カムロドン
沈痛な気持ちで街道を歩く三人。
ファラードとの死からは既に三日が経っていたが、それから三人の顔に笑顔が戻ることは一度も無かった。
先遣隊襲撃の真相が明らかになると思われた瞬間に奇跡の力による遠距離からの狙撃。
どの様な奇跡の力か不明であったが、その鋭利な切り口から、相当な威力をもっていることが判る。更に云えば、あの場所にいた全員が犠牲になる恐れがあった、ということも薄々勘づいていた。ファラードが襲われた原因は、先遣隊の生き残りであることが露見したからに他ならない。ということは、襲撃時に何か露見してはならない事が起きていて、それを隠すことが目的としてあったのでは無いか。そして、その露見してはならない事を隠蔽した張本人として第三聖騎士の存在が浮かび上がる。第三聖騎士がどの様な奇跡の力を持っているか定かでは無いが、「遠距離からの狙撃が可能である」という可能性は高いと思われる。何しろ銀十字聖騎士団に史上最年少で登用された人物であり、その来歴は殆ど明らかになっていない。もしかしたら、暗殺の様なあまり表沙汰に出来ないような任務に就いている恐れも十分に考えられる。幾ら考えても結論が出る話ではないが、三日間、この問題が絶えず脳裏を過ぎっていた。
「そろそろ調味料が底をついてきたわ」
エリシアが沈黙を破り口を開いた。
センチュリオンを出発してから、食料の補給は殆ど出来ていなかった。
魚や肉は、川で魚を捕ったり、野兎を捕まえたりして、なんとか糊口を凌いできたが、調味料が底をついては、まともな食事が作れなくなってしまう。旅の目的を考えれば贅沢は云ってられないのだが、三人の陰鬱な雰囲気を考えると、せめて食事だけは満足な物を口にしたいというのが正直なところであった。
「そうだな、地図によるとカムロドンは、もう少し先に行ったところだ。そこまでいけば、適当な調味料が調達できると思う。それに野宿もそろそろ辛くなってきたところだ。今夜はカムロドンで宿をとろう」
「ギル君、カムロドンで宿をとることは大賛成だが、一つだけ忠告をしておきたいことがある」
「宿屋に宿泊したいという君の申し出だが、この旅の支払いは全面的に私個人の支払いで賄われているのですよ。その支払いをしている私に対して、一切の相談も無く決めてしまおうと云うのは、どの様な了見なのか、説明をしていたただこうかな」
口では不満を伝えているケインではあったが、表情には笑みが零れている。
自然と視線があう三人。
それから久々に口を開けて笑い合った。
カムロドンは位置的には王国の中央に位置する小さな街である。しかし、センチュリオンからアレウス山脈を結ぶ街道と王国の東西を結ぶ街道の交点に位置している為、交通面では重要な街であり、旅人達が行き交う活気に溢れた街であった。
「地図によれば、カムロドンは、結構、繁盛している街のように書いてあるけどな」
ふと地図を見ながら感想を漏らす。カムロドンに近づいてはいるものの、未だに旅人に出逢うことすらないことに不安を覚えていた。
「慥かに少し変ですね。交通の要所として栄えているらしいけど、人の往来の往来の気配が全くないって不自然だわ」
エリシアも周囲を見渡しながら云う。既に日も落ちて周囲は暗闇に包まれつつあったが、カムロドンの近くまで来ていたので、せめて今夜だけは宿に泊まりたい一心で歩き続けていた。
「ギル君、念のために訊くが『追跡』の反応は皆無なのですよね。となるとこの付近には全く人影が無いと云うことになるか、若しくは――」
意地悪な表情を浮かべるケイン。云いたいことは何となく察した。
「ケインさん、信じて下さいよ。慥かにファラードさんの時は『追跡』に反応しませんでいしたが、あれはきっと襲撃者の追跡を恐れていたファラードさんが奇跡の力で気配を消していたからで、僕の『追跡』が悪かった訳では無いですからね」
「そうですか。それならこの状況はどの様に説明していただけるのでしょうか」
突如、三人の目の前に大きな木製の門が姿をあらわす。
門の上には看板が掲げられており、「ようこそカムロドンへ」の文字が見える。その風情は、まるで田舎の小さな街が歓迎の意を表しているようであったが、その言葉に裏腹に街は静まりかえっている。
