黒衣の襲撃
先遣隊が王都センチュリオンを出発して十二日目の朝であった。
道中でのゴブリンとの交戦は皆無。
和平交渉に赴く先遣隊であるので、斥候が先遣隊の存在を周囲に知らしめながら進軍したのが功を奏した格好となる。
「もうすぐ、城塞都市アズダルクに到着します。ここまで順調だと、なんだか薄気味悪いくらいですね」
副隊長のファラードが、隊長のアルバートにアズダルク到着を報告する。
「そうですね。ここまで順調に来られたのもファラードさんの助言があったからこそ。ゴブリニアまで、あと僅かです。今日はアズダルクに駐留して、明日にはゴブリニア到着を目指しましょう。ちょっと、グレン宰相にこの事を報告してきます」
先遣隊の後方にいるグレン宰相のもとにアルバートは報告に向かう。ここまで順調に来られたのは自分のお陰だとアルバートは云ってくれたが、それは違うと思った。
私は知っていた。
毎日の様にグレン宰相から嫌味を云われ、その度に悔しい思いをしていたアルバート。私をもっと頼ってくれても良いと思っていた。しかし、自身は銀十字騎士団の従騎士。階級では、騎士団の隊長とでは雲泥の差である。そんな私に相談することなど、銀十字騎士団の従騎士としての立場が許さないのであろう。
この十二日間のアルバートの心労を思うと、せめて今夜くらいはアズダルクでゆっくりと過ごし、ゴブリニアへ向けての英気を養って欲しいと思うのであった。
暫くすると、アルバートがグレン宰相への報告から戻ってきた。
「斥候に出している騎士からの報告では、アズダルクまでの道のりにゴブリンの姿は見えないようだ。これでアズダルクには、ほぼ安全に到着出来る見込みとなった」
「それは僥倖ですね、アルバート殿。この十二日間、我々は、殆ど休みなどなく進軍を進めてきました。今夜は城塞都市アズダルクで宿をとり、英気を養うこととしませんか?」
アルバートに一晩だけでも休んで貰いたい。そんな一心での進言であった。
しかし、それにアルバートは険しい顔で、
「ファラードさんの進言は判りましたが、私としては護衛隊はアズダルクの郊外で駐留すべきだと考えています。アズダルクは云わずとしれた、王国とゴブリニアの前戦が交わる都市です。そこで日夜、防衛に当たっている騎士団は恐らく疲弊しきっています。こんな時こそ我々が騎士団の精鋭として範をみせ、騎士団の士気を高めようではありませんか」
アルバートの提案に私は言葉を失った。
当のアルバートも口には出さないが疲労の極地の筈である。それなのに、現地の騎士団の疲弊状況を憂慮し、護衛隊に都市の哨戒に当たらせようと云うのである。
慥かに護衛隊の騎士は精鋭揃いで、実質、単なる行軍だけとなっている先遣隊の任務で疲労を訴えるものなど皆無である。
それに騎士団は民を護る義務がある。
それは如何なる状況であろうとも優先されるべきことであり、私の所属している第八騎士団では「王国の盾であれ」というのが座右の銘となっている程である。
アルバートの提案を断るようでは第八騎士団の恥である。
「了解しました、隊長。それでは今夜はアズダルクの郊外にて駐留することに致しましょう。しかし、これは私からの提案ですが、今夜はグレン宰相にアズダルクの領主館に泊まって頂くことにしてはどうでしょうか。流石にグレン宰相に郊外の駐留に加わって頂く訳にはいきませんし、領主館であれば、領主のランベルト様がいらっしゃいます。余程の事が無い限り、安全は保証されるといっても過言ではないでしょう」
「それはファラード殿の云う通りかも知れませんね。郊外に駐留されるより、領主館の方が安全でしょう。では、斥候を一人走らせて、領主館の了解を頂くことにしましょう」
「畏まりました、隊長」
大袈裟に敬礼をして、その場を辞去する。
アルバートが素直に私の進言を受け入れた事が嬉しかった。
これで今夜は、グレン宰相からアルバートは解放される。駐留時の指揮は私が執れば事足りる。
アルバートには今夜だけは、ゆっくりと休んで欲しい。そう願うだけであった。
正午を過ぎた頃であろうか。
丁度、日中に気温が最高潮に近づく頃、城塞都市アズダルクに到着した。
事前に走らせていた斥候から大体の到着時間を聞いていたのであろう。アズダルクの領主である銀十字聖騎士団のランベルトが直接、出迎えに出ていた。
