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第一話 停止世界の始まり

この一話のみ、かなり長めになっております。ご了承ください!


 「……ぉい……おい……起きろ、起きろ!秦瀬はたせ!!」



 ……あぁ、もうこれで何度目になるのだろう、この先生が俺を揺すり起こすのは。

 いい加減鬱陶しくもなる。

 もういっそ一思いに寝かせてやったらどうなのだろうか?ほら、お互い疲れるだろうし。



 私立時之宮学園ときのみやがくえんの二階、2年B組の教室にて睡眠に徹する俺は秦瀬陽太はたせひなた

 ひなた、という名前は女っぽくてからかわれることもあるので実はあまり気に入ってはいない。

 まあ、しかし漢字にすると陽太であることに感謝したいかな。

 ほら、太って字は男っぽいから。



 などと、起きているうちはそんなくだらないことばかりを考え、後は惰眠を貪る。

 これが俺のこの学園での生活スタイルだ。

 全国的に見てもこんな高校、もしくは学園生活を送っている者も少なくはないんじゃないだろうか。

 だって退屈なんだもの、仕方がない。



 「ふああ……まだ二時間目の中盤……寝るかぁ」



 早速構えをとる。

 さて、授業中の睡眠方法というのも千差万別あるんだろうが、俺の基本的なフォームはシャーペンを握りしめ、教卓にいる先生からして、ノートを見ているように見て取れなくもない角度で俯き、睡眠を開始するといったものだ。



 個人的にはこれが一番利口な方法だと考えている。流石の俺もわざわざ先生を挑発するかのように、堂々と寝てしまったりなどはしない。

 それは愚か者がすることだ。

 授業を妨げること無く、スマートに寝る、それが俺の睡眠の美学である。



 だが、言わずともわかるだろう?毎度毎度俯いていると流石にばれてしまうのだ。

 それで注意を受ける。でも寝る。するとまた注意を受ける。めげずに寝る。

 このループの末、いつのまにやら俺は皮肉にもクラスの「一生徒」から「要注意人物」へと、降格してしまったのである。



 それからというもの……まあ当然だが一向に眠りにつくことができない。

 すぐに先生の魔の手により、現実へと引き戻される。

 とりあえずは、この先生のマークが外れるまで真面目ぶってみるしかないのかもしれない。

 そう考えるとまあ……憂鬱だなぁ。



 しかし俺はそんな考えを抱いた直後にはもう目を瞑っていた。

 すまん、やっぱ睡魔には勝てないみたいだわ。



 俺は再び睡魔に身を委ねる。



 ――学園は嫌いだ。正確には、この学園での生活が嫌いだ。

 この学園は、学力と部活動において、共に中の上くらいの成績を収めてこそいるが、進学校などには及ばないという状況。

 しかし別にそこに文句があるわけではない。



 キーンコーーンカーンコーーン



 「ではこれで授業を終える。起立。気を付け‥‥礼!」



 「「「ありがとうございましたーー」」」



  俺が嫌いなのは――



 「っしゃあ!あそぼーーぜーー!!」


 「おーう!マジ授業とかだりいわあ!ぎゃははは!」



 ――こういう連中だ。



 もう、言ってしまえば馬鹿にしか見えない。

 ずっときーきー騒いでみては他者からの目線、評価ばかりを気にしている。

 人目を気にする気持ちはわかるが、もっと他に目を向けるべきところがあるのではないだろうか、と常常思う。

 それにこういう連中は、



 「なあー秦瀬ぇー。ちょっとジュース買ってきてくれよぉー」



 こうしてすぐに人を使いっぱしろうとする。

 やって来たのは戸坂大樹とさかたいき、群れの賑やかし役だ。

 口調からも察せると思うが、軽く、へらへらした男で、こっちからすれば中身のない人間にしか見えない。

 こう言う奴を世間ではチャラ男とでも呼ぶのだろう。

 しかし、悲しいことに俺はこんな奴にでも真っ向から拒否する勇気がない。

 だからいつも俺は……



 「ごめん、次の授業の準備もあるから…」


 「んだよ、使えないなぁー真面目な秦瀬くんわぁー」



 こう、へりくだるようにしか断れない。

 自分で自分が嫌になる。

 自分にもっと力があれば、自分にもっと立場があれば。

 そう思わない日が無かったわけではない。

 それこそさっきの恨み言だって、単純に見下しているのでは無く、心のどこかで、学園において立場の保証されている彼らに対して、妬んでいるところもあるのかもしれない。



 とにかく俺は、学園と、そこで思い知る自分の惨めさが、総じて嫌いなのだ。



 とまあ、初っ端からぶっちゃけた俺だが、別に友達がいないわけではない。――本当だぞ?



