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王都急襲

 イズガルドの国王を暗殺する。

 全てが計画通りに上手く運んでいるとは言い難かったが、翼竜の背に乗り眼下に拡がるイズガルドの地が目に入る頃には、成功を確信していた。

 センチュリオンを出発して半月余りが経過していたが、トラミノでのギルヴァーナによる妨害の一点を除いては、全て想定内の出来事であった。

 アイヴィスにランベルトが生存している偽の情報を流し、アルバートの弟を誘き寄せ始末するつもりだったが、ギルヴァーナの降臨により失敗した。

 しかし、この事が結果としてアイヴィスをトラミノに急行させる事になった。

 アイヴィスが王都を離れたのであれば、国王の暗殺には絶好の好機である。

 先日の模擬戦でみせたアイヴィスの剣技は矢張り脅威であり、近年の第一聖騎士の剣技の衰えから、国王の殺害を企てるにはアイヴィスの存在が最大の障害であった。

「さてと、それでは早速、王城に挨拶に窺うことにしましょうか」

 翼竜の翼から飛び降り着地する。

 翼竜には古代語で命令を下す。

 翼竜は主人である私の命令を理解したのか、大きく頷くような仕草をする。

 翼竜はイズガルドでは珍しい存在であったが、ノルガルドでは多くみられる種族で、残忍な性格をしていた。余程、私の命令が気に入ったのであろう。再び大空に舞い上がる時には大きな咆哮を廻りに響かせ雲の中へ消えていった。

 ここからは徒歩でセンチュリオンに再び侵入する。

 侵入する、という感覚に違和感を生じるのも事実ではある。

 私はセンチュリオンで生まれて育った、普通の何処にでもいるセンチュリオンの市民だと思っていた。

 しかし、事実は異なっていた。

 六歳になった或日、父親からノルガルドのアサシン、黒衣の集団の一員であることを告げらると当時に、その日から厳しいアサシンとしての訓練が開始された。

 父親は幼い私にダガーを握らせ何人もの罪のないセンチュリオンの市民を襲わせた。

 彼等は異教の民で堕落した存在であり、彼等を滅ぼすことでこの世界は浄化されノルガルドの呪いが解かれると、そう信じ込まされていた。

 十八歳になる頃には、ノルガルドの暗殺術の全てを習得し、市民を襲うことに、何の感情も抱かない様になっていた。

 そして、それは父との決別をも意味していた。

 何人、何百人と市民を手に掛けようともノルガルドの呪いは解ける気配がなく、父にそのことを問い詰めても満足のいく回答が得られないどころか、自信の技量、信仰が足りていないと揶揄されてしまう。

 私は逆上し怒り狂った。

 冷静になり、廻りの景色が見える様になると、父の四肢が床に散乱していた。

 イズガルドの存在自体が邪悪なのである。

 罪のない市民を幾ら手に掛けたところでは変わらない。

 国王を殺害せねば、この世界は変わらないのだ。

 父を殺害したことにより、黒衣の集団の長となった私は、ノルガルドに残っていた黒焔のオクスレイを呼び寄せ、イズガルド王暗殺の指令を告げた。

 黒焔のオクスレイは残虐な男ではあったが、その計画にはノルガルド王の承認が必要だと云ってきた。

 ノルガルド王の御意志も同じであるとオクスレイを説得したが、王の承認が必要だと主張を続けるオクスレイは、私を排除しようと戦いを挑んできた。

 彼は『黒焔』と呼ばれる稀有な暗殺術の使い手ではあったが私の前では無力に等しい存在であった。私は彼を心から承服し、イズガルド王暗殺の準備を始めるよう命令を下したのである。

 私に敗れてからの彼は精力的に働いてくれた。彼はノルガルドの出身でイズガルドでは面が割れていなかった。王国政庁に潜伏した彼は当時、宰相になったばかりのグレンを暗殺し、自らをグレンと名乗ったのであった。

 オクスレイも単独で国王暗殺の好機を窺っていたが、常に護衛についていた第一聖騎士の存在が邪魔であったが、それ以上にアイヴィスの存在に脅威を感じていた。

 そこで一計を案じ、両者を戦わせあわよくばどちらかが負傷することを期待していたが、アイヴィスの脅威を再認識させられただけで、失敗に終わったのである。

 久々に戻ってきたセンチュリオンは何も変わっていなかった。

 普段と変わらない平和な様子。遠く離れた街では今も争いが続いていて、その上に成り立っている平和。しかし、そんな事など知る由も無く、平和を謳歌しているセンチュリオンの市民が堪らずに赦せなかったのである。