「グレン宰相、遠路遙々、城塞都市カムロドンへようこそおいで下さいました。アズダルクは御覧の通りの有様です。何もお構い出来ませんが、本日は、領主館にて、ごゆっくりお休み下さい」
出迎えたランベルトがグレン宰相に挨拶をする。領主館の話をしているということは、今夜の宿泊については了解したということなのであろう。
「そうだな。流石に私も長旅のせいで疲れている。今夜くらいは、領主館で休ませて貰おうかな。折角のアルバート隊長の進言でもあるから」
普段はアルバートの進言に耳を貸さないグレン宰相であったが、この時ばかりは素直に進言を受け入れていた事に違和感を感じる。
ゴブリンとの最前線に位置している都市、アズダルク。
アレウス山脈の麓に位置しているアズダルクは、古くから蛮族の侵攻に脅かされ、蛮族の侵入を容易に許さない為に城壁を幾重にも重ねて形状を複雑化することで、都市全体が巨大な迷路としていた。街全体の様相も質実剛健といった趣きで、街全体を着飾るような装飾の類は殆ど見られず、外敵に進入された場合の防御を第一に考えられた意匠が至る所に見られる、そんな都市であった。
「さてと、厄介払いも出来た事ですし、我々は本日の野営地を目指しましょう」
「ファラード副隊長。そこまで云っては失礼です。グレン宰相も何かお考えがあって発言を為されている筈です。もしかしたら、その意図を理解出来無い我々の方が間違っている恐れだって在る訳ですから」
アルバートが私の発言を窘めるのは、何度目の事だろうか。私は何時もアルバートの心境を代弁しているつもりであったが、アルバートがそれを否定するのが常であった。
アルバートは常に任務に忠実で、たとえグレン宰相の要求が不条理なものであっても最善を尽くす姿勢は絶えず変わらなかった。そして、今夜もグレン宰相は、領主館の寝台でゆっくりと休むが、我々は野営地で哨戒の任務に当たることについても、全く不満など無い様子であった。
野営地はアズダルクからほど近い場所に構える事になった。
当然、野営を張る目的は、アズダルクの哨戒が目的であるので、アズダルクから遠く離れた場所に野営を張る訳にもいかないし、警護の対象であるグレン宰相に何かあった場合は直ぐに駆けつけなければならない。
よって、アズダルクから離れる訳にはいかないのである。
「この感じだと夜からは雨が降りそうです。ゴブリンが雨に乗じて襲撃を仕掛けてくる可能性もあるので、油断しないように各隊に伝達しておきます」
「そうですね。襲撃の可能性は十分に考えられるので、その様にお願いいたします。でも、日中は休息に充てた方が良いかもしれませんね。流石にゴブリンの大部隊でも無い限り日中にアズダルクを襲ってくるとは考えられませんし。これから日没までにかけては最低限の斥候を出すに留めておきましょう」
「了解です。隊長も今夜はゆっくり休息をとって下さい。これは嫌味ではないですが、折角、今夜はグレン宰相から解放されるのです。今夜はしっかりと英気を養って、明日からアレウス山脈へ向けての行軍に万全の態勢で臨みましょう。各隊の配置は私の方で立案させて頂き、明日の朝に報告させて頂きます」
「それは助かりますが……」と言葉を濁すアルバートは申し訳なさそうに続ける。
「私には護衛隊を護る最も重要な使命があり、当然、ファラードさんを護るのも私の重要な役割です。各隊の配置も私のほうで立案するのでファラードさんは先に休んで下さい。これは隊長としての命令です」
明るい笑顔でアルバートが私に先に休むように命ずる。
しかし、これが彼の見せた最後の笑顔になるとはこの時は思いもよらなかった。
「隊長の命令とあれば仕方ありません。しかし、私の方は何時でも哨戒に立てるよう準備しておきますので、何時でもお声掛け下さい。このところのゴブリンの動きを見ていると、本当に今夜は厭な予感がします。彼等も我々の疲労を見抜いているでしょうし、この時を逃すとは到底、思えません」
