第十二話 泉の少女
目が覚めてもそこは天国なんかじゃなくて、またも森の中だった。
「あっれ?俺って死んだはずなんだけど……」
ひょっとしたら天国ってこんなとこだったのかもしれない。
天国なんて行って戻ってきた人がいるわけじゃないからな。
俺は雲の上の花園とかだと勝手に期待してたんだけど、それはただの固定観念だもんな。
そうかそうか、ここが天国だったんだな! いやあ俺としたことが一瞬マジで焦っちまったぜ。
それから何か忘れてるような気もしたけど、気にしない。
したくない。
しかし俺がやや焦ってしまった直後、辺りのうんざりするほどの森を見ていて俺はもう一つの考えが浮かんだ。
それは、
「もしかして異世界転生‥‥‥だったりして!」
さっきとあまり光景は変わっていない気もするが、日がギンギンに差しているのに木々がそれをかなり防いでいて、不気味なようでどこかわくわくするこの森の演出は異世界特有の専売特許だ。
それにちらほら見たことない植物もあるし。
まあ、それも実は現世にもちらほら見られたのだが。
ああ……きっと今の俺は目を輝かせていることだろう。
なんせ夢にまで見た異世界転生だ! 俺は信じていたよ、異世界は存在するって。
そして現世で死んだ俺はきっと女神様から超絶チートな能力を得て華々しくスタートを切る‥‥‥ってあれ? そういや女神様は? まだ会ってないんだが。
「おーい、照れ屋な女神さーん。出てきてくださーい。心配しなくとも俺は健全な男子高校生ですから、女神様のその美しい御姿を見ても興奮したりしませんよー」
いや、むしろ興奮するか。
下手すりゃ漫画みたいに鼻血吹き出すかも。
それからいっこうに出てきてくれない女神様に愛想を尽かした俺はとりあえず森から出ることにした。まずは初心者向けの村とかにでも行きたいなあ。
俺は道なき道を進んでいく。
極力モンスターとのエンカウントも今は避けたいから、あまり音は立てないようにしよう。
それからすぐに、少し先の方に蠢く黒い影が見えた。
その影にトラウマがあった俺は一瞬怯んだが、よく見たらちゃんと人型だったので安心する。
俺は声を掛けようとその影に近づこうとした。
だが、それも途中でやめてしまう。
なんせそいつはまた例のごとくぼんやりとしていて、実体があるのかさえ不思議な姿をしていたんだから。
俺はすぐにその場にある茂みにしゃがみこんで隠れた。
「い、一回頭の整理をしよう」
まず俺がいるここは異世界のはずだ。
さっき死んだはずだし、さっき……あ、あれ? ここが異世界だって裏付けるものが少ないぞ? 辺りの光景はさっきいた場所とあんまり変わっていない気がするし、ていうかそもそも俺は本当に死んでるのか? ああ、もうなんか疑心暗鬼になってきたぞ!
それになんだあいつは。
人型! 人型だぞ!? あんなのはまだ見たことがない。
でも人型のくせに得体の知れなさがさっきまでの奴らとは段違いだ。
ダメだ、怖い。
気が付けば俺の体は無様にも小刻みに震えていた。
「なんだよ‥‥‥。さっきはあんなに簡単に命捨てられたじゃねえかよ。なのに今更俺は何を怖がってんだよちくしょう……」
いざ本気で殺されるとなるとどうしても俺の体は震えることを止められなかった。
悔しさと惨めさで涙が出てきた。
「でも、なぜかはわかんないけど、もしも俺が本当に生きているのなら」
俺は茂みからひょいと顔を出し、神魔眼を発動した。
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名前 不明
Lv189
・HP 3980
・MP 2000
・AP 3060
・DP 2930
・SP 3800
種族 不明
性別 不明
年齢 不明
スキル 無し
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「は?」
無事に神魔眼が発動した‥‥‥はずだ。
よってここが本当に異世界なのか疑わしくなった‥‥‥ことにはなったのだが、それ以上に頭のおかしいのはこいつのステータスだ。
「どうなってんだこいつ。スキルでステータスを底上げしてる俺を圧倒してるぞ」
今まではSPだけ勝っていた、というような相手の欠点を突く戦い方をすることで俺より強い相手にでもなんとかギリギリ勝ち越すことができていたが、これはまずそれが見当たらない。
スキルこそなくて助かったが、それがなくともこのステータスは圧倒的すぎる。
もはやさっきまでの敵が赤子のように思えてきた。
勝ち目のない戦いはしない。
それはごくごく当たり前のことだと思う。
それに則り、俺は気付かれる前にこの場から逃げることにした。
今は守るべきものもない。
何も背負うものはないんだ。
突如そよいだ風にふと顔を横にやると、開けた場所が見えた。
俺はそれがなんだか無性に、安心できる場所な気がした。
「行くしかねえな」
俺は周りを警戒しながらも、その場を後にした。
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「なんとか命拾いしたな」
体中を伝う冷や汗を拭う。
今考えてみても、あれは過去最高にやばかった。
あれが俺に気付いていたならば確実に俺は今頃木の根に栄養を供給する羽目になっていたに違いない。
にしてもここは一体どこだろう。
開けた土地の中心にはやや広い泉があり、そのそばには小屋があった。
お世辞にも大きいとは言えない、よく言えば慎ましい感じの、そんな家だ。
うん、一体どこなんだろ……。
「って小屋ああああっ!?」
なんでこんな山奥に小屋があるんだ!? 辺境だぞ? 滅茶苦茶辺境の地だぞ!?
このように、色々ツッコミどころはあったが、まあそんなことは良いんだ。
人がいるかも知れない、それだけで俺の心は弾んだ。
しかし先程人の死を経験した上に、あんな化物が徘徊する森でまだ人が生きているとは考え難い。
あまり希望は持たないようにしておこう。
「小屋の中、勝手に入っても大丈夫なのかな」
小屋へ向かう最中そんなことを思ったりしたが、この大事だ、大目に見てもらおう。
「‥……なんですね‥‥でも‥‥‥‥‥ふふ、そうですね」
あれ、今声が聞こえなかったか?
俺は声が聞こえた泉の方へ目を向けた。
するとそこには‥‥‥
―――泉を見ながらしゃがみこむ、少女の姿があった。