ブランディワイン・クリークの戦い
トレントン、プリンストンでの勝利のおかげで、志願兵や民兵が集まり、戦力が回復した。
僕達はニューヨークとの邦境にあるモリスタウンに駐留し、ニューヨーク奪回を虎視眈々と狙っていた。
ところが、五月に入った時、事件が起きた。
「どうした? 何があった?」
「銃声だ! 防衛の準備を!」
「町の防衛と市民の避難誘導を!」
なんと、邦境をまたいで、イギリス軍が銃撃してきたのだ。そのため、兵士達が騒ぎ始めた。
僕とワシントン司令は、事態の確認のため高所からイギリス軍の様子を望遠鏡で観察した。
「これは……射程圏外からの攻撃? 騒ぐな!!」
僕は思いっきり兵士達に向かって叫んだ。
「いいかみんな! 連中は攻撃範囲外から撃ってきている。明らかに誘いだ! これに乗れば、逆に叩かれるぞ!」
この言葉で、兵士達は落ち着きを取り戻した。
「エアハート大尉、よく誘いだと見破ったな」
「孫子の兵法のおかげですよ、司令。それよりも、あの誘いは何か別の作戦のためにやっているように思います。斥候を派遣しましょう」
「そうだな。それと同時に、万が一に備えて町の防備を強化しておくぞ」
半月ほどたったころ、斥候が情報を携えて帰ってきた。
――敵は海路にて、フィラデルフィアを狙っている――。
つまり、大陸会議を解散させるとともに、大陸軍を解消させようという魂胆なのだ。
「どうします、司令?」
「とりあえず、このことを大陸会議に報告する。我々は密かにフィラデルフィア防衛の準備を進めるぞ。あのバカな連中に、無駄な努力だと気づかれないようにな」
実は、イギリス軍はいまだに挑発を続けていた。敵ながら、いい加減あきらめた方がいいんじゃないかと思えてくる。
結局、挑発は五~六月の二カ月にわたって続いた。当然、僕達はそれには乗らなかった。一体どれだけ弾薬を無駄にしたんだろうか。
一七七七年七月二十五日、イギリス軍がチェサピーク湾に向けて出港したという情報が入った。
僕達は、イギリス軍がフィラデルフィアの南西八十キロ程度に位置しているヘッド・オブ・エルクに上陸すると予測。デラウェア川支流であるブランディワイン・クリーク河川に防衛戦を張ることにした。
防衛体制を整え終えたころ、司令に呼び出された。
「お呼びでしょうか、司令」
「ああ、大尉に紹介したい人物がいてね。どうぞ、こちらへ」
司令の合図で出てきた人物は、フランス人だった。フランス王室とはベンジャミン・フランクリンらが交渉を行っている最中で、まだ協力を取り付けているわけではないから、義勇兵だろう。
「あなたが名軍師として名高いビル・エアハート大尉ですね? はじめまして、マリー=ジョゼフ・ポール・イヴ・ロシュ・ジルベール・デュ・モティエです。ラファイエット侯爵の爵位を持っていますので、そう呼んでいただいて結構です」
「遠路はるばるご協力下さいまして、ありがとうございます。しかし、名軍師と言う僕の評価は行き過ぎかと……。過去にブリーズヒルやニューヨークで敗北していますし……」
「そうだとしても、十代で司令の補佐に立っている以上、非凡な才能をお持ちであることは確かでしょう。これから一緒に、独立を目指して頑張りましょう」
ラファイエット侯爵と少し話してみたが、なかなか尊敬できる人物だと思った。でも、どこか誇張というか、演技している感じがするんだよな……。
その後、僕は右翼の守備を担当することになった。
八月二十五日、イギリス軍がヘッド・オブ・エルクに到着したという報告が入った。その一ヵ月後、ブランディワイン・クリークの対岸に、イギリス軍が現れた。
望遠鏡で確認してみると、どうやらあのイギリス軍の部隊はヘッセ人を中心としているらしい。
だが、勝算はあった。
まず、ヘッセ人を恐れている兵がほとんどいないこと。これは、トレントンやプリンストンでの戦果が大いに役立っている。
もう一つは、敵は攻めるために渡河しなくてはならないこと。渡河の最中は、どうしても機動力が落ちる。加えて、射程距離ではこちらの銃の方が上だ。アウトレンジから狙い撃てば、一方的に攻撃できる。
これらの事を念頭に、僕は檄を飛ばした。
「いいか、射程距離に入った瞬間に撃て。相手に付け入る隙を与えるな!」
しばらくすると、イギリス軍がボートで渡河を開始した。
「まだ撃つな。射程圏内に入るまで、引きつけろ」
さて、目測では、あと三秒もすればいい位置に入ってくれるな。
――三……二……一……今だ!
