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旅立ち

 王都、センチュリオン。

 正義と自由の王国、イズガルドの王都。

 その遙か昔に造られた王城の城壁が、夕刻の西日を受け光輝いている。

 幾度となく戦の舞台となってきた王都であったが、城壁を破壊されたことは一度たりとも無く、この城壁こそが王国の自由と正義の象徴と古くから云われ続けてきた。

 夕闇に包まれる直前の王都は、愛する家族の待つ家に帰る者もいれば、酒場で大いに盛り上がっている者と様々な様相をみせ、活気に満ち溢れている。

 グレン先遣隊が謎の襲撃者に襲われて一ヶ月あまり。

 王都ではグレン先遣隊に哀悼の意を表するため、王都の北部にある丘の上の教会で慰霊祭が執り行われた。

 アレウス山脈に突如あらわれたゴブリンロードによるゴブリニアの建国とイズガルドへの宣戦布告に端を発するグレン先遣隊の派遣。

 グレン先遣隊はグレン宰相を筆頭に、各地に駐留している十二の騎士団から集めた百二十名の騎士からなる護衛隊と、国王の直属の近衛騎士団である銀十字聖騎士団から護衛隊を指揮するための従騎士、一名を加えた、百二十二名で構成されていた。

 ゴブリンは、体格や知力こそ人間より劣っていたが、筋力では人間を大きく上回り、たとえ騎士であっても対等に戦うことは難しい相手であった。

 しかし、護衛隊に招集された騎士は経験豊富な精鋭揃いで、ゴブリンに襲撃されても壊滅するようなことは無いと思われていた。

 しかし、先遣隊は襲撃時に偶然その場を離れていたグレン宰相を除いて全滅した。

 しかも、襲撃してきたゴブリンに犠牲は全く無かったのである。

 アレウス山脈の近郊では、度々、ゴブリンによる襲撃があったが、少なくとも騎士の犠牲と同数かそれ以上のゴブリンの犠牲が確認されていた。

 なので、ゴブリンに犠牲が無かったことについて王都では様々な憶測を呼んでいた。

「ゴブリンロードが前戦に姿を現し先遣隊を一人で壊滅させた」、「北方の小国ノルガルドによる侵攻の前触れだ」と根も葉もない憶測が錯綜する。

 グレン先遣隊を襲ったのは一体、誰なのか。

 王国中の関心が集まるなか、襲撃直後に現地を訪れていた第三聖騎士より、襲撃の事実が発表された。

「グレン先遣隊はゴブリンにより襲われ、そして全滅した」

 この発表には多くの民が納得すると同時に、失望した。


「こんな発表、納得いくわけないよ」

 僕は自室で第三聖騎士の発表に不満をぶつけていた。

 兄のアルバートはグレン先遣隊の一員として非業の死を遂げていた。

 銀十字聖騎士団の従騎士として護衛隊の隊長を任され、その志半ばの出来事である。

 この一ヶ月、兄の死のことが頭を過ぎらない日は一日たりとも無かった。

 兄は幼い頃から武勇に優れ、十七歳で地元の自衛団に入団し、数々の功績を挙げ、王国の正規軍である騎士団に十八歳で入団を果たした。

 騎士団の平均年齢は二十代半ばであり、騎士団の入団は早い方であった。

 そして騎士団に入団後も、功績を重ねて史上最年少の十九歳で銀十字聖騎士団、第三聖騎士の従騎士に仕官されたのであった。

 そんな武勇に優れる兄がゴブリンの襲撃で命を落とすとは信じられなかった。

 幼い頃に両親を戦災で失い、頼る身内がなかった僕たち兄弟は路頭で迷っている所を教会に保護され、それから兄と教会で暮らしてきた。

 兄は何時も優しく、僕が困っていると必ず助けてくれた。

 そんな時に兄が必ず口にしていたことがある。

「おまえは俺にとって唯一の家族。この躰にどんなことがあっても守り抜いてみせるさ」

 それが兄の口癖であり、そんな兄が心から誇らしいとさえ思っていた。

「第三聖騎士は一体、どこを見てゴブリンの襲撃だと判断しているのさ。護衛隊は騎士団の精鋭中の精鋭なんだぞ。ゴブリンなんかに全滅させられる訳ないし、第三聖騎士といっても、まだ、十九歳の女の子じゃないか。聖騎士になるまでの経歴も伏せられているし、実戦での功績も皆無。そんな聖騎士に戦場の状況が正しく判断できるとは思えないよ」

