グレン先遣隊
それは、ゴブリニアの宣戦布告から三日目の出来事だった。
国王は、開戦か和平か熟慮を重ね、アレウス山脈のゴブリンを一掃するのではなく、和平への道を選択した。
銀十字騎士団と騎士団を派兵すれば、全面戦争になったとしても王国の勝利に疑う余地がないというのが、開戦派の主張であったが、その場合、アレウス山脈に最も近い都市、城塞都市アズダルクが戦火に巻き込まれることは想像に難くなく、多くの民を犠牲にすることになる。
国王は多くの民の犠牲を出すことを容認出来なかったのである。
勿論、和平への道は国王一人の意志で決定されたのではなく、王国の政務を取り仕切る王国政庁の長、グレン宰相の意向も大きかった。
グレンは、まだ宰相となってから一年程度ではあったが、その非凡な才能は国王も普段から非常に信頼を置いており、そのグレンが和平派の代表格であり、開戦派の意見に飲み込まれそうになっていた国王を説き伏せ和平への道を選択させたのであった。
そして、宣戦布告から五日後、自らの提案により和平への道を選択していただいたお礼に、先遣隊の長として自らゴブリニアへ赴くことを国王に進言したのである。
国王としては、国の情勢が不安定な為、右腕としてグレンに王都にいて欲しかったが、グレンの意志は堅かった。
そればかりか、先遣隊の護衛隊長として、第三聖騎士の従騎士アルバートを使命してきたのである。
当然、重要な先遣隊の護衛の任であるから、騎士団の団長と同程度の力量が求められるところではある。
しかし、騎士団の団長は、それぞれの騎士団を指揮するという重大な任務がある為、騎士団から離れる訳にはいかない。よって、護衛隊長を聖騎士の従騎士から選出する、というのは当然のことように思えたが、アルバートを護衛隊長にと、名指さしで使命してきたことに違和感を感じていた。
「グレンよ。そなたの指名であるから、彼の技量になんら疑いの余地はないと思うが、この従騎士は如何なるものなのか。仮にも余の右腕である宰相の命を護ることになるのだ。私としては、聖騎士を護衛隊長につけても異論は無いのところなのだが、本当にこのものでよいのか」
アルバートを先遣隊の隊長に推挙してきたグレンに国王は問い糾した。
「それは余りにも勿体無いお言葉です、陛下。銀十字聖騎士団は、陛下の近衛騎士団であり、王国を護る為の騎士団です。私などを護る騎士団ではございません。よって、本来であれば従騎士を護衛隊長に命ずることも憚られるのですが、騎士団長はそれぞれの騎士団を指揮する使命が在る故、騎士団を離れるわけにはいきません。よって、僭越ながら、従騎士を一名、先遣隊に加えさせていただければと思っております」
「そのくらいのこと、気にするでない。私はそなたの躰の方を案じておるのだ」
「従騎士のアルバートは一年ほど前に従騎士に仕官された者ですが、史上最年少での仕官された非常に将来を嘱望されている従騎士です。恐らく、近い将来、銀十字聖騎士団への入団も果たすであろうと、私はそう信じております」
「ふむ。アルバートという従騎士は、それほどまで優秀な人物であるか。よかろう。従騎士アルバートを先遣隊、護衛隊長の任を命ずる」
「陛下、有り難き幸せで御座います。それでは、護衛隊の推薦名簿は王国政庁から提出されて頂きます。それでは、私は此にて失礼致します」
謁見室を満足げな笑みを湛えて静かに退出するグレン。
その笑みは何処か冷淡であった。
先遣隊の出発の朝、王都は雲一つなく晴れわたっていた。
アルバートは、護衛隊長を命ぜられてからの五日間、寝る間を惜しんで先遣隊の護衛計画を立案していた。
「グレン宰相には今朝も呼ばれたが、要望が細かすぎると云うか――」
毎日の様に呼び出しては無理難題を押しつける宰相にアルバートは辟易しているようであった。
「それを云ってはいけませんよ、アルバート殿」
それを聞いていた私は、アルバートの愚痴を窘める。
第八騎士団から護衛隊に参加していた私は、アルバートより年長ではあるが、護衛隊として合流してからの五日間の彼の昼夜を問わない働きぶりに感服し、護衛隊長として、すっかり全幅の信頼を寄せるようになっていた。