 すれ違う市民をダガーで襲う。

 鮮血が飛び散り、悲鳴が上がる。

 センチュリオンの苦痛が我が悦び。

 空からは無数の翼竜が飛来し、逃げ惑う市民を襲い始めた。

 翼竜に躰を咥えられ、躰を食い千切られる者や、翼竜の放つ火炎で焼かれる者、王都は翼竜の急襲により、赤く血の色に染まっていった。


 王都は翼竜に任せ、王城へ急ぐ。

 城門の万番が私の姿を認めるとハルバートを両手に構え、城内へ入ること拒んだが、次の瞬間には、ハルバートを持った腕が切り下ろされていた。

 城内ですれ違う騎士は全て排除していった。

 もともと城内での戦闘など想定していなかったのであろう。

 多くの騎士はプレートメイルすら着用しておらず、私の攻撃の前に防御すら侭ならず、命を散らせてゆく。

 城内の庭園に足を踏み入れる。流石にここまでくると城内の戦闘態勢が整ったらしく、石弓による一斉射撃を受けた。

 しかし『ヒドゥン』によって目視による捕捉を無効化すると、それからは石弓が飛んでくることはなかった。

 庭園を抜け再び城内に入る。

 プレートメイルを装備した騎士が回廊を占拠し、行く手を阻んでいる。

 グレン先遣隊襲撃での失敗を学んでいないのであろうか。『パラライズ』で動きを封じた騎士の首を切り落とすのは退屈な作業でしかなかった。

 城内の回廊では出逢う全ての物を屠った。

 城の外では翼竜が暴れ回っていた。火矢を躰に幾つも受けている翼竜の姿もあったが、彼等の分厚い鱗の前に火矢が致命傷になることは考えられなかった。

 しかし突如として一体の翼竜の頭上に黄金に光輝く巨大な鉄槌が現出し炸裂した。

 巨大な鉄槌が炸裂した翼竜は気絶したのか、翼の動きが止まったまま地面に叩きつけられる。そして動きの止まった翼竜は『神罰』の集中砲火を浴び、その場で息絶えた。

「ほほう。翼竜も地に墜ちてしまえば仕留めるのも容易いものだな。さて、おまえさんはどうすれば容易く仕留められるのかな」

 回廊の先に姿を現したのは、第一聖騎士ヴァンクリフであった。

「老い耄れが、この私を仕留めるだと? 冗談は大概にして欲しいものですな」

 剣聖ヴァンクリフの威圧感を直に感じる。しかし、その威圧感に圧倒されることはなかった。

「老いたものですね、剣聖ヴァンクリフ。全盛期のあなたの前では私は立っていることもやっとだった事でしょう。しかし、今のあなたは老い過ぎた。剣技の衰えは隠せませんよ。さあ、私の前に跪くのです。剣聖ヴァンクリフ!」

『ヒドゥン』を発動させ姿を消した状態で一気に間を詰める。私の姿を見失ったヴァンクリフの反応が一瞬遅れる。

 その隙を逃さずに素早く後に廻り込み『バックスタブ』を叩き込む。

 ダガーの切っ先がヴァンクリフの首動脈を捉える寸前でヘブンズゲートがダガーを弾き返す。

「今の『バックスタブ』を弾き返すか」

 完全に目視できない状態からの『バックスタブ』が弾き返されたことに驚きを隠せなかった。

「甘いな。僅かな気流の動きで、おまえの行動など目に頼らずとも先刻承知。我がヘブンズゲートの守りの前におまえの『バックスタブ』など通用せぬ」

 ヴァンクリフの言葉と同時に右肩に激痛を感じる。

「しかし、おまえさんもなかなかじゃったぞ。我がイズガルディアの切っ先を無意識に躱されたのは初めてじゃ」

 まるでイズガルディアの太刀筋が見えていなかったが、躰は本能的に反応していたらしい。僅かに躰を捩らせたことが、致命傷になるのを避けていた。

「おまえさんの目的は国王の暗殺であろう。外は翼竜が暴れさせ、城内に国王を留まらせ、城内で仕留める。流石は黒衣の集団の長だけはありよるわい」

 ヴァンクリフは余程、余裕があるのであろうか。私を褒め称える。

「ノルガルドは悪魔の棲まう島じゃ。さぞかし辛い生活を強いられてきたことであろう。それでもおまえさんは暗殺術を極め、イズガルドまでやって来た。そして国王の暗殺まであと一歩というところまで来たのだ。その功績はノルガルドでは後世に渡り語り尽くされることであろうな」