「ええ。なので宰相には領事館に移ってい頂いたのです。私も今夜は動きがあると睨んでいます。なので、宰相がこの野営地にいると見せかける様に野営地の中央に旗印を立てましょう。そこには護衛隊の精鋭を揃え襲撃に備えるのです。そして哨戒に立つ人員は普段の倍にしてはどうでしょうか。出来れば『絶対障壁』を仕える騎士を哨戒に立つ人員に一人は入れるようにしたいです。きっとゴブリンの襲撃は弓矢でまず哨戒を無力化することから始まると思います。彼等が『追跡』の存在に気がついているか判りませんが、『追跡』を使うことでゴブリンの接近は容易にわかる筈です。ゴブリンの接近がわかった場合は私から『伝心』を使って各隊に伝えるので、各隊は交戦を避け、一先ず、全隊の応戦準備が整うまで、その場で待機をお願いします」
「ゴブリン相手に随分と消極的な戦術ではないですか?」
私は、この戦術に疑問があった。この護衛隊の戦力であれば、ゴブリンが千から二千程度の規模の大部隊であっても、接近を許さなければ問題無く応戦できる自信があった。
しかも『追跡』を有して護衛隊に対してゴブリンが接近する事など不可能であり、『神罰』や『神意』での遠距離を主体とした攻撃で一方的に勝てる筈である。
「ファラードさんの主張は良くわかりますが、私が最も危惧しているのはゴブリンメイジの存在です。近頃、アレウス山脈の付近では、ゴブリンメイジとの交戦が確認されています。ゴブリンメイジは非常に危険な存在で、油断をしていると彼等の使う『火球』で騎士であっても一方的に倒されてしまう恐れがあります。その危険を回避する意味でも『絶対障壁』は必須とも云えますし『絶対障壁』を展開している術者は近接戦に於いては無防備な状況に曝される訳ですから、そこを別働隊に突かれ、哨戒隊が全滅すると云うことも十分に視野に入れなければならないと思います」
最近のゴブリンとの交戦で最も頭を悩ませていたのが、ゴブリンメイジの存在である。
奇跡の力としては、それほど強力とは言い難かったものの、ゴブリンが奇跡の力を用いて戦闘を仕掛けてくると云う事を全く想定していなかったゴブリニアとの初期の戦闘においては、かなりの戦果を挙げられていた。不意を突いての『火球』での狙撃は騎士であっても致命傷となり得るし、山中で隘路に誘き出され『火柱』で騎士団を壊滅的な状況に追いやられたこともあり、その戦果は枚挙に暇が無い程であった。
しかし、最近になってからは、これまでのゴブリンメイジとの交戦の経験が十分に生かされるようになり、各隊に『絶対障壁』を使える騎士を配置し『火球』を防いだ後に『神罰』で反撃するという戦術が確立され、一定の戦果を挙げるようになっていた。
この護衛隊で『神罰』を使えない騎士は皆無であるし『絶対障壁』も大半の騎士が扱える。よって、たとえゴブリンメイジとの交戦になっても、遅れを取ることは無いと思うのだが、アルバートは、かなり慎重に考えている様であった。
「当然、私も自身もその戦術に誤りは無いと思っています」と昨今の戦術を一応、肯定した上で、アルバートは続けた。
「しかし、護衛隊は、騎士団と比べても非常に少数であり、ゴブリニアに行くという明確な使命がある以上、戦闘に於いての損耗は最小限にとどめなければなりません。しかも、私は各騎士団から優秀な騎士を預かっている身。その優秀な騎士に何かあってはならないのです。だから、戦闘では極力、犠牲が出ないよう細心の注意が必要なのです。かといってゴブリンとの戦闘に於いて劣勢を強いられるような事は考えておりません。私にも秘策がありますので、その点は任せてください」
いつもは冷静で控え目なアルバートであったが、この時ばかりは自信があるような口ぶりであった。
「了解しました、アルバート隊長。各隊の騎士の事まで慮って頂いていたとは、ただ感服するばかりです。このファラードも全力で支援致します。しかし、その秘策の内容が非常に気になるところですが――」
「いえいえ、秘策といっても大した事は無いのですが、最小限で最大限の効果を求めることを信条としていますからね、銀十字聖騎士団は。それに従う迄ですよ」
アルバートは最後まで秘策の内容を明かさなかったが、自信に満ちた表情からは、不安など全く感じていない様子であった。
出来る事であれば、今夜の襲撃については杞憂であって欲しい。そう願い私はアルバート隊長のもとをあとにした。
そして夜が訪れた。
夕方より降り始めた雨により、野営地の周囲には幾つもの水溜まりが出来ていた。
気温も幾分下がってきたようだ。
アズダルクの哨戒には、東西南北のそれぞれに哨戒隊を配置し、哨戒隊の援護として遊撃隊を二つ哨戒隊の間に配置する手筈となっていた。