 現にチャラ男こと、戸坂が群れへと帰っていく中、こちらへとやって来る者が一人。



 「陽太も大変だね。あいつらもよくこう、わいわい騒げるものだよ」


 「わかってくれるのはほんとお前くらいだよ。奴らが俺を自販機へと駆り出そうとする日が今日で終わるよう、一緒に願っててくれ」



 俺を労いに来てくれたこの美青年は佐原悠斗さはらゆうと

 今美青年と言ったが、それは自分達が高校2年であるということを踏まえた上での表現であり、実際のところ悠斗の顔立ちは中性的な、若干の幼さを伴った感じになっている。

 また、成績優秀でサッカー部にも入っている悠斗が、一応高校1年からの付き合いであるにしても、なぜ俺なんかと友達をやっているのか。

 それは学年だけでなく、俺にとっても甚だ不思議なところなのだ。



 つまるところ、俺はボッチではないのだ。

 次いでコミュ障というわけでもない。

 顔もまあ、せいぜい平均ってとこだろう。

 いや、きっとそうであるはずだ。

 よって俺は普通に考えれば人生、いや、この学園生活において負け組となることはまずないはずだ。



 そう、普通に・・・考えれば。



 戸坂から俺が断ったと連絡を受けたのか、俺と悠斗が群れの連中を愚痴っているところに、群れから悠斗とは違ったタイプのイケメンがやって来た。



 「おいキモオタ。ジュース、買ってきてくんないのかよ」



 さあ、ボス猿のおでましだ。



 あの群れの中心核であるこいつは、名を黒田宗吾くろだそうごと言い、部活にこそ入っていないが、学園の各部からスカウトされるほどの運動能力を持ち、傍から見れば遊んでいるようにしか見えないのだが成績も良いという、いわばチート野郎だ。

 前々から、世の中には平等性に欠けることがごまんとあると誰よりも知ってはいるつもりなのだが、こういう奴こそまさに不平等の結晶だなといつも思う。



 そんな彼に俺は「え、なんでジュース1本買ってくるの断られただけでそこまで青筋立てて怒れるの?」と言いたいところだったのだが、そこはぐっと気持ちで抑え、俺は冷静に考える。



 さっき言ったように、俺がこの学園で負け組となることは普通であれば・・・・・・ない。

 しかしその理に反するのがこの俺、秦瀬陽太。

 単刀直入に言うと、ボス猿の言っていることは間違っておらず、俺はアニメが好きだ。

 ラノベが好きだ。

 要は、二次元が大好きなのだ!そんな俺の愛は体から溢れ出し、そのことはクラスは愚か、学年規模で知られている周知の事実だ。



 高1からその身を染めて以来、ずっと隠してはいたのだがどうしてバレてしまったのだろう。

 あれか、好きなアニメのキーホルダーを買った興奮のあまり、学園指定のバッグに付けて登校しちゃったせいか?

 それとも体育の授業の前に体操服に着替えてる時、制服の下に着てたこれまた好きなアニメのシャツを見られちゃったせいか?

 まあ、どれも今更考えてみたところでもう遅い。



 ――反論しても無駄だよなあ。

 何を言っても買って来いの一点張りであろうことは、こいつの日々の所業から容易に想像がつく。

 下手をすれば殴られるかもしれない。

 当たり前だが、痛いのは嫌いだ。



 「いや、大丈夫。買ってくるよ」



 俺はやや引き攣ったぎこちない笑みを黒田に向けながら言う。



 「だよな?最初からそう言やあ良いんだよ馬鹿が。あ、あとやっぱ今はいいわ。昼休みに買ってこいや」


 「ああ、うん。わかった」



 黒田は俺にそう言うと満足げに群れへと踵を返していった。

 ほんとに癪に障るやつだ。

 いつかあいつの靴箱の中になんとかして犬の糞でもぶち込んでやろうと密かに企みつつ、執拗に俺を気にかける悠斗を自分の席へと帰して、次の授業の準備を始めるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 さて、少し憂鬱な昼休みがやって来た。

