえば、僕やそこの二人以外に放送を見てここに来た人っていないの？」
これはもうかなり気になっていたことだ。ひょっとしたら陽太がもう来ているかもしれない。だったらすぐに会いに行かなきゃならないのだ。そうした僕の質問に、アイドルはこう答えた。
「ええ、一人来たわね男の人が」
「……ッ！！ほんとっ！？」
正に望んだ通りの回答に、僕は思わず声が張る。アイドルは僕のその反応に少しビクッとしたようだが、そんなことはどうでもいいんだ。陽太は、陽太はどこなんだろう。僕は今すぐアイドルに聞こうと口を開くが、そんな僕の気持ちを他所にアイドルは哀れみの目をこちらに向けて言う。
「でもその人はあなたの探してる友達じゃないわ」
「な、なんでそんなことがわかるんだっ！君は陽太にあったことがあるのか！？」
僕はアイドルのその返しに対して吠えた。まるでこちらのことを知ったような口ぶりで話すアイドルにムカついてしまっのだ。こいつが陽太に会ったことがあるわけがないのに。僕の声に、少し前を歩いていた兄妹二人もやや驚いた面持ちでこちらを振り返る。
「そうね。陽太って奴もきっと私の信者であろうことは間違いないのだろうけど、私は信者一人ひとりの顔を覚えてやるほど暇ではないわ」
「そうだろうね！じゃあなんで――」
「でもそいつ、７０代、もしくは８０代くらいのお爺さんだったわ」
「――」
場がしん、と静まり返る。――はは。そうか、お爺さんか。お爺さんだったのか。そりゃあ僕の友達じゃあないね。陽太を知らなくともわかるわけだ。今の今までむきになって怒ってた自分に無性に腹が立ってきた。
「それにそいつ頭がおかしそうだったわ。どうやって来たの？って私が優しく聞いてあげたのに飛んできたとかわけわかんないこと言うのよ。意味わかんないから無視して置いてきたわ」
怒りの矛先を失い、自責の念に駆られる僕にアイドルは話を続ける。僕を励ましてるのか、その声はやけに明るいな。話の中身は結構酷い内容なんだけど。
それに、飛んできたと言ってたね。ひょっとしたらその人も『飛空』持ちなのかも知れない。後で会ってみる価値はありそうだ。
「ごめん、急に怒鳴って」
僕は大人しくアイドルに謝った。これは明らかに急に怒鳴りつけた僕が悪い。するとアイドルは胸を張り、その顔を優しく綻ばせて、
「いいのよ。なんせ私は天下無敵のアイドルなんだから。この程度のことなんともないわ」
そう言った。
――寺嶋茉依。これがアイドルっていうのか。その笑顔に不覚にもドキッとしてしまった僕は、その認識を改めさせてもらうことにした。