そして、野営地ではアルバートが哨戒隊の陣頭指揮にあたり、私は遊撃隊の隊長として任につくこととなったいた。
「ファラードさん。少し宜しいですか?」
野営地――本陣で身支度を整えていると、アルバートが神妙な面持ちで尋ねてきた。
「アルバート隊長。どうしたんですか? こんな時に」
護衛隊全体が哨戒の任務に移行する直前である。この様な時に私のもとを訪れる意図が計り知れなかったが、アルバートの表情から何か深刻な事がであることは察しがついた。
「少しファラードさんにお伝えしたいことがありまして……」
歯切れの悪い感じでアルバートが云う。
「銀十字聖騎士団でも内密にされている事項なのですが、黒衣の集団の事はご存じでしょうか?」
黒衣の集団の存在は噂では聞いた事があった。
王都センチュリオンの北部に浮かぶ孤島の王国、ノルガルド。
ノルガルドは島の大半が火山で覆われ、人々が生活を営める範囲が限られることから人々が争うように鎬を削って生活しているという。そんな厳しい環境から暗殺術が発展し、その暗殺術を極めた集団が「黒衣の集団」と呼ばれ、ノルガルドの諜報組織として各地で暗躍していた。
「実は、その黒衣の集団が近頃、活動を活発化しているのです。王国内でも黒衣の集団の諜報活動が報告されています。元々、黒衣の集団は諜報に長けた組織で、ノルガルドはそこで得られた情報を他国に売り国益としていたのですが、近頃では他国からの暗殺の依頼も請けているようで、数年前のヴァルナでの事件も黒衣の集団の仕業であると云われています」
ここまで云うとアルバートは顔を近づけ、私だけに聞こえるような声で続けた。
「そして、この先遣隊も黒衣の集団に狙われている、というのが銀十字聖騎士団の見解です。恐らく王国内外において、今回の和平が上手くいくことを望んでない勢力は少なく無い筈です。そのような勢力から依頼を請けた黒衣の集団が先遣隊を襲撃してくるというのは十分に考えられる話しなのです。だからファラードさん。これを受け取って下さい」
アルバートは手を差し出し、石を手渡した。石は拳大ほど大きさであったが、淡い緑色の光りを放ち明滅を繰り返していた。それは一目で聖騎士の使う『奇跡の品』だと思われた。『奇跡の品』とは奇跡の力を石に一時的に封じ込めた品物である。当然、石に奇跡の力を封じ込めること自体も奇跡の力に依るものであるが、本来、石に封じ込められている奇跡の力が扱えない術者であっても、その奇跡の力を石の封印を解けば使えるというのが最大の特徴であった。
しかし、この薄く緑色に発光する奇跡の品は初めて見るものであった。
「アルバート隊長、これは一体なんです?」
「これは『空蝉』が封じ込められた奇跡の品です。これを使えば黒衣の集団に襲われ窮地に陥っても、その場からは逃れられる筈です」
「でも、これを私に預けると隊長の身に何か在った場合はどうするのですか?」
アルバートは嗤って答えた。
「大丈夫です。私の事はご心配に及びません。実は銀十字聖騎士団の秘蔵の品を幾つか拝借しております故、それらを用いれば、如何に黒衣の集団が狡猾な集団であろうとも一網打尽にできる筈です」
「おお。それは心強いお言葉ですね。その言葉があれば一安心です。それでは私は遊撃隊に任務がありますので失礼したします。ご武運をお祈りしております」
「ファラードさんも十分に気を付けて下さい。黒衣の集団は決して侮れる相手では御座いません。無理な応戦はなさらずに、ここまで上手く誘導して下さい。ここまで誘導出来れば十分に勝機がありますので」
アルバートが自信ありげに云う。
「了解しました、隊長。それではまた、明朝にお目にかかりましょう」
「承知しました、副隊長」
お互いに武運を祈って腕を組んだ。
しかし、これがアルバートの姿を見る最後の機会となった。
東西南北の各哨戒隊は、配置についたようであった。
私の遊撃隊は、北面と東面の哨戒隊の間に位置していた。そして、もう一つの別の遊撃隊は反対に、南面と西面の間に位置している。
