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白昼の襲撃

 それから僕は、旅の支度を始めた。

 三人が王都を一度に発つと目立つので、三人が別々に王都を発ち、隣町の宿屋で待ち合わせをすることにしていた。

 勢いで決まった感はあるが、冷静に考えてみると、三人でアレウス山脈に旅立つこと自体は、あながち間違いではないと思える。

 部屋には照明として蝋燭に火が灯されている。そして、蝋燭の火を灯したのは奇跡の力『発火』によるものであった。

 王国では三大神の一人で国の名前の由来でもある、イズガルド神への信仰が篤かった。

 そして、その信仰の力は『奇跡の力』として、民の生活に反映されていた。

 王国の誰でもイズガルド神を信仰することで奇跡の力が使えるようになり、その奇跡の力は、蝋燭に火を灯すような日常的なことから、怪我の治療など、その信仰心によっては通常では有り得ない、まさに『奇跡の力』を行使できる様になるのであった。

 勿論、その力は民の生活を豊かにするだけではなく、軍事面でも如何なく発揮され、特に軍事面での奇跡の力を行使を得意とするものが騎士となり、更にその中から特に優秀な者が近衛騎士団、銀十字聖騎士団の聖騎士となっていた。

 その有用な奇跡の力に於いて僕は、あまり得意ではなかった。

 対象物を発火させる『発火』の奇跡の力は使えるものの、旅先で使える奇跡の力は数えるほどもなく、ましてや戦闘で役に立つような奇跡の力は全く使えなかった。

 しかし、エリシアは教会の修道女になるほど信仰心が篤く、日常生活に於ける奇跡の力は云うまでもなく、神の雷とも云われる奇跡の力『神罰』を扱えるほどであった。

 ケインの奇跡の力は更に別格である。

 教会の司祭を幾ら世襲と謂えども勤められるほどであるから、信仰心に於いては、一般のそれとは比較にならず、治癒全般の奇跡の力はおろか、弓矢などの物理的な攻撃の一切を無効化する奇跡の力『絶対障壁』を操ることができた。

『絶対障壁』は騎士団でも操れる騎士は限られていて、戦場では圧倒的な力を発揮する奇跡の力として知られていた。

 そんな二人が旅に同行するのである。

 一人でアレウス山脈に辿り着くのは苦難を極めることに思えたが、三人であれは、兄の死の真相を確かめる旅を成し遂げられる。そんな気がしてきた。

 長旅になるので、食料は現地調達で賄うことにして、衣類や薬草など現地での調達が難し物はなるべく持てるだけ持って行くことにした。

 背嚢に荷物をしまい、バックラーを背中に括り付ける。最後にショートソードを鞘に収め背中に担いで身支度は完了した。

 ショートソードは兄の遺品だった。

 第三聖騎士が現地から回収した唯一の品で、兄が従騎士に仕官されたときに、第三聖騎士から拝領された一振りである。

 刀身は見事な細工が施されいるばかりか、僅かに奇跡の力が織り込まれ、見た目からは想像できないほど重量が軽く、刃毀れの類は一切無かった。

「これがあれば兄と一緒のような気がする」

 ショートソードを背中に感じながら思う。

 気がつけば、外は明るくなっていた。

 一人で教会を出で歩き始める。

 朝日を浴びて城門は象牙色に光輝いていた。


 隣町のハースタルまでは半日あまりで到着した。

 隣町といっても、街道の往来も頻繁にあり、数回程度だけど訪れたこともあったので、待ち合わせの場所にした宿屋も迷うことなく見つけることができた。

 あまり大きな宿屋ではないが、石造りの外観は堂々として、建物の歴史の古さを物語っていた。

 宿屋に入ると、見慣れない顔に反応したのか、早々に宿屋の主人が声を掛けてくる。

「よお、若いの。なかなか見ない感じだけど、この街には観光かい?」

 恰幅のよい主人の気さくな態度に、思わず心を許してしまった僕は、

「この街には観光というわけじゃないんだ。実はセンチュリオンから来たんだけど、これから仲間とアレウス山脈へ向けて旅にでるところなんだ。部屋が空いているなら、今晩はここで宿をとろうと思っているんだけど、空いているかな?」