 なぜ俺が奴らにジュースなど買わなばならないのか、甚だ遺憾ではあるがやむを得ない。

 大人しく買ってきて残りの昼休みを満喫するとしよう。



 そう思いながら俺は財布をバッグから取り出す。

 そろそろあれ・・が来てもおかしくはない時間だ。

 絡まれると面倒なので早く買い出しに向かわなければならない。

 あれというのは……まあ直にわかるだろう。



 そうこう思っていると、こちらに悠斗がやって来た。



 「陽太、自販機行くんでしょ?僕も行くよ」


 「いいや、大丈夫だわ。別に自販機くらい一人で行けるから、適当に飯でも食っとけよ」


 「そういうわけにもいかないよ。ほら、僕は陽太の数少ない友人の一人なんだから」


 「数少ないは言っちゃだめだろ!あとお前あんまりそういうこと言うんじゃねえぞ?わざとらしく聞こえるから」



 本当にこいつはやたらと俺を気にかけるところがある。俺はそんなに放っておけないのだろうか。



 「それに、そろそろあいつが来る。これ見られたらまた色々と面倒だろ」


 「それもそうだね。そろそろ瑞希みずきちゃんが来てもおかしくないかも。なら陽太も早く行きなよ」


 「そうしておく。瑞希が来たら適当に理由付けてはぐらかしといてくれ!」


 「うん。わかった」



 悠斗はなぜか俺、いや、俺のやや後ろを見て何故かにやにやしているが、色々わかってくれているようだ。

 理解が早くて助かる。

 財布も持ったし、じゃあ俺はとっとと自販機へ……



 「ねえ陽太?誰を適当にはぐらかすって?」


 「へ?」



 振り返った俺の前には一人の女子……いや、違う。

 これは修羅だ。

 一体の修羅が俺を正面に仁王立ちしていた。



 「え、えーと……?東野とうのさん……?」


 「へえー、陽太。あなたが私を苗字で呼ぶなんて、その上さん付けまでしてくれちゃうだなんて珍しいじゃない。なにかやましいことでもあるの?ねえ?」



 まずい。見ろ、俺と対峙しているこの修羅の顔を。

 目が笑っていない。

 笑顔は浮かべているはずなのに全くと言っていいほど笑っているように見えない。

 恐らくあの目がそれを可能にしているのだろう。

 いやだ、さっきから冷や汗が止まらない!誰か助けて!



 俺は救いを求め、悠斗へと目を向けた。

 やはりなんだかんだ言って俺が頼れるのはあいつしかいないのかもしれない。

 頼む悠斗、この修羅から俺を救ってくれ!