「これは一体、どうゆうことなのかしら。街の門はあるのに人の気配が全く無い。ギルの『追跡』は相変わらず反応ないのよね?」
「ああ。ちょうど『追跡』を完了したところだけど、反応は無し。ここが本当にカムロドンであるならば結論は一つ――」
大きく息を吸う。
「カムロドンは既に廃墟となっている」
街は本当に小さな街といった風情であった。
大きな建物は殆ど見あたらず、大半の家屋が石を積み上げて作られていた。
「しかし、いくらカムロドンが小さな街といっても、その街が廃墟となったという情報が王都に届いていないというのは変じゃないか?」
人の気配の無い街を歩きながら疑問を口にする。
旅人の往来もあるだろうから、旅人の誰かが王都に報告があって然るべきだ。
「慥かに変よね。真逆、私たちが廃墟になってからのカムロドンを訪れた最初の人ということもないでしょうし」
「ですよね。不謹慎なことですが、何件かのお宅にも勝手ながら入らせて頂きましたが、争った形跡も皆無で血痕も見当たらない。ギル君の知性では皆目見当つかないのは仕方が無いことでしょう」
「酷い云いようじゃないか。そうゆうケインさんは、この状況をどう思われているのですか? 是非、ご意見を伺いたいのですが」
ケインの明らかな嫌味に釘を刺しつつも、ケインの意見は聞いてみたかった。
「ふん。仕方が無いですね。ギル君の為に解説するのは本意では無いのですが、エリシアの為に、私の推理を話してあげましょう」
あくまで「エリシアの為に」と前置きしてからケインは話して始めた。
「まずは、この規模の街の住民が一人も争った形跡も無く見当たらなくなったいるという事については非常に不可思議な現象であるということ。しかし、理由は幾つか考えられる。先ずは住民が自主的に何処かに移動したとい可能性。これはには外部からの影響により移動を余儀なくさせられたか、内部からの影響との二種類が考えられるということ」
「慥かに、現実的では無いけど、可能性という点では否定できないな。外部というのは襲撃等の理由が考えられ、内部というのは災害等の自主的な避難を差しているんだろ?」
「ふむ。なかなか素直じゃないか、ギル君。正にその通りだ。そして今回の場合は、争った形跡がまるで無い。ということは外部から所謂、襲撃の類による住民の移動とは考えられないのでは、というのが私の現在の見解だ」
「なるほどね。住民が自主的に移動したというなら争った形跡が無いという事にも説明がつくし、自然災害等の理由であれば、一時的な移動ということで、王都まで情報がこなかった、という点についても一応は説明がつくかな」
「いや、その情報が一切無かった、という点が一番気になるんだがな。自然災害による非難にしても事前の準備はそれなりの期間が必要になるだろうし、王国政庁に対して報告というのが必要になってくる。ということは、当然、王都にその住民の避難の情報があるわけだし、あれば必ずなんらかの発表が為されていた筈だ。となると、外部からの、というのが、自然な見方という事になるのだが、そうなると争った形跡が無いという事に矛盾が生じる」
ケインはそこまで話すと自身の考えを纏めようと目を閉じる。
「住民が自主的に移動したのであれば、政庁の建物に何か情報が残されているんじゃないか? この道の突き当たりに大きな建物が政庁の建物なんじゃないかな?」
この小さな街であっても王国政庁からは領事が派遣されている筈であり、王国政庁の建物であれば、移動に関しての計画を記した書類が残されている可能性がある。
「そうね。ギルの云うとおり、まずは王国政庁の建物に行って、書類が残されているか調べてみましょうよ」
「エリシアが云うのなら、今回はギル君の提案通り、政庁の建物と覚しき建物へ向かってみることにしますか」
三人は突き当たりにある、この街で一番大きいであろう建物へ向かった。
街の捜索に夢中になっていた為、周囲がすっかりと暗くなったいたことにようやく気がつきいた。適当な大きさの木の枝を見つけ、折って胸の高さに掲げる。息を軽く吸い、手に取った枝に火が灯る姿を想像する。