「センチュリオンってことは、すぐそこから来たんじゃないか。おいおい、ひょっとしてさっき来た、修道女のお嬢ちゃんと知り合いかい?」

「え? エリシアは、もう着いているんですか」

「そうそう。慥かエリシアって云ってたな。やっぱりそうか。おまえさんの知り合いだったか」

 エリシアが自分より早く到着しているのは予想外であった。

 昨夜の話しでは、僕が一番最初に出て、エリシア、ケインと時間を空けて教会をでる予定にしていた筈だった。

「彼女とは幼馴染みなんです。先月のグレン先遣隊の遺族としてアレウス山脈まで巡礼にいく約束をしているのです」

 なんとなく、主人に関係を勘繰られるのが厭なので嘘をついてしまう。

 考えてみれば悪いことをしている訳ではないので、アレウス山脈までの旅のことを話しても良かったのだが、王国中を賑わしていることなので、なんとなく本当の目的を伏せるのが賢明に思えた。

「それならそうと云ってくれよ。おまえさんも人が悪いな。まあ、それでも、修道女と同じ部屋って云うのも何かと調子が悪いだろうから、隣の部屋を使っておくれよ」

 主人は気を遣ってエリシアの隣の部屋を案内してくれた。

 部屋は余り大きな部屋ではなかったが、調度品は綺麗に整えられていて好感が持てた。

 早速、担いできた背嚢をベッドに下ろす。

 しかし、ショートソードは、そのまま背中に担いだままにした。

 隣町といってもここは治安のよい王都ではない。いつ、襲撃に遭うとは限らないので用心に越したことはない。

 エリシアが到着しているのであれば、まだ部屋にいるかも知れない。

 そう思うと僕は早速、エリシアの部屋を訪れてみることにした。

 一人で部屋にいても仕方無いし、昨夜はハースタルで落ち合うところまでは打合せしていたが、アレウス山脈までの道のりとか、事前に話し合いたいことは山ほどあったので、面倒なケインが到着する前にある程度二人で話しをしておきたかったからだ。

 部屋を出て、隣の部屋の扉をノックする。

「ギルだけど、エリシア、入ってもいいかな?」

 扉の向こうから駆け寄ってくる足音がする。

 どうやらエリシアは部屋にいたようだ。少し安堵する。

「ギルも着いたんだだね。今、鍵を開けるから、ちょっと待ってて」

 部屋の中からエリシアが応える。

 昨夜の話しと違い、先にエリシアが着いていたことには触れてなかったが、そのことは、後で聞いてみることにした。

 カチリと鍵を開ける音。ひょっこりとエリシアが顔を出す。

 その顔をみた瞬間、なんとも云えない安心感が得られたが、次の瞬間にはその安心感は嫌悪感に変わっていた。

「おお、ギル君。遅かったじゃないか。まあ、迷わずここまで来られただけでも良しとしなければならないかな」

 部屋の奥に寛いだ雰囲気でケインが椅子に深々と座っていた。

「おっと、誤解しないでくれよ。まだ、エリシアとは何もないからね。丁度、アレウス山脈までの道のりを議論していたところだから、ギル君もそんな処に突っ立っていないで、早く入って議論に参加したらどうだね」