 目を向けた先にいた悠斗は、決して俺の見間違いなどではなく、ただ弁当を食べていた。



 「おい待てやてめえ!少しは助けようとか思わねえのか!普段はやたらと俺を気にかけるくせに!」



 俺は思うがままに吠えた。

 ここで助けてくれない友人など、あっていいわけがない。

 すると悠斗は、



 「だってこうなっちゃったなら、僕でも瑞希ちゃんは止められないでしょ?だから救いようがないよ。何があったか包み隠さず話しちゃうしかないんじゃない?」



 ごもっともな回答をしてくれた。

 さすが友人、いや親友だ。

 本当によくわかっている。

 というわけで、面倒なことになるのを百も承知で俺はジュースの件を瑞希に話すことにした。



 先程の修羅の名は東野瑞希とうのみずき

 互いの生まれた病院が一緒だったということで親同士の仲が良く、それが理由で瑞希とは長く友達をやっている。

 中学校こそ違ったが、それでもいわゆる幼馴染ってやつだろう。



 そんな俺からしても瑞希は他の女子と比べてみても結構美人な方に分類されると思う。

 ポニーテールにしてある若干カールした髪は、整った顔立ちと女子にしてはやや高めの身長によく映えており‥‥まあ、胸もそこそこにでかい。

 そしてこいつもまた学業のほうも優秀。これはもう悠斗と揃って、一種の当てつけではないのだろうかと思えてくる。



 ちなみに去年は悠斗と共に同じクラスだったので、瑞希は悠斗とも仲が良い。

 しかし今では隣のクラスのA組の人間なので昼休みにわざわざここへ飯を食べに来る必要はないのだが、なぜか毎日やって来る。

 まあ、おそらく悠斗のことが好きなのだろう。

 相手が悠斗ならそれも頷ける。



 そういえば前にこの話を悠斗にしたら、こちらを見てため息をついていた。

 やはりもてるが故の悩みでもあるのだろうか。

 あ、なんか思い出したらちょっとムカついてきたので、後であの整った面に一発入れても良いだろうか。



 まあ、それは後でいい。

 それで、俺が自販機に行くのを瑞希に見られまいとしていた理由だが、こいつもまたとにかく俺の世話を焼く。

 悠斗のそれは互いが男子だからこそ良いものを、相手が女子ともなると、それはもう他の男子達からすればうらやまけしからんだろう。



 さらに、瑞希は悠斗を超える世話焼きである。

 なので群れの連中にパシられるところを見られてしまうと、こいつは真っ先に奴らの元へと特攻するだろう。

 というか現に瑞希はそれを一度実行しかけている。

 そうなれば面倒になるのは俺だ。

 それ以来、厄介事はごめんなのでこいつにはそういったところを見られないようにしていて、悠斗も渋々協力してくれている。



 ここで疑問なのはなぜ俺の少ない友達のうち二人がこんな感じなのだろうということだ。

 あれか、俺は母性ってやつをくすぐるタイプの人間なのだろうか。

 ――しかし今朝、洗面台の鏡に映っていた奴の顔は、母性をくすぐるというより、最早もはや母のすねをかじり尽くさんばかりの顔をしていた。

 よってそれはないと言えよう。



 さあ、ここまで聞けば誰もが俺がここまで渋る理由をわかってくれると思う。それでも話すよ俺は。

 こうなっちゃ仕方がないもん。

 俺が何か隠そうとしてたのはバレバレだし!



 「いや、自販機にジュースを買いに行くんだよ。至って普通のことだろ?」



 俺はあくまでも悪びれなく、ポーカーフェイスで話を切り込む。



 「まあそうね。でもあなたが何か隠してるのはさっきの発言と今の挙動や表情から察せるもの。そうね、一体何本買う予定なの?黒田君に戸坂君、西本君と大谷君と川野君の分に自分の分。それにきっと……変に優しいあなたのことだから、私や佐原君の分までわざわざ買ってくるのでしょう?そうすればさしずめ8本ってとこでしょう。そして手に収まりきらないことに買った後で気付いたあなたは、結局教室と自販機を二往復。それがオチよ。」



 呆れたように瑞希は言った。

 こいつ!考えを見透かした上に今回のオチまで察しやがった!

 こええ。東野さんマジこええ。

 ってか俺のポーカーフェイスって一体……。



 そして知らない人の名前が三人も出てきたぞ!

 そっか、あいつら三人そんな名前だったのか。

 瑞希はどうしてクラスが違うのに知ってるんだろう。俺の方は同じクラスだけど顔と名前が一致してなかったな。

 ほら、買って来る本数だけしか把握してなかったから。

 ごめんな、えっと確か、西山、大久保、それから……江藤?



 「お前の推理通りだよ。なんかもう色々怖いぞ?どんな思考回路してんだよほんと」



 俺も半ば降参とでも言うようにハンズアップしながら言う。



 「あなたの考えていることくらい、猿と同等以上の頭脳を持ち合わせた種族なら誰でもわかるわ」


 「瑞希、流石に舐めすぎじゃあないか?」



 流石に俺も怒りますよ、と思っていると親友が援護射撃を放ってくれた。



 「そうだよ瑞希ちゃん。陽太も一応人間なんだから、それは馬鹿にしすぎだよ」



 そうだ悠斗!もっと言ってや――ん?援護か?援護なのか?これ。



 「とにかく、一度黒田君達と話をつけてきた方が良さそうね。私、ちょっと行ってくるわ」


 「いや待て待て待て待て!それが嫌だから隠してたんだろうが!」



 瑞希のやつ、そこだけはわかってねえ!