「一斉射だ! 撃て――――!!」
一気に放たれる鉄の雨。多くのイギリス兵が弾に当たり、川に落とされていく。
ただ、先込め式単発銃であるため(イギリス軍もそうだが)連射ができず、銃撃に間が開くことがある。
この隙をついてこちら側に上陸してくる連中も出てくるのだが、そこまで行き着くのはごく少数。すぐに取り囲まれて駆逐されるのがオチだった。
昼を過ぎても、防衛陣を破られることはなかった。この調子でいけばフィラデルフィア防衛は成功すると思っていた。
ところが、状況が一変する出来事が起きてしまう。
『うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
この声……右側から? 僕がいる位置は右端だから、僕より右には誰もいないはずなのに……。
悪い予感がして声のする方角を望遠鏡で観察してみると、予想以上に状況が悪化していた。
「イギリス軍……? 伏兵を上流に仕掛けていたか」
まったく、自分が情けなく思えてくる。
イギリス軍は、正面から攻める陽動隊と、側面を突く別動隊に部隊を分けて攻めるという、シンプルで古典的な戦法を取っていたのだ。
この戦法はシンプルで古典的である故に、軽視する人も多い。しかし、昔から使われているということは、それだけ扱いやすく、有効的で、成功した時の威力は計り知れない。
特に僕達は伏兵の存在を知らず、後手に回っている状態だ。すぐに対策を講じなければ、全滅は免れない。
「伝令兵! すぐに司令へ報告を!」
伝令を飛ばした後、対策を講じるため別動隊指揮官の確認を急いだ。
「なるほど、コーンウォリス将軍が別動隊の指揮を執っているのか。あの人はプライドが高いから、そこを突けば……」
次の瞬間、僕の意思を豹変させるようなものを見てしまった。
「……あいつ……あんなところに……!!」
別動隊の中に、あいつ……僕の親友、デイモン・アレクサンダーを殺した女士官、ニコラ・キャヴェンディッシュの姿を見た。
それと同時に、伝令兵が戻ってきた。
「ワシントン司令より、退却の指示が出ております」
……そうか……退却か……。でも、素直に退却したら、追撃されるだろうな……。
「……司令に伝えろ。僕がしんがりになって、時間を稼ぐと」
「し……しかし……」
「いいから!!」
「わ……わかりました」
さあ、ニコラ。ニューヨークで僕を仕留め損ねたこと、後悔させてやる!