 ケインはこちらの様子などお構いなしに議論に参加するように促してきた。

 悔しいが自分もエリシアとこれからの道のりについて話すつもりだったので、渋々ではあるが、部屋に入り、その議論とやらに加わることにした。

 当然ではあるが、エリシアの部屋の調度品は自分の部屋と同じであった。

 小さいテーブルの上には、王国の地図が拡げられている。

 イズガルドは、大陸の北東の四分の一ほどを占めている大国である。

 北部は海を挟んで島国のノルガルド、東部は砂漠の大国が虎視眈々とイズガルド侵略の機会を窺っていた。そして、南部は大陸最大の山脈地帯、アレウス山脈があった。

「ふむ。アレウス山脈まで歩いていくとなると二十日はかかる計算になるな。となると途中で食料は補給が必要となるので、必然的にどこかの街に立ち寄ることになると……」

 ケインは何時もとは様子が違い、真面目に検討しているようであった。

「ケインさん、やはり日中は街道沿いに進むのが安全だと思うけど、宿はどうしよう? 真逆、三人で野宿するわけにはいかないだろうし」

 三人で旅に出ると決まってから、ずっと気になっていたことを聞いてみた。男二人、女一人の旅である。幼馴染み同士であっても野宿には若干抵抗があるのは事実であった。

 しかし、そんな僕の心配を余所に、エリシアから意外な返答が返ってきた。

「私なら平気よ。修道女として禁欲的な生活には慣れていますから。毎日、柔らかいベッドで眠れなくても不満はないわ。お風呂だって二十日くらいなら沐浴だけ十分です」

「まあ、エリシアがそう云うのであれば構わないけど…… 年頃の女の子と野宿と云うのもなんか気が退けてね……」

「おいおい、ギル君。何を君は勘違いをしているのだね。エリシア君は君たち兄弟の為を思って旅に同行すると云っているのだよ。決して君個人に好意があって、旅に同行する訳ではないのだから、野宿するといっても変な気だけは起こさないでくれよ。私にだって身元引受人としての責任があるのだからね」

「変なことを云わないで下さいよ、ケインさん。僕は決してその様な意味で聞いたのではなく、純粋に宿に泊まる費用だとかを心配して聞いていた訳で……」

「弁解などこの期に及んで不愉快だよ、ギル君。そうだ。折角、気分を害したついでに、宿屋の酒場で旅の門出を祝して祝杯を挙げるというのはどうだろうか、エリシア君」

 急に話題を変えて酒場で祝杯をあげることを提案するケイン。

 その余りにも唐突な提案に戸惑いを感じた。

 しかし、これからの旅を考えると次は何時まともな宿屋に泊まれるか判らない。

 僕も景気づけに一杯行きたくなった。

「そうね。私たちのこれからの旅が無事に行くようにお祈りの意味も込めて、祝杯を頂きにいきましょうかね」

 エリシアも祝杯を挙げることに同意する。

「では、決まりだ。これからの旅の健闘を祈念して乾杯を挙げにいこうではないか」

 気がついたら、これからの旅の道のりについて殆ど話し合われていなかったが、取り敢えず三人で祝杯を挙げることだけでは決まったのであった。


 酒場は、まだ夕刻前だというのに宿泊客で溢れ、繁盛していた。

 王都を目指し長旅をしてきた者や付近の街を中心とした行商の者。様々な身分の者が一日の疲れを癒しに酒場で酒を酌み交わしている。

「へい、いらっしゃい」

 と宿屋の主人が威勢良く声を掛けてくる。

「おや、司祭のお兄さんも、一緒だったのかい。珍しい組み合わせの三人だねえ。司祭と修道女と…… えっと、お兄さんは何をしてるんだい? その歳で何もしていないってことはないよな?」

 主人は悪意もなく痛いところを突いてくる。

「自分は、そこの司祭さんに頼まれた仕事を手伝ったりはしてますが、特に職と云うもの就いていなくて…… 本当は自衛団に入ろうと思い入団試験も受けたりしたのですが、不採用でして……」

「おお。それは初耳だな、ギル君。君の兄上は、史上最年少で従騎士になったのに、その弟が自衛団の入団試験で不合格とは。兄に申し訳ないと思わないのかね?」

 ケインが調子にのって悪態をつく。

 しかし、ケインにとって、このくらいの悪態は日常会話の範疇であった。

「ケインさん、兄は兄で、僕は僕なんです。それは兄と比較されると僕は何も秀でたところは有りませんが、動体視力なら兄にも勝っていたんですよ」

「そういえば、そうだったわよね。昔からこの話しになると、ギルは必ずといっていいほど、動体視力の話しを持ち出していたわよね」

 微笑みながらエリシアが云う。

 しかし、遠回しに昔から誇れるところは視力だけと云われているような気がして寂しさを憶えた。

「え? ひょっとして、お兄さんって、あのゴブリンの襲撃で壊滅した先遣隊のアルバートさんなのかい? これは驚いたな。で、ところでそんな有名人の弟さんと司祭と修道女の三人だけでアレウス山脈まで目指すとか云うじゃないだろうね? 行くんなら、辞めといた方が賢明だと思うぜ。先日もアレウス山脈方面から来た客がいたけど、アレウス山脈近郊の城塞都市、ノルガルドにも頻繁にゴブリンが襲ってきてると云うし、付近の街道沿いもゴブリンの姿を頻繁に見掛けるらしい。まあ、奴らもいきなり襲ってくるということはないらしいが、用心には越したことがないぜ」