「すみません、ファラードさん。つい愚痴を零してしまいました。グレン宰相の要求は多少、自己中心的というか行き過ぎなところがあるので、つい愚痴を溢してしまいました」
と言葉を濁したアルバートの「らしくなさ」が気になり、
「アルバート殿、これからの厳しい旅を考えると、少しでも懸案材料が少ない方がいい。良かったら、どの様な要望があったか、私に話して貰えないだろういか」
と訊いてみた。
最初は気乗りしない雰囲気のアルバートではあったが、
「そうですね…… ファラードさんの云うとおり、少しでも懸案材料が少ない方が良いに決まってますね。判りました。ファラードさんは護衛隊の副隊長なので、知って頂きいこともあるので、お話致します」
と硬い面持ちで話し始めた。
「先ずは旅程についてです。ご存じではあるとお思いですが、王都からアレウス山脈は大凡二十日間の旅になります。しかし、それは通常の軽装の旅人の徒歩の場合です。護衛隊は急襲に備えてチェーンメイル程度の装備を常時着込んでの旅となります。護衛隊の騎士は屈強な者ばかりと聞いていますが、そ徒は思うように進まない筈です」
ここで言葉を切り、アルバートがこちらに向き直る。
「よって、通常の二十日の旅程も大変厳しいのですが、それをあと二日も縮める様にと求めてこられるのです。私も再三再四、先程の説明を繰り返し、理解していただこうとしているのですが、先遣隊の使命である和平交渉に一日でも早く漕ぎ着けたいの一点張りで、どうにも埒が開かないのです。これ以上、旅程が短くなれば、それは即、護衛隊の任務にも影響を及ぼします。場合によってはチェーンメイルでは無く、レザーアーマーに装備を変更して、あと二日は旅程を縮めることは可能かもしれません。しかし、その場合、急襲された場合、不利になるのは明白です」
「慥かに、アルバート殿が云われている通りに我々は旅人とは違い、各々が重たい装備を担いでの移動となるので、そう易々とは、旅程を縮めることは難しいでしょうな」
「ええ。そうなんです。旅程の件は、先遣隊の重要な使命に直接結びつく話しでもありますし、私としても一日でも早い和平を望んでいますので、無理を承知で旅程を縮めることで了解したところです。結果として襲撃時の体制として不安が出来てしまいましたが、ゴブリンの中隊規模の襲撃ならレザーアーマーであっても問題は無いと考えています。それに、この件については、銀十字聖騎士団からも支援がありました」
「なんと、銀十字聖騎士団からの支援でありますか?」
私は銀十字聖騎士団という言葉に興奮し、聞き返した。
銀十字聖騎士団と云えば、全ての騎士にとって憧れの存在。その騎士団からの支援と聞いては興奮せざるを得なかった。
「数は限られますが、プレートメイルに奇跡の力を込めたマジックメイルを幾つか供与していただけるとのことです。聖騎士団の正規のプレートメイル、シルバークロスと同等程度の高位のマジックメイルになるのでは」
「なんと、シルバークロスと同程度のマジックメイルを供与していただけるのですか!」
銀十字聖騎士団のシルバークロスは、奇跡の力で質量を大幅に低減されるだけでなく、強度も大幅に向上されていて、文字通り、シルバークロス――銀の聖衣の異名を誇る特別なマジックメイルとして知られていた。そのシルバークロスと同程度のマジックメイルということになると、騎士団では滅多にお目にかかれない代物であろう。
「私は従騎士に仕官されたときに拝領したマジックメイルがありますので、そちらを使用します。提供されるマジックメイルについては適宜、配布をお願い致します」
「了解しました。まずは小隊長に優先的に行き渡るように手配させていただきます」
「まあ、旅程の件は、装備を見直すことで、ある程度は対応はできそうなのですが、一番の問題がありまして、グレン宰相はご自身の体力に自信が無いので徒歩ではなく馬に乗って移動したいとのことなのです」
「それは……」
私も絶句であった。
徒歩での行軍の中に一人、馬上の人物が混ざるのである。
当然、弓矢などの遠距離からの襲撃に晒されやすくなる。
しかも、ゴブリンは火薬の扱いに長けていた。