 こいつが群れに話をつけに行ったとして、その怒りの矛先を向けられるのは間違いなく瑞希ではなく俺だろう。



 勘違いしてはいけないのだが、決してこんなにも群れというか学年規模で舐められているのは俺だけじゃないということだ。

 というか俺はまだ話をするだけマシな方であるとさえ思える。

 もっとひどいやつは……そうだな。普段は便所飯、良い時はクラスの端っこで弁当を食べている岩田君だろう。

 ちなみに今日は良い時だ。群れの連中の相手を俺がしているので、彼は今、気兼ねなく昼休みを過ごしている。



 まあ、それはおいておいて。

 今は目の前の問題と向き合わなければならない。



 「お前が話をつけに行けばその矛先はおそらくより鋭利になって俺に向かうんだよ!ほら、瑞希はあれだ、一応美人だろ?そんな瑞希が俺の肩を持てばそりゃあ俺が奴らの反感も買うさ」


 「び、びびびび美人!?そ、そんなこといえば私が引き下がるとでも!?まあでもそうね、あなたがそう言うなら別に悪い気はしないけど‥‥」



 なんだこいつ、らしくもなく急に照れだしたぞ。

 最後の方はぶつぶつ言ってるだけでほぼ聞こえなかったし。



 「じゃあもういいだろ?俺は大人しくジュースを買いに行ってくる。大人しく二往復してくるよ」


 「ま、待ちなさい!私はまだ引き下がる気はないわよ!というか、なんで二往復する必要があるのよ。その、あれよ、私と一緒に行けばいいじゃない。ジュースの三、四本くらい持ってあげるわよ」


 「そうだよ陽太。僕も行けばより負担が軽くなるし。そっちの方がよっぽど利口だよ」



 俺の一見頭の悪そうな発言に、予想通りこの二人が食ってかかってきた。

 しかし俺にも考えあってのことだ。大人しく納得させよう。



 「まず瑞希、お前はいい加減俺の話を聞け。極力俺とお前は一緒にいないようにしなきゃいけないんだ。俺の平穏のためにな。昼休みは何言ってもお前は来ちゃうから渋々見逃してるんだ。周りからしても俺は悠斗の付属品、お前は悠斗目当てだからな」


 「付属品?佐野君目当て?何が言いたいの?」



 瑞希は頭上にはてなマークが浮かびそうな顔をしているが、まあいい、要点は抑えた。

 次は悠斗の番だ。



 「悠斗、お前はただ単純に瑞希が他のクラスという未開の地に一人でいるという謎な状況を防ぐ係だ」


 「いや、陽太。友達思いなのは非常に感心なんだけど、瑞希ちゃんは陽太とは違うんだよ?」



 俺の優しさが悠斗と瑞希の胸を打つのを想像していた俺だが、肝心の悠斗が頓珍漢とんちんかんなことを言い出した。



 「ええっと?どういうことだ?」


 「いやつまり、瑞希ちゃんは陽太とは違って他のクラスにも幾らでも友達がいるから、決してこのクラスは瑞希ちゃんにとって未開の地でも何でもないし、つまり陽太は友達が少ないってことだよ」


 「おい、まとめ方おかしいだろ。色んなところに謝れ」



 本当に俺をおちょくるのも大概にしろよ?こいつのこれは結構心に突き刺さるものが多い。

 その上パロまで入れてきやがる。



 「そもそもいつもこのクラスでお弁当食べてて仲良くなれないわけがないじゃない。私は陽太じゃないのよ?」



 訂正、こいつらの口は俺を突き刺す言葉を吐くことが多い。



 「もういいもん!行ってくる!」



 もう泣きそうになってきた俺は全部無視して自販機へと走ることにした。

 それは悠斗達のこともあるが、何より黒田達が、早く買いに行けやゴルア!的な目線を俺に送っていることに気付いたからだ。



 「あ、ちょっと陽太!」

 

 「待ちなさいよ!陽太!」



 悠斗と瑞希の俺を呼ぶ声を振り払い、全力で駆けた。

 早く行かねば群れの連中に殺られる。いざ、自販機へ!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そうして俺は一階にある自販機の前にたどり着いた。

 この時間帯なので、やはり自販機の前はとても混んでいる。



 「やっぱ混んでるな。並んで待つのも良いけど、正直トイレに行きたいんだよな」



 悠斗や瑞希と話している間も実はずっと我慢していたので、既に俺の膀胱ぼうこうは限界を迎えそうになっていたりする。



 ああ、もう、これはダメだ!早く買って戻んなきゃいけないけど、こればっかりは我慢できない!