 主人は旅人から聞いた話を話し始めた。

「まあ、ご主人。そうは云っても、彼にはアレウス山脈に行かなければならない理由があるのですよ。それで困ったことに私は王都で教会の司祭をしていた者のですが、職を辞して彼の為に旅を同行することになったのですよ。ほら、この通り、彼は定職についていないものですから、資金的にも窮する有様なのです。だから、こうして私が蓄えた資産を元にアレウス山脈まで目指そう、という事なんです」

「ほう、左様でしたか。司祭様が旅に同行するのは、如何なる理由なのかと訝しんでましたが、そうでしたか。それなら早く云って下さいな」

 主人は急に手を挙げ、使用人を呼ぶ。

「おい、このテーブルに酒を人数分持ってこい。勘定は貰うんじゃないぞ。これは俺からのほんの気持ちなんだからな」

「ご主人、ご主人。お気持ちは嬉しいのですが、そんなに気を遣われてはこちらが恐縮してしまいます。どうかお代だけでも払わせていただけませんか。長旅になることは承知の上でしたので、お金だけは持って来ているんですよ」

 普段はこの手の申し出を断ったことがないケインであったが、この時ばかりは何故かお代だけでも払いたいと云いだし、財布の中身まで主人に見せていた。

「いえいえ。それでは私の気が収まりません。今夜が最期になるかも知れないのです。慎ましい宿屋でございますが、今夜はごゆっくりなさって下さい」

 僕のことを知ってから、急に態度が余所余所しく感じられたが、これから長旅に出る三人のことを思って、気を遣ってくれる主人がとても親切な人に思えた。

「ケインさん、ご主人もここまで云っているんだし、今夜は甘えさせてもらおうよ」

「そうか。ギル君がそこまで云うのなら仕方ない。ご主人、今夜はご馳走になりますが、きっと王都に戻ってきた際には、しっかりとお礼をさせていただきますよ」

 ケインも最後は主人の好意に甘えることに了解した。

 そして、その日は夜更けまで三人で飲み明かした。祝杯を挙げるという意味ではとても有意義な夜になった。


 翌朝、僕はケインの大声で起こされた。

「おい、ギル君。君は何時まで寝ているつもりだね。もう、朝日が昇って数刻は経っているというのに、まだベッドの中とはどうゆう了見だね。エリシア君は、もうとっくに起きて、宿屋の前で出発を待っているぞ」