アレウス山脈はアズダルクの南方に位置しており、ゴブリンからの襲撃を想定すると正面は南面ということになり、そこには野営地があり、アルバートが指揮をとる本陣として位置づけられていた。アレウス山脈からアズダルクに『追跡』の範囲外から急襲しようとすると、自ずとして遠回りしなければならない。よって、ゴブリンの戦術として北部からの急襲を狙ってくるとは考え辛い状況ではあったが、黒衣の集団のこともあり、各面への急襲に対する備えとして遊撃隊が配置されていた。
雨は依然として弱まる気配が感じられない。
降り始めてから、かなりの時間が経ち、周囲の水溜まりの大きさも増してきた。
アズダルクの周辺に河川があるか不明ではあったが、河川があれば水嵩は増し、洪水の恐れも心配しなければならない状況である。
遊撃隊の人員は、全員で九名であった。当直につく人員は三名づつで三交代で明朝まで遊撃の任務につく予定である。
人員は私の方で選出させて頂いたが、遊撃隊は有事の際に、哨戒隊のもとに駆けつけ、先ず防御の態勢を整えることが先決と考えられるので『絶対障壁』の扱えるものを優先して人員に加えていた。
「しかし、本当に襲撃なんてあるんですかね?」
この遊撃隊で一番若い騎士――ナヴァスが私に訊いてきた。
彼は私と同じ第八騎士団から護衛隊に参加している騎士だったので以前より面識があった。だからであろう。くだけた口調で私に訊いてきた。
「そうだな。あると思えば、あるんじゃないかな。昔から『備えあれば憂いなし』というからな。準備さえ怠らなければ、きっと相手の方から逃げ出すに違いないさ」
私も彼の口調に合わせ、軽く返事をする。
「それならそれでも全く構わないんですけどね。ゴブリン相手の戦闘は、今までに何度も経験していますが、この陣容なら千から二千のゴブリンでも襲ってこない限り安泰じゃないですかね? 護衛隊は実質、王国の精鋭部隊と云える訳ですし、なんらなアズダルクからの援軍だって見込める訳でしょ? なんか、今夜の哨戒任務自体が凄く大袈裟に感じるんですよね。明日からは、愈々、アレウス山脈に向かうっていうのに、前日からこれじゃ、躰が持ちませんよ」
「まあ、そう云うな。これも普段から前戦で苦戦を強いられているアズダルクに駐留している第十一騎士団のためじゃないか」
「そうだぞ、ナヴァス。ファラード副隊長の云われるとおりだ。我らは王国の盾だ。ここで第八騎士団の存在をアズダルクに示す絶好の機会ではないか」
ナヴァスと同様に私と同じ第八騎士団からの招集されたケヴィンがナヴァスに声を掛けてきた。ケヴィンはナヴァスの兄貴的な存在であり、普段からナヴァスはケヴィンを慕っていた。
「ケヴィンさんまで、云わなくたっていいじゃないですか。判りましたよ。我ら第八騎士団は王国の盾。ここで存在感を示さないで何時示すのかっていうことですよね」
ふて腐れながらも、ナヴァスも同意する。
「ところで、あそこに見えるのは何ですかね? 人影に見えるような気がするのですが」
遠くを指さしながら、ナヴァスが訊いてきた。指を差した方を見ると、慥かに数名の人影らしきものが見える。先程から『追跡』を断続的に行っていたが、近くに人影らしきものは無かった筈である。その人影に違和感を感じながらも、
「ひょっとしたら、この雨でアズダルクに戻るのが遅くなった住民かも知れないな。ちょっと様子を見にいこう」
と、二人を連れて人影に近寄ることにした。
人影に近づくにつれ、姿がはっきりと見えるようになる。
どうやらローブを纏った数名の住民がこちらに向かって歩いてきているようだ。
その様子からは特に変わったところは見られず、雨に濡れているからか、少し疲れているようにも見えた。
私は彼等に近づくと声を掛けた。
「ちょっといいかな。私はグレン先遣隊のファラード副隊長と申す者だが、今はアズダルクの哨戒の任務にあたっている。あなたたちは、ここで一体何をしているのかな?」
住民と思われる一人が、私の身分を聞いて安心したのか、安堵の表情を浮かべながら、
「ああ、良かった。あなたたちは先遣隊の人たちだったか。私たちはアズダルクのものだが、所用で近くの山に出向いた帰り路だったのだが、先刻からの雨で、帰りが遅くなってしまい城門が閉じられてしまい、困り果てていたところでした」
と応える。
やはり、彼等はアズダルクの住民であった。
「こんなところで先遣隊の方々に出会えるなんて、なんたる幸運。あなたたち、なんとかして、あの城門を開けるように衛兵に云ってくれないか?」