「それは大問題ですね。ご存じとは思いますが、近頃のゴブリンは火薬を用いて、弾丸を放つ武器を使用しています。我々は攻城戦に於いて大砲にて城壁の破壊を行う技術がようやく活用され始めましたが、ゴブリンは、この手の技術に於いて我々より数歩先に進んでおるようです」
「その話しは、銀十字聖騎士団に於いても話題に上がっています。『絶対障壁』を貫通することは無いのですが、弾丸の速度が弓矢とは比較にならないほど早いので『絶対障壁』の展開が間に合わないことも考えらるそうです。護衛隊の中で、『絶対障壁』を使える騎士は多数いますが、その者達は、絶えず『絶対障壁』を咄嗟に展開できるように緊張状態を強いられるので、その精神的な損耗は相当なものになります。だから、護衛に支障を来すので、他の者と同じように徒歩での移動をお願いしたのですが、こればかりは譲って貰えませんでした」
アルバートの必死の説得にもグレン宰相は最後まで応じなかったらしい。
「説明している趣旨は理解して頂いているのですが、どうしても馬での移動を希望されるのです。自身の身の安全は護衛隊の責任の範疇で、道中の疲労により、宰相としての責務が果たせない方が問題だと云われるのです」
とグレン宰相の一方的なものの云いように困惑を隠せないアルバート。
「グレン宰相は、まだ二十代の半ばと聞いております。しかも王国史上最高の頭脳の持ち主と専らの評判で、王国政庁に登用されてから、僅か数年で王国政庁の頂点、宰相まで登り詰めたという英傑です。王国政庁内の評判では、名家の出身でありながら、非常に周囲き気配りが出来る方で、更には先見の明があり、数々の施策を実施し、並々ならぬ成果をあげているそうです。まあ、その様な方でないと宰相は務まらないでしょうが」
「ですから、尚のこと、今までの遣り取りが理解出来ないといいますか……」
首を捻るアルバート。
職務を誠実に全うしようとするアルバートは、グレン宰相の要望に必死に応えたい様子ではあったが、グレン宰相に身を案じて進言している内容が受け入れて貰えず苦悩していた。それは、痛いほど伝わってきた。
「アルバート殿の心労は痛いほど分かりました。しかし、もう先遣隊の出立は、本日のことで御座います。ここは私も骨身を惜しまずに尽力致しますので、どうかお気を慥かにお持ち下さい。第八騎士団は王民の楯で御座います。先遣隊では第八騎士団の名に恥じぬようアルバート殿を補佐し、グレン宰相を御守りすることをここに誓いましょう」
「――と云う訳さ」
ファラードは先遣隊出立の朝の出来事を語り終えた。
「なるほど。どうやらファラードさんは、本当にグレン先遣隊の生き残りのようですね。その様なやりとりがあったとは王国政庁の発表でもなかったし、作り話にしては、兄の云いそうな事を云っているしね。本当のことを云っていると思う」
最初は疑い半分でファラードの話しを聞いていたが、兄の自分の意志を宰相に対しても曲げようとしない姿勢は話しを聞いているだけで、兄の姿が想像できた。
「そうだな、ギル君。慥かにファラード氏の云っているこは真実であろう。なんと云ってもアルバート君の親友の私がそう思えるであるから、真実なのであろう」
ケインも頷きながら同意する。
エリシアはファラードの話しを時折、涙を浮かべつつも黙って聞いていた。その表情から、ファラードの話しを信じている様子がはっきりと伝わる。
「ファラードさん、あなたの事を疑ってしまい申し訳御座いませんでした。私たちはあなたが先遣隊の一員であったことを認めます」
三人で深々と頭を下げ、ファラードに謝罪した。
「今までの無礼をお許し下さい。そして、私たちに先遣隊襲撃の真実をを教えて下さい」
これで真実が明らかになる。
アレウス山脈に真実が隠させていると思っていたが、思わぬところで真実を知る者に出会えた幸運に感謝する。
頭を下げつつも瞳からは涙が溢れていた。
真実を早く語って欲しい。
そう願い、逸る気持ちを抑え、正面を見る。
しかし、その願いは適わないとすぐに判ってしまった。
ファラードの頭部が、何者かにより刎ね落とされていた。
生存者がいたとはな。
大変、申し訳御座いません。
即刻、始末させて頂きました。
彼らの前で始末するとはやり過ぎではないかな。
しかし、何を喋るか判らない状況でしたので。
まあよい。これからも監視を宜しく頼むぞ。
御意に。