 昨日の酒で酔った訳では無いが、久々に夜更かししたせいもあって、ベッドから出るのが億劫になっていた。

「わかったよ。直ぐに支度をするから、エリシアと外で待っててくれないか」

「当然であろう。というか、寝坊をしている分際でなんという言い草。もう、エリシア君と先に歩いているから、君は走って追いかけてくるのが良かろう」

 ケインのことだ。本当に先に行ってしまう恐れもあるので、急いで身支度を調える。

 兄の形見のショートソードを手に取る。

 ふと何かを語りかけてくるような錯覚に気がした。気のせいだと思いながらも、ショートソードを鞘から抜いて語り掛ける。

「行ってくるよ、兄さん」

 ショートソードを鞘に収めると、カチリと小気味よい音がする。

 その音が、まるで兄が返事をしたかのようであった。

 宿屋を出ると流石に悪いと思ったか、若しくはエリシアに説得されたか、ケインとエリシアは二人並んで待っていてくれていた。

「遅くなってすみません。では、アレウス山脈に向けて出発しましょう」

「まったく…… ギルって遅刻をしたのに全然悪びれることもないんだから」

「だから云ったではないか、エリシア君。きっとギル君の事だから悪びれる様子もなく現れるから、お灸を据える意味も込めて、先に行ってしまおうと」

 やはり、先程の印象は後者のほうで正解だったらしい。

「ケインさん、本当に先に行くつもりだったんだ。もう、先は長いんだから仲良く行きましょう」

 精一杯、和解の意を表明し、三人で並んで街道を目指して歩き始めた。

 昨夜の祝杯を挙げながらの話し合いでは、丁度、王都とアレウスの中間地点にカムロドンという街があり、そこに立ち寄り、必要な食料などを調達することとなってていた。

 幸いなことに王国は街道の整備が進んでおり、カムロドンまでの道のりは、街道沿いを進んでいけば、迷うことなく到着する筈であった。

 しかし、それは良い面でだけではなく、悪い面もあった。

 街道は旅人の往来があるだけでなく、行商の者の多くは街道を利用していた。

 当然、それらの行商を狙った山賊が出没するもの街道沿いが多く、特に夜間は警戒が

必要であった。

「ケインさん、日中は街道沿いを進むにしても、日没までには安全なところに行かないと、今後は危険に晒されることになるよね。差し当たって今夜はどうする予定なの?」 すっかり年長者のケインに甘えてしまっていたが、ケインは頼りがいのある人物ということに変わりはない。多少の日々の言動には目を瞑ることにして、助言を貰うことにしていた。

「そうだな、ギル君。まだこの辺りは王都に近いので、山賊の類が出没するとは考え辛いのは事実であるが、そうは問屋が卸さないかも知れないな」

「ケインさん、流石にそれは無いんじゃないかな。まだ、この辺は王都とは目と鼻の先。山賊なんて出るわけが――」

 と言い掛けたところで、顔の真横をヒュンと何かが通った。

 それが弓矢の矢であることに気がつくのにそれほど時間は掛からなかった。

 矢が飛んできた方を見ると、如何にも山賊という風情の男が五人、街道の真ん中に立っていた。

 しかし、急な山賊の襲撃に、驚いた様子がないケインとエリシア。

「ほう、意外と早いお出ましでしたね、山賊の皆さん」

 ケインは余裕の表情で山賊に語りかける。

「いや、こう云った方が良かったのかな? 宿屋のご主人様」

「え? 宿屋のご主人?」

 ケインの口から意外の人が挙がったことに驚いたが、エリシアは平然としていた。

「そうよ、ギル。あなた、本当に気がついていなかったのね。散々、彼は私たちを泥酔させて、翌日、私たちを襲ってケインの財布を奪う算段をしていたのよ」

 慥かによく見ると、背格好は宿屋の主人であったし、手下と思われる山賊もよく見ると、最初にビールを持って来た使用人に似ていた。

「ケインさん達は気がついていたの? ご主人たちが山賊だっていうことに」

「勿論だとも。実は司祭をしているときに、偶然、街の人から聞いていたのだよ。どうやら宿屋の主人に裏の顔がありそうだとね。それからエリシア君にも手伝って貰って、様々な人から話をきいて確証に至った訳なのだよ」

 エリシアもケインの説明を補足する。

「そして昨夜はわざと財布の中身をみせて、おびき寄せようとした訳なの。ギルに伏せていたことは悪いと思ったけど、ギルは嘘が吐けない性格でしょ。きっと顔に出るってケインが云うものだから伏せていたのよ」

 全く以てケインの指摘の通りであった。事前に計画を報されていたら、上手く演技できる自信は無かった。

「おいおい。さっきから何をごちゃごちゃと云ってるんだ? さっさと、懐に入っている財布を出して貰おうか」

 宿屋の主人は既に、宿屋の主人ではなく山賊と化していた。

「まあ、そう慌てるなって、三下の山賊さん達。こっちには事情を理解していない莫迦が一人いるのでね。説明に手間取っているところなのだよ」

「ケインさん、莫迦とはなんだい莫迦とは。エリシアが丁寧に教えてくれたから、どうしてこうなったかは理解できた。しかし、相手は五人で、こちらは三人。この危機的な状況からどうやって脱するのか教えて頂いてもいいかな?」