「発火しろ」
そう頭の中で呟き、目を開いて枝を見ると、次の瞬間、枝に火が灯る。
「やっぱり、松明に明かりを灯すのは『発火』が一番便利だな」と今更、奇跡の力の恩恵を感じ、一人で呟いた次の瞬間。
――ヒュン
無数の弓矢の風を切る音が耳に入る。
「襲撃だ!」
ケインが直ぐさま声を上げ、弓矢が飛んできた方向に『絶対障壁』を展開する。
「路上にいては危ない。すぐ隣の建物に非難するぞ」
急いで隣の建物に駆け込もうとするが、その間にも数本の矢が襲ってくる。
「ギル君、火を消すんだ。弓矢はその火を目標にして射られているぞ」
「そんな急に火を消せと云われても……」
答えに窮し、思わず手に持っていた枝を襲撃者がいるであろう方向に投げつけた。緩やかな放物線を描いて政庁の建物の手前で落ち、周囲を明るく照らした。
襲撃者の姿が朧気に照らし出される。
背丈は人間の子供より少し大きいくらいだが、皮膚の色は緑色で、明らかに人間とは異なっていた。手には禍々しい形をした半弓が携えられていた。
「ゴブリン――」
数は照らし出された数だけでも十体以上は確認された。ゴブリンが確認されたということは、この街が廃墟となった原因は、ゴブリンの襲撃によるものなのか。しかし、ゴブリンに襲われたとしても、この街にも自衛団はある筈。自衛団の規模がどの程度かは想像出来なかったが、ゴブリンの襲撃によって街が壊滅したという事は考え辛い。他に襲撃者がいる可能性もあるか――考えが纏まる前に、建物の扉が眼前に近づく。
これで扉の鍵が閉まっていれば万事休す――という思いが頭を過ぎる。
松明の明かりが無くなり、目標を見失ったのか、弓矢は先程から一本も飛んできていないことに気がついていなかった。
それでも、外にいるのは危険である。渾身の力で扉に体当たりする。
バキッという音とともに扉が内側に吹き飛ぶ。
木製の扉の錠前は既に相当傷んでいたのか、体当たりで簡単に吹き飛んだようだ。
続いて二人が建物に雪崩れ込んでくる。
「ギル、大丈夫? でも、建物の扉を吹き飛ばしてしまったことは失敗ではないかしら。
扉が無いと簡単にゴブリンに入り込まれるじゃ?」
短い距離ではあったが、エリシアは肩で息をしている。
「それは大丈夫だと思いますよ、エリシア。数で勝るゴブリンが遠距離から仕掛けてきたということは、こちらの奇跡の力を警戒しているからということでしょうから。目視出来る距離に飛び込んでしまうと奇跡の力の餌食になるので、ゴブリンも迂闊には飛び込んでこないと思います」
「ほほう。ギル君にしては冷静な分析ではないかね。しかし、ゴブリンも莫迦では無いからね。多少の犠牲を覚悟すれば、何度かに分けて襲撃をかけて、こちらの奇跡の力が尽きるのを狙う、というのも十分の考えられるのではないかな。しかし、我々にはもう選択肢は限られている」
「選択肢って、どんな?」
エリシアと僕は声を揃えてケインに尋ねた。
しかし、返ってきた返答は残酷であった。
「ここで助けが来るまで待つのみだ」
夜明けまでは未だかなりの時間があった。
籠城戦を決め込んでから、目立ったゴブリンの動きはない。
「割と静かですね」
僕は『追跡』から得られた情報を元に、この状況の感想を述べた。
「ふむ。ここまで動きが無いというのは、逆に妙ですね。我々の居場所は明確な訳なので、もっと積極的な動きがあっても良さそうものですが……」
ケインがそこまで云い終わると同時に、不意に外が明るくなる。
「どうした? 何があった?」
窓から外を覗き見ると、三体のゴブリンが、両手を上に持ち上げ、その手の先には火球が揺らめいていた。
――ゴブリンメイジ。
その存在は確認されていたが、アレウス山脈以外で遭遇するのは非常に稀なことであった。ただ、その力は絶大で、彼等の信仰する炎の神「ガヤラッド」の力により、炎を扱う奇跡の力に長け、戦場では文字どおり、その「火力」が驚異の存在であった。
三体のゴブリンメイジの腕が同時に振り下ろされる。同時に放たれる三つの火球。火球の大きさはゴブリンメイジ本人の背丈よりも大きく、轟音を響かせ向かってくる。
「まずい! 伏せろ!」
