第十八話 本当の始まり
今回から主人公視点に戻ります。
‥‥‥少女がいる。今俺の目の前に、少女がいる。森の中の、絶望が辺りを闊歩するその中で、少し開けた場所の中心にある泉の前に、水面に向かい話しかける少女が、紛れもなくそこにいる。
「な、なあ‥‥?」
気が付くと俺は既にその少女に話しかけてしまっていた。救いを求めた俺は、どうしても話し掛けずにはいられなかった。なんせ今までずっとこんなことは無かったんだから。俺以外にこの世界に抗う者を見たことなんて無かったから。するとその少女は、
「よし!」
急に声を上げた。え、なになになに!?ってか、あれ?もしかしてこっちに気付いてない?久々に人と対話するから声のボリュームがおかしかったのかもしれないな……そう思っていた俺の方に、立ち上がり、振り向いた少女が歩き寄ってきた。おいおい嘘だろ流石に気付いてくれよ‥‥。そこまで影が薄い奴だったっけ俺!いい加減ショックも受けるぞ!あ、てか待って?そもそも俺とこの子、俺が声聞くために結構距離詰めてたから、つまりそのぶつかって‥‥‥
ボフッ
「ううっ」
少女が俺の胸元に顔を埋めた。正確に言えばただぶつかっただけなのだが、生まれてこのかた女の子が俺の胸に埋まった経験なんて当然の如くないわけで、馬鹿みたいにに緊張する。あ、これはやばい、心臓が……爆ぜる‥‥‥。
少女が爆散しそうな俺の胸元から離れていった。少し、というかかなり名残惜しい気はしたがそんなことは言ってられない。こちらから誠意を持って謝らなければ。「ありがとうございますっ!!」と。いや、でも本当に良かったな、こんないい経験はもう二度と無いかもしれないし。死んだのか転生したのかよくわからないけど、これだけはマジで感謝だぜ!あ、てか俺まだ謝ってなかった。俺は彼女の方に目を向け、謝罪をする。
「あ!ご、ごめん!大丈夫?」
「ふぁ?ふぁ、ふぁい!だ、大丈夫です!」
驚いてるせいか上手くろれつ回ってないぞこの子!可愛い!ていうかこの子自身も滅茶苦茶可愛い!俺の前にいるその少女は、俺が今まで見てきた中でも他の追随を許さぬほどに可憐で、花のようだ。腰まで伸びた金髪は陽の光を浴びて明るく輝き、身長はそこまで高くもないのだが、それも些細なことだと感じさせるほどに良いスタイルをしている。目は翡翠のような緑色で、とても綺麗だ。
俺がその娘に思わず見とれていると、少女の方も固まっていることに気が付いた。まさか、もう動かないなんてことはないだろうな!?過去に前例があるから軽くトラウマなんだが!俺は心配になり、少女に話しかける。
「えっと、大丈夫?固まっちゃったりしてないよな?」
「へ?」
少女が呆けた声を出した。取り敢えず固まってるわけじゃないみたいだ、良かったー。この子までそうなったら本当に救いようがないもんな。そん時はまた間違いなく死を選ぶだろうぜ。
あ、そういえば、結局俺は死んでるんだろうか。そのへんの問題はまだ片付いてないままだったな。まあいいや!こんな超絶美少女に出会えたんだし!と、俺が感傷に浸っているのも束の間、
「う、うう‥‥ぐっす‥‥うあああーーん!」
「ええ!?どうしたの!」
突然、目の前の少女は泣き始めてしまった。なんだ!?俺の目がきつかったのか!?それこそ死にたくなるんだが!ちょっ、てかほんとにどうしよう。笑わせてあげなきゃ、笑わせてあげなきゃ‥‥‥ええい!こうなりゃ自棄だ……あれを使うしかない!もうどうにでもなれ!
「お、おお、おおお―――オランウータン!」
…………
長い静寂。俺の目論見通りに、少女は泣き止んだ。しかしその反動はあまりに大きく、何故かよりにもよってオランウータンの物真似をする俺の右頬には、一筋の涙が伝っていた。小さな……小さな代償さ。俺の心がズタズタにされる代わりに彼女を泣き止ませることができるというのなら。きっと誰もこんな薄汚いオランウータンの心なんて……涙なんて……。
「ぷっ……あっはははは!ダメです!お腹が……あは、あははは!」
あ、あれ?よ、良かったあ~~!彼女の表情が笑顔に変わっている。ひょっとして泣いている理由は、さっき俺の彼女を見る目が性犯罪者のそれに近かったからなんじゃないかって冷や冷やしてたんだ。もしそう思ってたならこの子も、性犯罪者っぽい人がオランウータンの物真似した段階できっと逃げ出すだろうし。俺は色々と報われた気持ちになった。
父さん、ありがとう。昔、嫌がる俺にオランウータンの物真似を仕込んでくれて。瑞樹には「気持ちが悪いわ。二度と私以外の前ではやらないで」って言われたけど俺は今日、一人の女の子を笑顔にできたよ。てかなんであいつの前でなら良いんだろうな。わからん。
「ふふふふふ……笑い疲れてしまいました。先ほどは申し訳ありません、気を遣わせてしまって。もう涙は枯れ果てたと思っていたんですが、まだ残っていたみたいです」
突如湧いて出た疑問に俺が小首を傾げていると、少女が俺の方を笑顔のまま見てそう言った。
「いや、良いんだ。てっきり俺のせいで泣かせちゃったのかもって冷や冷やしちゃったぜ」
「そんなことはないんですよ!まさか本当に誰かが来てくれるとは思わなくて」
誰かが来てくれるとは思わなくて?もしかしてこの子はここに一人で住んでるのか?あんな化物が辺りをうろちょろしてる森中で?でも確かに一つしかない文字通り小さな小屋と、この開けた土地を見回して見たところ、人っ子一人見られない様子からその可能性が高い気がした。俺はそれをその少女に聞く。
「もしかしてここには君一人なの?見たところ誰もいなそうなんだけど……」
少女の表情が少し曇った。しまった、聞いちゃいけない内容だったのかもしれない。
「ま、まぁそれは後でいいや!君、名前はなんて言うんだ?」
少女がその重い口を開く前に俺が別の質問をして話を逸らす。これはまた一段落してから聞けばいいだろう。少女は俺の急な話題転換に少し驚いていそうだったが、すぐに笑顔になって言った。
「リザです。気軽にリザ、とお呼びください。あなたは……?」
「リザ、良い名前だな。俺は、秦瀬陽太。俺の事は……そうだな、好きに呼んでいいよ」
「秦瀬陽太さん、ですか。では陽太君とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
おお、なんか君付けとはいえ下の名前で呼んでもらうのってなんか小っ恥ずかしいな。瑞希とかに呼ばれるのとは何か違うな。
「おう、いいぜ!あとそんな畏まるなよ。そんなんじゃ距離も縮まんないだろ?」
「そうですか?ふふふ、ではお気持ちに甘えます」
心から笑い合う俺とリザ。俺はこの出会いによる喜びとは違った、言い知れぬ高揚感を感じていた。何かがここから本当の意味で始まろうとしてる……そんな予感。そしてそれは現に始まっていたんだ。
―――――世界に抗う、俺たちの戦いが。
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