はじまりの凶行
六月の冷たい雨が深夜の峠道に降りそそいでいる。
無数の雨粒が幾つもの水溜まりをつくり、その水面には幾重もの波紋が拡がっている。
時折、雷鳴が谺し、静寂を打ち破る。
雷光により無惨な姿に変わり果てた騎士の姿が峠道に浮かび上がる。
頭部を失っているものや、両腕を斬り落とされているもの。
いずれも四肢が満足にあるものは皆無であり、為す術もなく命を絶たれていた。
その中にあって最も凄惨な死を遂げているものは、変形したプレートメイルが四肢を切断し、そのうえ頭部まで失っているものであった。
彼等は何故、この様な凄惨な最期を遂げなければならなかったのであろうか。
それは、今から三ヶ月ほど前に遡る出来事である。
平和と正義の王国、イズガルド。
そこに住む民は長く続く平和な日々が永遠に続くことを神に願い暮らしていた。
しかし、その願いはイズガルドの南方のアレウス山脈に突如として現れたゴブリンロードにより打ち砕かれる。
ゴブリンロードは、アレウス山脈にゴブリニアの建国を宣言し、イズガルドに対して宣戦布告してきたのである。
イズガルドは、平和を望む国王の号令のもと、ゴブリニアに和平へ向けた先遣隊を向かわせた。
しかし、先遣隊はゴブリニア到着目前で、突如として現れた謎の集団に襲撃される。
先遣隊百二十二名に対して、襲撃者は僅かに十二名。
戦力差は歴然のように思えたが、先遣隊は反撃の遑もなく全滅した。
襲撃者は、全身を漆黒に染め上げられた革製の鎧で身を固め、両手には複雑に湾曲したダガーが握られている。
躰から澱んだ殺意が滲みだし、周囲の色彩を歪ませる。
不意に人影が動く。
奇跡的に難を逃れた先遣隊の騎士である。
騎士は残された力を振り絞り、襲撃者に奇跡の力『神罰』を解き放つ。
掌から解き放たれた黄金の光が、一直線に闇夜を切り裂き、襲撃者の背後を捉える。
次の瞬間、最後の反撃を嘲笑うかのように『神罰』が襲撃者の背中を擦り抜けていく。
渾身の一撃が躱され、失意の表情を浮かべる騎士。
襲撃者はナイフを放ち、騎士の額から血柱があがる。
襲撃者は自身を襲った騎士の最期を顧みることなく、その姿を闇夜に溶かせていく。
そして、その場には凄惨な死を遂げた先遣隊の亡骸だけが残される。
雨はまだ降り続いている。
その雨は己の使命を全うできずに無念の最後を迎えた騎士たちの魂を供養しているかのようであった。