僕は咄嗟に床に伏せ叫んだ。
あれは噂に聞くゴブリンメイジが使う奇跡の力『大火球』に違いなかった。
火球自体の大きさが災いしてか、火球自体の速度は非常に遅く、目視出来る程度の速さなので、遠距離からの攻撃であれば躱すことも容易そうに見えた。
しかし、今回は籠城戦である。目標物が動かないので火球自体の速度は問題にならない。よって、彼等の最大火力を誇る『大火球』を放ってきたのであろう。
建物の外壁に三つの火球が衝突する。
石造りの堅牢な外壁であったが、その強烈な振動は部屋の内部を容赦なく揺すぶった。
「おい! もしかして、あいつら建物ごと吹き飛ばすつもりなんじゃないか?」
「ギル君、君はなんて不吉なことばかり的確に当ててしまうのかね。きっと、先程までの静けさは、ゴブリンメイジの合流を待っていたのであろう。しかし、何故そこまでして我々を討たなければならない理由があるのであろうか。慥かに我々はグレン先遣隊の謎を求めて旅をしているが、それはゴブリンにとって全く関係のない事だ。しかも僅か三人の旅人を襲うのに数十体のゴブリンとゴブリンメイジまで動員するとは相当な念の入れようではないかかな。全く理解できない」
「まったくケインさんの云う通りだ。となると、このカムロドンには彼奴らが我々に知って欲しくない物が隠されているとか、そうゆう事なのかもしれないな」
「いや、それは早合点というものではないかな、ギル君。偶々、移動中の部隊に遭遇して、その情報を漏らしたく無い為に襲ってきている可能性だってある訳だからね。全く、君というモノは直ぐに調子に乗って、とんでもない推理を披露したがる迷惑な存在だな」
「二人供いい加減にして!」
二人の遣り取りを黙って聞いていたエリシアが急に怒り出した。
「理由はあとで幾らでも考えられるわ。だから今はこの窮地をどの様にして乗り切るかを考える方が先決だわ」
エリシアの指摘は、正にその通りであった。
『大火球』をあと数発、当てるだけで簡単にこの建物は崩壊してしまうであろう。
ケインの『絶対障壁』があれば前面からの攻撃は完全に無効化できる。
建物が崩壊しても、横方向に回り込まれければ安全である。
横方向にさえ回り込まれなければ――
「しまった。奴らは横方向に回り込んで『絶対障壁』の防御を突破する気だ」
叫びながら『追跡』でゴブリンの気配を追う。
正面に見える王国政庁の建物には十体のゴブリンが確認できた。
松明を投げつけた時に見えた数は三十体程度はいた筈だ。
周囲の建物に意識を向ける。右側の建物の屋上に朧気にながらゴブリンの姿が見える。
数は十体。そして、左側には建物は無いが、十体のゴブリンの姿が確認できる。
やはり、ゴブリンは三方から包囲する布陣を敷いてきたようであった。
「ギル君、黙っていないで『追跡』の結果を報せてくれたらどうかね」
「ケインさん、もう既にゴブリンに包囲されている。『絶対障壁』を展開できるのは一方だけですよね?」
「残念ながら、その通りだよ、ギル君。三方から同時に『大火球』を撃ち込まれたら万事休すだろうな。その前にエリシアの云う通り、この窮地を打開する案を考えないとだな」
絶体絶命の窮地の前に、ケインも何時もの傍若無人さが薄れている様だった。
現在の状況を冷静に分析する。
ゴブリンの数は三十体。そのうち、ゴブリンメイジが三体であったので、ゴブリンは二十七体となる。そして、そのゴブリン達は、三方に展開し、こちらを包囲している。
三方からの同時攻撃でこちらを仕留めるつもりであれば、ゴブリンメイジはそれぞれ三方に散らばっていると思われる。
そして我々の戦力と云えば。
僕は、ほぼ戦力にならないであろう。
『追跡』による索敵で貢献は出来るものの、弓矢を主体で戦うゴブリン相手にショートソードとバックラーでは接近戦を挑むのは自殺行為だ。
となると、攻撃の要はエリシアの『神罰』であろう。
『神罰』は連続で放つことは無理だが、目視で確認できる相手であれば、ほぼ確実に当てられる。しかも一体でも当たれば、そこから炸裂して一定範囲内に殺傷力を期待できる。
密集している相手に対しては効果的と謂えるであろう。