 ここで漏らしてしまえば、俺の立場は岩田君レベルか、もしくはそれ以下まで暴落してしまう。

 それだけは未然に防がなくてはいけない。



 というわけで、俺は一旦買い出しを放棄。

 またも移動を開始した。

 まあ、自販機とトイレとではあまり離れていないので、すぐに到着するのだが。



 目的地に着いた頃には、俺の膀胱は悲鳴をあげていた。

 急いで中に入り、用を足す。



 「ふはあーー。すっきりしたー」



 なんとか俺は学園の小便垂れという不名誉極まりない称号を得なくて済んだようだ。そういえばトイレの方は空いてるな。

 今日は便所飯の人もいないし、このトイレにいるのは俺だけみたいだ。



 どうりで静かなわけだ。

 うん、便所飯の人がいないってのは、それだけうちの学園でボッチ君が生まれていないという何よりの証拠だ。

 ボッチ代表としては……いや、一般人として、とても感動した。



さあ、目的は果たしたことだし、再度自販機へと向かうとしよう。

 だが、ぶっちゃけ既に多少怒られることはわかっているので、それを思うとあまり急ごうという気にすらならない。

 のんびり自分のペースで買いに行こう、そう考えながらトイレを後にする。



「にしても静かだなあ、おい」



 俺は誰に話しかけるでもなく、そう呟いていた。

 トイレに入るやや前くらいから、人っ子一人見ていないし、喧騒も聞こえてこない。

 何か俺の把握していない行事があり、今頃みんな体育館か何処かに集合しているのでは、などという考えも脳裏をよぎったが、それならあの悠人がそのことを俺に伝えないはずがないのでその考えはボツ。



「まあ杞憂だろきっと」



結局思考することを放棄した俺はそう思うことにして、足を進める。

 だが、俺は結果としてその足をすぐ止めることになる。



 異変、と言えばいいのだろうか。

 もしくはただの茶番。

 しかし後者だとしても、それもやはりどう考えても奇妙。

 どちらに転んでも謎なのだ。

 そんな状況を俺は目の当たりにする。



 生徒たちが皆・・・・・・誰一人例外なく・・・・・・・その動きを止めている・・・・・・・・・・



 それが俺の眼前に広がる光景だった。



 こういうのを何て言うんだっけ。

 確かフラッシュモブ、だったかな。

 あらかじめインターネットとかを用いて呼びかけておいた不特定多数の人々で歩行者を装っておき、公共の施設などで何の前触れもなくパフォーマンスを行い、観衆と化した他の歩行者達の興味を引くというものだったはずだ。



 しかし辺りを見た限り、少なくともここにいる俺以外の全員・・・・・・がそれに参加しているように見える。

 それを踏まえた上で、ではこれを誰に見せるのだ?と聞かれれば、その答えから俺が奇妙だと言った意味がわかっただろう。



 そう、俺にこんなパフォーマンスを仕掛けてくれる愉快な友達なんていない。

 それもこんなに沢山。

 誰得なんだよ、という話だ。



 よってフラッシュモブという考えは消えた。

 じゃあ俺はこの状況をどう表すればいい。

 焦りすぎたあまり一周回って冷静になっていた俺の脳が平常運転へと切り替わる。

 つまり募っていた感情が突出する。



 「わけわかんねえ!なんだよこれ!!」



 そう声に上げた後も、俺はただその光景を見つめ、呆けていることしか出来なかった。


 今回は第一話ということで話が少しばかり長めになってしまいましたが、今後の投稿予定としては、これの五分の一くらいの量になると思われます。今後ともよろしくお願いします。

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