「矢張り莫迦は莫迦ではないか。どう考えても絶体絶命な状況に陥っているのは彼奴ら方だぞ。エリシア君、ギル君が五月蠅いので、早々に片付けて貰ってもいいかね」

 ケインは人数の多寡は関係ないと云わんばかりにエリシアを促す。

「舐めるなよ。こっちはこの辺りじゃ有名な盗蛇党だぞ。うだうだと云ってると痛い目にあってもらうぞ」

 と主人が言い終わると同時に、弓を番える山賊達。

「今度は威嚇じゃないからな。今から五つ数えるから、それまでに財布を置いてさっさとこの場を去ることだな。そうすれば命だけは許してやるよ」

 出来の悪い山賊のような台詞を云う主人。

「五」

 瞳を閉じて精神を集中するエリシア。

「四」

 余裕の表情を浮かべるケイン。

「三」

 二人の間を右往左往するしかない僕。

「二」

 残忍な表情を浮かべる主人。

 右手を上げ、手下の山賊に目配せする。

 右手を下ろしたら矢を放て、きっとそうゆうことだろう。

「一」

 ケインは財布を出すことすらしていない。どうやっても間に合わない。

「零」

 主人の右手が下ろされ、弓矢が放たれる。

 殺到する四本の弓矢。

 バックラーを構えることすら出来ず、ひたすら目を瞑る。

 矢が自分の躰を貫くことを覚悟する。

 出来ることなら急所を外れ、反撃の機会があることを願った。

 しかし、矢は躰を貫通するこどころか、こちらに到達することすらなかった。

「絶対障壁だと……」

 主人の言葉に反応し、目をあけると眼前に空気を歪めて作られた防御壁――ケインの奇跡の力『絶対障壁』が展開されていた。

『絶対障壁』は文字通り、絶対的な防御壁であり、あらゆる物理的な攻撃を通さない。無論、弓矢の類を止めるのが主な目的であり、大規模な戦闘で使われる高位の力であった。

「ほお。流石は王都の司祭様といったところか。しかし、弓矢は防げたとしても、近接戦闘は、どうするのかな?」

『絶対障壁』の出現に、弓矢での攻撃を諦める山賊。宿屋の主人はショートソードを抜刀し、こちらに向かってくる。四人の手下もショートソードを抜いて襲いかかる。

 しかし、数歩も進まないうちに、五人の動きは完全に止まってしまった。

 彼等の目の前にエリシアが立ち塞がっていた。

 瞳を開いたエリシアが両腕を軽く突き出し、掌を山賊に向け呟く。

「神よ。彼らに神罰を与え給へ」

 聖なる光がエリシアの掌から放たれる。

 眩い光は、あっと言う間に山賊を捉え、光の光芒が辺りに四散させた。

 奇跡の力『神罰』

 山賊達は四肢を痙攣させ、目から戦意が失われる。

「何時ものように手加減をしましたので、命に別状はないです。ギル、街に戻って衛兵を呼んできて貰えないかしら。罪人は衛兵に引き渡すのが一番です」

 山賊を一網打尽にしても、何時もと変わらず平然とした様子のエリシア。

「ギル君が唯一、活躍できる場面と云えば、衛兵を呼び行くところくらいでしょうからね。ギル君、早く衛兵を呼びに行ってくれないかな」

 山賊を一網打尽にして、悦に浸っているケインも何時と変わらない様子で、僕に命令する。

 あとで聞いた話だが、ケインとエリシアは教会の懺悔室で偶々、耳に入った悪事に対して、度々、自主的に「罰」を与える活動をしていたらしい。

 最初は、エリシアが懺悔室で聞いた話をケインに相談し、ケインが秘密裏に実行していたらしいのだが、エリシアが奇跡の力『神罰』を扱えるようになると、今回の様に二人で悪事を裁くこともあったらしい。

 そして、今回は最後の仕事として宿屋の主人が成敗されたのである。

 数時間前に通った街道を一人で引き返す。

 山賊五人を難なく倒してしまう二人と一緒なら、これから先どんな苦難が待ち構えていても乗り切れる気がしていた。

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