防御面では、ケインの『絶対障壁』がある。
展開できる「面」は限られているものの、一度、展開してしまえばゴブリンの遠距離攻撃は完全に無効化できる。
となると、こちらがとれる戦法は、僕の『追跡』で正確にゴブリンの位置を把握し、ゴブリンを目視できる位置まで一気に距離を詰める。勿論、距離を詰める間はゴブリンの攻撃に曝されるので、『絶対障壁』で防御する。そして、距離を詰めたところで『神罰』を叩き込む。
この戦法でしか、勝機は無い。
ケインに、自分の考えを伝えると、ケインは腕組みをして目を瞑り唸り始めた。
昔からケインは、窮地に追い込まれると深く考え始めると目を瞑りながら唸る癖があった。そして、再び目を開いた時に語られる打開策で、幾度も窮地を救われてきた。
時間にして数十秒程であろうか。
再び目を開いたケインが語り始めた。
「ギル君、君の考えは良く判った。しかも、大凡は僕の考えと合致している」
慥かにケインの考えと僕の考えは合致していた。
しかし、細部において、ケインの考えが僕の考えを補完し、現状で選択できる最上の作戦だと思えた。
「さっきの『大火球』がもう一度来ると、恐らく建物は倒壊するだろう。そうなると、この建物を放棄するしか無くなるだろう。そして、屋外に出たところを三方からの弓矢の雨で仕留めるというのがゴブリンの作戦だと思われる」
珍しく静かに語るケインの言葉には説得力があった。
「そして、我々を包囲するために戦力を分散させている、と云うことが、正に彼等にとって致命的な間違いになっている。我々の戦力では、一気に距離を詰めて『神罰』で一網打尽にする以外に、この戦力差を跳ね返せる手段は無い。この点について、ギル君と私の意見は一致している」
「そうか、それなら問題ないじゃないか。今すぐにでも外に出て勝負に出よう」
刻一刻と時は過ぎている。少しでも早く攻撃に出ないと、時期を逸してしまう恐れもある。意見が一致しているのであれば、行動に移すのは少しでも早いほうが良いと思えた。
「だから、君は考えが浅はかだと云っているのだよ。やはり、君よりアルバートの方が何倍も戦況を読むのに長けていたな。まずは、ゴブリンも持っている遠距離攻撃は『大火球』だけでは無いということだ。弓矢だって、まだあるに違いない。闇雲に突っ込んで、弓矢で蜂の巣になるのは火を見るよりも明らかだ。まずは、これだ」
ケインは、そこまで云うと、徐に近くにあったテーブルを持ち上げた。
「これを先ず盾の変わり使う。勿論、盾を持つのはギル君に務めてもらう」
「しかし、これでは前面の攻撃しか防げないではないか。後方の攻撃はどうするのさ?」
「当然、私の『絶対障壁』で防御するに決まっているではないか。それは先程はでギル君も云っていたことではないか」
「いや、それはそうだけど、前面はこの急拵えの盾では弓矢しか防げない。前面にだって、ゴブリンメイジがいるんだぞ」
「おや? ギル君は気がついていなかったのかな? ゴブリンメイジの致命的な欠点に」
得意げな顔でこちらを見ているケイン。
ケインの云うゴブリンメイジの欠点とは一体――
「二人とも外を見て! また、ゴブリンメイジが火球を出し始めてるわ」
外を見張っていたエリシアが、再びゴブリンメイジが『大火球』を放つ準備していることを告げる。
「どうやら説明している時間は無さそうですな。では、ギル君。その特製の盾を持って、先頭を走って下さい。我々が、その後に続きますから」
なんとなく厭な予感がした。もしかしたら、僕を囮にして、ケインとエリシアは別の方向に逃げ出す作戦かも知れない。いや、ここまで来たら、どっちにしても結果は同じかもしれない。
全てを運命に任せることにして、テーブルの盾を持ち外に出る。
自然と咆哮にも似た声が漏れる。
「うりゃあああああああ」
もう、前もほとんど見ていなかった。
案の定、前面からは弓矢が雨の様に飛来する。
しかし、テーブルの盾でなんとか弓矢は防ぐことができた。
少し遅れてケインとエリシアが僕を追って建物から飛び出す。ゴブリンは最初にでてきた僕に狙いを定めているらしく、二人の傍に弓矢は殆ど飛んでいないようであった。