 そこまで一気に云うと、手にしたグラスを壁に向かった投げつける。

 部屋の扉にグラスが当たりガシャンと割れる。

 そして、その扉から栗毛色の髪の女性が入ってくる。

「そこまでよ、ギル。いくらアルの弟だからといっても第三聖騎士様を悪く云う事は褒められたことじゃないわよ」

 扉から入ってきた女性は、教会の修道女のエリシアだった。

 エリシアは、幼い頃に戦災で両親を亡くした孤児であり、僕と同じように教会で保護されていた。そして、今では教会の修道女をしていた。

 よって、エリシアとは幼馴染みなのである。

「なんだ、エリシアか。だってそうじゃないか。第三聖騎士は現地で見たことをそのまま云っているだけで、真剣に調査したとは思えないじゃないか」

「それは違うと思うわ。第三聖騎士様は絶対に悪くないわ。しかも、幾ら親族のあなたが内容に不満があるからと云って、第三聖騎士様の事を悪く云えば、王国政庁から反逆罪に問われることになるわよ」

 敬虔な修道女であるエリシアは諭すように僕に云う。

 エリシアからすれば、第三聖騎士は絶対で、その内容を疑うことなど許されることではなかった。

 それでも、そんな盲目的に第三聖騎士を擁護するエリシアの何時もの言い草に、

「エリシアは何時もそうさ。第三聖騎士は何時でも絶対なんだろ」

 と吐き捨てるようにエリシアに云った。

 エリシアは僕に返す言葉を探していたが、遮るように僕は続ける。

「悪かったよ。少し言い過ぎた。でも、今回の一件は自分の目で確かめないと納得できないんだ。だから、エリシア。自分はこれからアレウス山脈まで旅に出ようと思う。そして、この目で兄の死の真実を確かめたいと思う」

 アレウス山脈へ向けて旅に出る。

 このことは第三聖騎士の発表の前から、行くべきか悩んでいることであった。

 しかし、第三聖騎士からの発表が余りにも真実からは遠く感じられらたことから、アレウス山脈へ向けて旅に出る結論に至ったのである。

 エリシアは突然のことに困惑した様子であったが、

「アルのことでギルが思い悩んでいたことは私もよく知っているわ。でもね。アレウス山脈は王都からも遠く、一人で行くには危険な場所よ。しかも、最近ではゴブリンの根城となっていて更に危険になっているの。あなた一人でアレウス山脈に行くなんて、死にに行くようなものよ」

 と、アレウス山脈への旅の危険を訴えるエリシア。

 何も言い返さない僕の態度から、僕の決意は変わらないと判断したのであろう。

「それでも行くというのであれば…… いいわ。私も一緒に行く。ギルをアレウス山脈まで一人で行かせるくらいなら、私もついていくわ」

 と、エリシアも一緒にアレウス山脈へ行くと云いだした。

 エリシアは幼馴染みの僕を普段から何かと心配している面倒見のよい女性であった。

 だから、一人で旅に出ると云った僕を放っておけないのであろう。

 正義感溢れる兄と面倒見の良いエリシア。

 昔から二人がいないと何も出来ない自分が厭だった。

「何を云い出すんだよ。エリシアはこの教会の修道女じゃないか。この教会だって急にエリシアがいなくなると困るだろう。それに司祭のケインさんがこのことを許す訳ないさ」

 この教会の司祭の司祭はケインは、兄と同じ年齢ということもあり、幼少の頃から預けられていた兄とは旧知の間柄であった。

「慥かに、この教会の人手は足りていないと思うけど、少しの間くらいなら、なんとかなる筈よ。それにケインだって二人の為だと云えば、きっと快く送り出してくれるわ」

「それはそうかもしれないけど、ケインさんと兄の友情に甘える様な真似はしたくないんだ。これは僕が確かめに行かなければならない事だから、エリシアやケインさんは巻き込んではいけないと思うんだ」