アズダルクは城塞都市である。普段から外敵の侵略に曝されているので、日没後は城門を閉ざすのがアズダルクの掟であった。
「流石に、それは出来ないが、城門の前に我々の野営地がある。そこにはテントもあるから、今夜はそこで休むといい。ナヴァス、ここはいいから、この人たちを野営地まで案内して差しあげるんだ」
非番の騎士に野営地まで案内させるか迷うところではあったが、若いナヴァスに任せる事にした。
「了解です、副隊長。それでは、暫く遊撃隊を離れて城門までこちらの方々を野営地まで案内させていただきます」
「頼んだぞ、ナヴァス。そうだ、一応、所持品に確認を行ったほうが良いだろう。野営地は、非番に騎士も多い。真逆とは思うが、万が一、ということも有り得るからな」
たとえ、一般の住民が武器を持っていたとしても、騎士が相手では傷を負わせることも難しいとは思われた。しかし、思いも寄らない奇跡の力を持っている者が一人でもいれば状況は一変する。ここは念には念をいれて、所持品の確認を行うことにした。
「すみません。失礼な事だとは存じますが、上司からの命令なので、所持品の確認をさせていただいて宜しいですか? 直ぐに済みますから」
ナヴァスは笑顔で住民の所持品を確認する。
住民も最初は戸惑っていたものの、所持しているものを差し出す。
財布や食料、簡単な地図など。住民が所持していたものは一般的なものであった。
「お手数お掛け致しました。ご協力に感謝します。いや、野営地では刃物でも持って暴れられると大変だ、なんて上司が云うんですけどね。私は善良な住民の方がそんなことするもんですかって云ったんですけど、訊いて貰えなくって」
ナヴァスが住民に言い訳がましいことを云っている。
彼としては、住民を不必要に疑ったことを詫びたい気持ちで一杯なのであろう。
私としては、不審な者を野営地に連れて行く訳にはいかないので、仕方が無い事だと認識していたのだが、若い彼は中々理解がし辛いことだったのかもしれない。
しかし、ナヴァスが有望な騎士であることに変わりはない。様々な経験を通して何れは立派な騎士になって欲しかった。
そんな事を思いながらナヴァスを見ている時であった。
住民がナヴァスの背後に廻り、住民の着ていたローブによってナヴァスの姿が見えなくなる。時間にして数秒であった。住民がナヴァスの背後から移動した時には、ナヴァスが両膝が折れ地面に着いていた。背中からは二カ所、血が滲んでいる。
何があったか瞬時に理解した。
「襲撃だ! ケヴィン、あの住民はアサシンだ。気を付けろ!」
背後にいる筈のケヴィンに向かって注意を促したが、返答がなかった。
返答が無いことを不審に思い後を振り返ると、ケヴィンの頭部は既に地面に転がり、首からは鮮血を吹き上げていた。
――不味い。
本能的にアルバートから渡された『空蝉』を手に握る。
次の瞬間、『空蝉』を握った左腕が切り落とされる。
傷口は凍傷にも似た、凍てつくような痛みが全身を襲う。
ノルガルドのアサシンが使う刃物に『アイスダガー』と謂われるものがあることを思いだした。『アイスダガー』はノルガルドの暗殺術で、空気中にある水分を凝結させて一時的に鋭利な刃物を造り出す力である。
当然、刃物を携行して移動する必要が無いので暗殺によく用いられていた。
住民の数を数える。
三名。
要人の暗殺を生業とするアサシンの襲撃としては妥当な人数と思われたが、百二十名もいる護衛隊を三名で襲撃するとは考え辛い。まだ他にアサシンが潜伏していて、同時的に哨戒隊を襲撃している可能性を思い浮かべた。
アイスダガーの二撃目が首を掠める。『空蝉』の効果が完全ではないものの一部が発動し、アサシンの狙いを逸らせたようであった。
地面に転がっている、嘗ての自分の左腕から『空蝉』を拾い挙げる。
『空蝉』が完全に発動し、一瞬、緑色の発光に全身が包まれ、直ぐに姿が見えなくなるのを感じた。アサシンからも自分の姿が見えていないようで、眼前にいるにも関わらず、アサシンが周囲を見渡し、私の姿を追おうとしている。
これは間違い無くアルバートが憂慮していた黒衣の集団による襲撃に間違いなかった。
「一刻も早くアルバートにこの事態を伝えないと」
その思いを胸に『空蝉』の効果が有効なうちにこの場を離れた。