そして、後方から『大火球』が放たれた。
火球の燃焼する音が周囲に響く。
そして、その時を待っていたかの様に、空間を歪めて作られた壁が出現する。
ゴブリンの虎の子である『大火球』をケインの作った『絶対障壁』に飲み込まれる。
「良し! これで一気に間合いを詰めるぞ!」
思惑通りの展開に、意気揚々とケインが叫ぶ。
しかし、前方から『大火球』が襲ってこないことが不思議に思えた。
「ギル君。まだ、気づかないのか。あの王国政庁の建物は三階建て。ゴブリンメイジはこちらの『神罰』の狙撃を恐れて前には来られないから、下方向に仰角が限られている。よって、ある程度、建物に近づいてしまえば『大火球』は放てない、ということだよ」
なるほど。
聞いてしまうとなんのことも無かった。
三方に包囲されているのは事実であったが、積極的に自ら前に出て『大火球』の方向を限定し『絶対障壁』によって『大火球』を無効化すると同時に、更に距離を詰めることで、エリシアの『神罰』を放てるようにするという攻防一体の作戦であった。
「あれ? おかしい。何かおかしいぞ」
急にケインが口走る。ここまで思惑通りであった筈である。
あとは王国政庁の建物に入り屋上を占拠しているゴブリンを『神罰』で倒し、左右に展開していたゴブリンも屋上で待ち構えれば、比較的容易に対処できる筈であった。
「どうしたのさ。ここまで順調じゃないか。あとは建物に入って一気に――」と言い掛けたところで、突然、目の前に火柱が上がった。
そして火柱は次々と立ち上がり、目の間に迫ってきた。
「やはり彼奴らにも隠し球があったか」
ケインは歯ぎしりして、火柱を見つめている。
奇跡の力『火柱』
文字通りに火柱によって相手を襲う、炎の神「ガヤラッド」の最大の奥義と云える奇跡の力であった。そして、その火柱自体の威力もさることながら、最大の特徴は目標を炎の壁の範囲に捉えること出来れば、仰角の有無を関係なく攻撃が可能であることであった。
『絶対障壁』は未だに降り注ぐ後方からの弓矢の防御に充てられていた。前方は頼りなかったが、テーブルの盾で弓矢を凌ぐのが精一杯であり、『火柱』を防ぐのは到底無理な状況であった。エリシアの『神罰』で起死回生の一撃を狙いたいところであるが、屋上に陣取るゴブリンメイジの姿はこちらからでは目視できない。
万事休す。
眼前に迫る火柱を前にして、ここで旅が終わることを覚悟する。
「ごめん、兄さん――」
そう呟いた、瞬間の出来事であった。
火柱と三人の間に新たな『絶対障壁』が立ち上がる。
しかし、その『絶対障壁』はケインの展開するそれとは違い、三人を包むように円形に展開された。
『絶対障壁』の上位の奇跡の力『障壁円陣』であった。
展開された『障壁円陣』は『火柱』を飲み込み、三方から飛来する弓矢も飲み込んだ。
「――神よ。我に裁きの力を与え給え」
凜とした声が谺し、眩い光芒が四散する。
それは幾重にも束ねられた『神罰』の塊、奇跡の力『神意』の光であった。
螺旋状の光の渦を従えた『神意』の光は王国政庁の建物の上部に一直線に向かう。
そして、建物の外壁を捉えると、その場では四散せず『神意』が触れたところから外壁の花崗岩が削りとられていく。
『神意』が通過した跡は、綺麗に半円形の断面で建物が削られていた。当然、屋上に陣取っていたゴブリンは逃げる暇もなく、全滅していた。
桁違いの攻撃力と完璧な防御力。
これだけの高位の奇跡の力を間髪入れずに放てる存在は、王国の中でも限られた存在であることは想像に難くなかった。
銀十字聖騎士団、聖騎士。
その名前は王国では羨望の対象であり、敵対国では怨嗟の象徴となっていた。
まさにその存在が、この場に現れた瞬間であった。
おそるおそる『神意』が飛来してきた方向を振り返る。
そこには、一人の少女が立っていた。
金色に輝く髪は後で一つに束ねられており、身につけている甲冑は、銀色に光輝き、鴇色で縁取りをされた見事な装飾が印象的であった。
「私は銀十字聖騎士団、第三聖騎士、アイヴィス。あなた達、ここで何をしている。かつてカムロドンと呼ばれたこの地も今では非常に危険な地と変わっている。ここは私に任せて、即刻、この場を立ち退きなさい」