 一人でアレウス山脈を目指すことに不安はあるが、たとえエリシアが自ら志願したからといっても、危険な旅に二人で出ることに抵抗は感じていた。

 しかし、ケインの場合、危険な旅に出るから断りたい、ということだけではなかった。

 ケインは、学業に於いては常に主席で学校を卒業し、王都では秀才として知られてる人物でありながら、王都を歩いていると女性の大半が振り向くほど容姿にも優れた非の打ち所のない人物であった。

 しかし、その性格は一癖も二癖もあった。

 ただ、司祭になってから、その性格が問題となる事は一度もなく、その懸命な働きぶりから、ケインは王国を代表する司祭として名声を得るようになっていたのである。

 ケインの人柄に不安を感じていると、扉から大声をあげて一人の男が部屋が入ってきた。

「君達は、何を話しているのかな。私とアルの間には慥かに堅固な友情というものが存在はしているけどね。しかしながら、私が真面目しか取り柄のない弟君に対して、そこまで義理立てする必要が無いというのも事実ではあるのだよ。しかも、行先は、王国内で最も危険な地域、アレウス山脈と云うじゃないか。何を好きこのんで、そんな危険な地域に我が教会が誇る優秀な修道女を向かわせねばならないのだね。全く理解し難い話であるばかりか、全く以て私に利するところが無いではないか」

 そう、この傍若無人な発言をしているのが兄の親友のケインであった。

 ケインは生まれ持った優れた環境と自らの溢れ出る才能により、全く苦労と云う苦労をを知らずに育ったのである。それ故、決して他者に対して迎合することなく、己の信念のみを突き通すのが常であった。

 ケインと兄は親友だったので、顔を合わせる機会がよくあったが、その立ち振る舞いから苦手な存在であった。

「幾ら何でも言い過ぎじゃないかしら。慥かにあなたの利するところはないのかもしれないけど、ギルの気持ちも少しは考えてあげたらどうかしら。私もギルの兄を想う気持ちを考えると、いてもたってもいられないわ」

 エリシアはケインの突然の乱入に多少、困惑している様子をみせていたが、僕のこと思ってケインを説得する姿は素直に嬉しかった。

 しかし、そんなエリシアの気遣いを全く意に介さないケインは涼しい顔で云う。

「まあ、エリシア君の言いたい事は判らない訳でもないがね。それでも、我が教会の優秀な修道女を黙って死地に赴かせるほど、僕もお人好しではないのだよ」

 ケインは、そこまで云うと急に考え込んだ。

 その、らしくない態度に厭な予感がする。

「しかし、エリシア君の願いと云うのであれば、一考の余地があるのも事実ではある。では、どうだろう。若くて長旅の経験も恐らく余り無いであろう二人をこのまま死地に向かわせるのは、私としても非常に不本意である。ではいっそのこと、私もその危険を承知の旅に同行する、というのはどうだろう。私が一緒であれば、その危険な旅も幾分安全な旅になると思うのだが。この素晴らしい提案に異論はあるかな?」

 ケインは真面目な顔で二人の顔を交互にみる。

 そんなケインに僕は当然に様に思った疑問を口にする。

「ケインさんが旅に出ている間の教会はどうするつもりなの? エリシアが旅に出ている間は別の修道女を雇えばなんとかなるけど、肝心の司祭がいないんじゃ教会として成り立たなくなるんじゃないかな?」

 しかし、ケインの返答は大凡、考えつかないような内容であった。

「それでは仕方あるまい。本日を以て教会は解散だ。僕としては、ただ父が司祭をしていただけの教会を無理矢理に引き継がされていただけだからね。正直、単調な日々に辟易していたところだ。それに、エリシア君の云うとおり、親友の弟が兄の死の真相を確かめたいと云うのであれば、親から受け継いだだけの教会など投げうってでも、その旅に同行することは至極、当然ではないのかな」

 僕とエリシアはお互いに顔を見合わせ苦笑する。

 こうして僕とエリシアとケインのアレウス山脈を目指す旅が始まったのである。

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