 ここまで云うと、イズガルディアを握り直す。

「私に最後に倒されるという点、意外ではな!」

 油断していた私の頭上に黄金に輝く鉄槌が振り下ろされた。

『裁きの鉄槌』、ヴァンクリフの代名詞とも謂える奇跡の力。

 突如として頭上に現れる為、回避が困難であるばかりか、その威力は『神意』を遙かに凌駕する。

 手にしていたダガーを交差し『裁きの鉄槌』を受ける。

 受けきられなければ私の躰は『裁きの鉄槌』の屈するであろう。

 ダガーで受けている時間は一瞬の時間であったが、その時間が数秒にも数時間にも感じらる。『裁きの鉄槌』の威力の前にダガーを支えている腕が下がる。

 気力を振り絞りダガーを押し返す。

 ダガーに亀裂が入る。

 闇の力により鍛えられた漆黒の刃は通常の鋼鉄とは比較にならない強度を誇っているが『裁きの鉄槌』の威力には耐えきれず亀裂が入ってしまったようだ。

 次第に亀裂は大きくなり、ダガーは折れる寸前である。

 敗北を覚悟した瞬間、不思議と力が沸き上がり『裁きの鉄槌』を押し返し始める。

 ガキーンと金属の破断する音が回廊に響く。

 同時に『裁きの鉄槌』を弾き返し、回廊の壁に大きな孔をあける。

「勝負あったな、若造!」

 ダガーを失った私は武器を所持していなかった。

 目にも止まらぬ速さで一気に間合いを詰めるヴァンクリフ。

 ヴァンクリフの放つイズガルディアの煌めきを防ぐことは出来なかった。

 しかし、ここでニヤリと笑みが溢れる。

「掛かりましたね、ヴァンクリフ殿。剣聖ともあろう方が勝負を急いだのが仇となりましたね」

 私の手には、もう一つのダガーが握りしめられていた。

 宝剣『イネヴィタブル』

 奇跡の力により現出するその宝剣は、あらゆる防御を無視し躰を切り刻む。

 イネヴィタブルをヘブンズゲートで受け止めようとしたヴァンクリフであったが、刀身がヘブンズゲートを擦り抜けるのを目の当たりに、イネヴィタブルの性質を理解したようであった。

 イネヴィタブルの刃が直接、ヴァンクリフの躰を切り裂いた。

 迸る鮮血。

 二の太刀でヴァンクリフの首を切り落とす。

 その顔は恐怖で凍り付いたままであった


 絶対的な守護者を失った城内を闊歩する。

 向かってくる騎士は皆無であった。

 城外での戦闘は続いていたものの、翼竜が数匹、倒された程度で、戦力的には翼竜が圧倒している様子である。

 勝敗は決した。

 最上階の謁見の間に辿り着く。

 既に扉を守っている衛兵の姿は見えなかった。

 扉を開けると玉座に座った国王が目に入る。

「国王、既に覚悟は御出来ですか?」

 静かに国王に問いかける。

「覚悟とは如何なる意味か。覚悟が出来ているか問うのは予の方であろう。私をここで倒せば、イズガルドの全軍がノルガルドに進軍を始めるであろう。小国のノルガルドなど、容易く握り潰されることになるぞ」

「嘘はいけませんよ、国王。西の砂漠の大国の存在をお忘れか。イズガルドの軍がノルガルドへ乗り込んだとなると狡猾な彼等の事です。迷うことなく国境を越えセンチュリオンに殺到することでしょうな。それはあなたが一番恐れている事ではありませんか」

 近年では、西の砂漠の大国とイズガルドの国境では小競り合いが絶えなかった。西の砂漠の大国の兵力はイズガルドを凌ぐとも謂われ、グレン先遣隊の人選からも兵力の低下を恐れ、西の大国との前戦からは一人も選出されることはなかった程であった。

「故にイズガルドはあなたが亡くなってしまっても報復にでることなど出来ないのです。そして国の中心を失ったイズガルドは凋落の一途を辿るでしょう。国力の衰えたイズガルド。さて、どちらの国によって滅ぼされることになるやら」

「黒衣の集団如きに国を―― イズガルドを滅ぼされて堪るものか! 私が死のうともイズガルドには綺羅星の如く将星が輝いておる。何れ、その綺羅星の中から救世主が現れ国を再建するに違いない」

「流石、平和に慣れ親しんだ国王は云うことが違いますね。実に羨ましい。それではお喋りの時間はここまでとしましょう。国王はあの世からことの行く末を見守っていてください」

 イネヴィタブルを国王に向かった放つ。

 寸分違わず国王の額をイネヴィタブルが貫く。

 遂に成し遂げた。

 幼き頃から夢でみていた国王暗殺。

 今、その願いが叶った瞬間であった。

 そして、国王亡き今、最大の懸案事項となったギルヴァーナの存在。

 アレウス山脈の坑道を目指し、再び翼竜の背に乗る。

 今度は私が自らおまえの首に刃を突き立てよう。

 その時を待っているがいいぞ、ギルバート君。

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