第三聖騎士、アイヴィス。
その名前は、一時たりとも忘れたことは無かった。
グレン先遣隊襲撃の報告を行った張本人でありアルバートの仕えていた聖騎士である。
まだ若く謎の多い聖騎士であり、公の舞台に出たのは一度きり。
その聖騎士が目の前に立っている。
しかも、三人の絶体絶命の窮地を救ってくれたのである。
「アイヴィス様、ゴブリンはまだ二十体は左右に展開して潜んでいます。お気を付け下さい」
エリシアはアイヴィスに向かって叫んでいた。敬虔な修道女であるエリシアは聖騎士の存在は絶対だ。自分の窮地が圧倒的な力によって救われた事実よりも、周辺にゴブリンが潜んでおり、そのことを注意するのが務めだと感じていた。
それにはアイヴィスは笑って応えてくれた。
「ご忠告、感謝します。しかし、ご心配には及びません。ゴブリンの数と位置は既に正確に把握しております故」
当然の返答であった。
恐らくアイヴィスの使っている奇跡の力は『追跡』ではなく『捕捉』であろう。
目を閉じ、神経を集中させ、脳裏にその姿を浮かび上がらせる『追跡』とは違い、『捕捉』は意識を集中するだけで、絶えず相手の位置を把握できる奇跡の力であった。
どちらが優位であるかは明白であり、アイヴィスは恐らく会話をしながらでも、正確にゴブリンの位置を把握しているに違いなかった。
再び、アイヴィスの凜とした声が谺する。
「神よ。我に天の裁きの力を与え給え」
続いて、天空から無数の光の柱が降り注ぐ。
その一つ一つが正確にゴブリンを捉え、塵一つ残さず焼き尽くす。
一瞬の出来事ではあったが、刻が止まったかのように感じられ、残っていた二十体ものゴブリンは為す術がなかった。
「驚いたな。これは、奇跡の力『審判』ではないか。書物では、その存在が語られていてが、王国内で使用できる者は、二百年以上、現れていなかった筈だ。そんな幻の奇跡のをこの目で拝める日が来ようとは」
ケインも幻の奇跡の力を目の前にし、感嘆の声をあげ、その場に立ち尽くしていた。
僕は、アイヴィスの気高く美しい姿を前にして動けずにいた。
「これが、第三聖騎士の力なのか」
その場を一歩も動く事も反撃の遑も与える事も無く一方的に殲滅する。
彼女の前ではゴブリンが幾ら数を揃えようと無力に思えた。
「これで、ゴブリンは全て排除しました。街道まで道のりで驚異となる存在はありません。さあ、あなた達、即刻、この場を立ち去りなさい」
繰り返し、この場を立ち去るように僕たちに告げるアイヴィス。
「アイヴィス様、窮地を救って頂きありがとうございます。私たちはアルバートの弟のギルバートとその友人です。実は、これからアレウス山脈を訪れ、アルバートの死の真相を確かめに行くとこなんです」
「真実? 真実とは、私が報告している事実が全てです。それは先程、あなた達も身を以て経験された筈です。彼等は非常に狡猾です。巧みに戦術を操り、確実に相手を仕留めます。先遣隊も、狭隘な街道で待ち伏せに遭い、殲滅させられたものと私は信じています」
慥かにアイヴィスの云う通り、ゴブリンは非常に狡猾な種族である。
恐らく先程もこちらの出方をある程度予想し、奥の手として『火柱』を温存していた可能性は非常に高かった。
とはいえ、こちらは戦闘に関しては素人同然の三人組。
先遣隊は、騎士団の中でも選りすぐりの精鋭を揃えた集団である。幾らゴブリンが狡猾な手段を用いても、むざむざとはやられない筈である。
どこかアイヴィスの説明には無理があるように感じられる。
不審に思う僕の気持ちを読み取ったのか、アイヴィスは、僕に向かって語りかけた。
「聖騎士である私の話をどうしても信じて頂けないようですね。アルバートは非常に優秀な従騎士でした。私のところに仕官されてから、まだ日は浅かったですが、剣術の技術は慥かなものがあり、奇跡の力は、これから磨けば十分に聖騎士として通用するものになると感じでいたところなのでしたが……」
アイヴィスはアルバートのことを語り始めると言葉を詰まらせた。瞳にはうっすらと涙を浮かべていた。
「これは、私が民に対して唯一、公表してない事実なのですが」と前置きし、アイヴィスは再び語り始めた。
「実は、先遣隊が襲撃されたのは、アレウス山脈の麓の街、城塞都市アズダルクの近くの峠道です。そこはアズダルクからほど近いので、アズダルクの領主であり、銀十字聖騎士団、第十一聖騎士ランベルトが先遣隊に合流し随伴していました」
銀十字聖騎士団は近衛騎士団ではあったが、一部の聖騎士は領主として王国の要地を治めていた。ランベルトもその一人であった。
「そして、ランベルトはゴブリンの襲撃の際に、アルバートと共に戦闘に参加しており、襲撃者の姿を確認しています。しかし、残念なことに襲撃の際に重傷を負い、トラミノと云う小さな街で療養をしています。ゴブリンの襲撃で聖騎士が重傷を負ったなど、王国としては公に出来ないですから、機密事項として扱われているのです」
アイヴィスの云いたいことは判る気がする。
グレン先遣隊がゴブリンの襲撃により潰滅させられた事実は公に出来たとしても、その襲撃の際に王国の誇る銀十字聖騎士団の聖騎士が重傷を追ったなどと公にしてしまうと、開戦派からゴブリンは王国に対して敵性が非常に高く脅威となる存在だという主張を追認する形となり、国王としても開戦派の主張を受け入れざるを得なくなり、開戦へ大きく舵をとる事になる。
しかし、それは和平を望む国王としては、望まない展開であろう。
よって、この事実を隠蔽し世論を操作し、あくまで先遣隊は不意を突かれた襲撃により潰滅したのであって、和平への道は未だあると民に思わせる、というのが理由であろうと類推できた。
「アイヴィス様、仰れている意味は良く判りました。兄の死は残念な事ではありますが、発表の内容に国王の意志が少なからず示唆されていう事も理解は出来ます」
僕は、そこまで云うと悔しさからか目から涙が溢れた。
それでも、兄の死が王国の事情により歪められた公表の一部とされていると思うと、兄が無念に思っているに違いなかったからだ。
兄はなにより正義を好んだ。幼い頃から、苛められている僕を幾度となく救ってくれた兄。そんな兄の無念を晴らせずに、王国の事情を知って黙っていることしか出来ない今の僕が情けなく思う。無意識のうちに拳を握りしめ、肩で息をしている僕の耳許でアイヴィスは静かに云った。
「あなたの悔しい気持ちは良く判りました。私もアルバートのことは非常に残念でなりません。私がランベルトに直接会って話を訊けるように紹介状を書きましょう。そして、真実を彼の口から訊いて下さい。それが私の出来る最大のあなたへの償いです」
償い――という言葉に違和感を感じたが、気がついた時にはアイヴィスの書いた紹介状が手に握られており、アイヴィスの姿は既にそこには無かった。
「ギル、そうと決まれば早速、トラミノに向かう事にしましょう。アイヴィス様が案内状を書いて頂いたのだから、きっといい話が聞ける筈よ」
「ふむ。私もエリシア君の意見に賛成だ。ここからトラミノまでは恐らく五日くらいは掛かると思うが、そこまでは、アイヴィス様から頂いた食料があれば十分だ」
ファラードの死から、漫然とした雰囲気のなかアレウス山脈を目指していたが、トラミノに向かい、ランベルトから話を聞くという明確な目標が出来た。
しかし、アイヴィスは何故、この地を訪れていたのか、そしてカムロドンの消滅の原因やゴブリンが出現の事については、全く語ってはくれなかった。
恐らく、これらの事象は全てゴブリンによる宣戦布告に端を発し、グレン先遣隊の襲撃に繋がる筈である。
そのことを伏せ、ランベルトに遭って話しを聞け、というのは不自然な気がした。
ランベルトは銀十字聖騎士団の一人で城塞都市アズダルクを治めている領主であったが、重傷を負っているなどという事実は公表されておらず、トラミノへ会いに行け、ということ自体が罠である恐れも十分に考えられた。
しかし、アイヴィスが僕たちを罠に嵌めたところで利することは無いように思えるのも事実である。
それでも悩んでばかりはいられない。
たとえ罠であっても兄の死の真相に一歩でも近づけるのであれば、ランベルトに話を聞かなければならない。
僕は意を新たにし、トラミノに向かう決意をした。