「大尉、もうすぐ敵が通過します」
「よし、では打ち合わせ通りにな」
僕が率いている部隊は、ブランディワイン・クリークの後方にある森林に隠れている。ここから奇襲をかけ、コーンウォリスの部隊だけでも壊滅させようと画策しているのだ。
そうこうしているうちに、件のコーンウォリス隊がやってきた。
「敵、設定ポイントを通過します」
「よし、銃弾を浴びせろ!」
僕の号令と同時に響き渡る無数の銃声。
戦場に、阿鼻叫喚が響き渡る。
「何っ!? 敵襲だと?」
「くそっ、一体どこから……ぐわああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
よし、第一段階は成功か。
「今だ! 敵部隊を殲滅せよ! 一兵たりとも生かして返すな!」
命令を下すと、全員が一斉に突撃を仕掛けた。
結果はまずまずだった。普通なら、白兵戦では圧倒的に不利なのだが、今のイギリス軍は奇襲に面喰って混乱している。援軍が来ないうちならば、一部隊を壊滅させるくらいたやすい。
そう思っていると、後ろから殺気を感じた。
「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「よっと」
間一髪、回避できた。
「この仕業……やはりお前か」
「ふふふ……会いたかったよ、ニコラ。ブリーズヒルからの色々な落とし前を付けさせてもらおう」
斬りかかってきたのは、今回、僕がしんがりを務めることを決意させた原因でもある、ニコラだった。
「それはこちらのセリフだ、ビル。ロングアイランドでは仕留め損ねたが、今回は容赦せん」
「仕留め損ねた? 何言ってんだ。あれはどう考えても土壇場で情にほだされたんだろうが。言っとくが、僕はそう甘くはないぞ。こんな風にな!」
そして、ニコラの心臓を狙って、撃った。
「この程度……何!?」
フッ、ああいう単調な射撃、ニコラなら防げるとわかっていたよ。だから、そいつは『牽制』。お前が銃弾に注目している隙に隠れさせてもらった。
さて、もう一発、弾を込め、左翼から……撃つ!
「くっ……」
ふむ、また防がれたか。
でも、それも計算の内。お前はその銃撃を頼りに、こちらに向かってきたけど、僕の狙いはそれを利用することにある。
「死ねっ!」
「くそっ」
が、会心の刺突攻撃も、防がれてしまった。
――やはり、一筋縄ではいかないか……。
「ふん、大体つかめたぞ。一発目は牽制、二発目でおびき寄せ、私の死角を通って背後に回り、刺し殺そうとしたのだな」
「ご名答。さすがは若くして大尉に任ぜられただけあるね」
「残念だが、そのような卑怯な手で私は倒せない。正々堂々と、勝負だ!」
最後の語調を強めるとともに斬りかかるニコラ。
「ええい……」
それに応じ、銃剣で受ける僕。
その瞬間、僕はとっさに相手の剣を支点にして、背後に回り込んだ。
「この!」
そして、蹴り倒した。
その直後、銃剣を構えなおし、倒れた相手を突き刺す態勢に入り、いざ突き殺そうとした、その時だった。
「う……」
なぜだ? 子供の時の記憶が、急にあふれ出てくる……。特に、今まさに殺そうとしている人間との思い出が……。
気がつくと、僕はニコラの首の横の地面に、銃剣を突き刺していた。
「……殺さないのか」
――ニコラの問いに、答えられなかった。
その時、二人の伝令兵が、それぞれ別々の方角からやってきた。
「伝令! ジョージ・ワシントン司令以下全部隊、撤退完了しました!」
「報告します! 敵本隊が、間もなく到着する模様!」
味方は引き、敵の全勢力が集まってくる。そして、僕のモチベーションは最低ラインまで落ち込んだ。
――ここが、潮時か。
「全軍に伝えろ。我々はしんがりとしての役目を果たした。即撤退するぞ」
「はっ!」
――ニコラ、やはり、あの時のお前と同じで、僕もお前を殺せなかった……。
どうしてだろうな? お互い、友人を殺された敵なのに……。
~その頃~
「無事か? キャヴェンディッシュ大尉」
「ハウ将軍……」
私を助けにきてくれたのは、本隊を引き連れてやってきたハウ将軍だった。
「ケガはないようだな。しかしあの大陸兵、いいところまで追い詰めていたのに、なんで……」
「……失礼ですが、ハウ将軍。それ以上は……」
「あまり触れられたくないようだな。まあ、話せる時に話しなさい」
ハウ将軍は、私の意図をくんで、それ以上は詮索しなかった。
「いいえ、ハウ将軍! 敵になびいているそぶりがあるのなら、徹底して調査すべきです!」
しかし、そこにコーンウォリス将軍がやってきて、私を問い詰めようとした。
「でもな、コーンウォリス将軍。今はフィラデルフィアを落とすため、仲間の嫌疑を捨てて一致団結すべき時ではないかね?」
「いいや、このような時だからこそ、不安要素は取り除くべきなのです!」
ハウ将軍は私を擁護したが、コーンウォリス将軍は断固糾弾すべし、という感じだった。
結局、他の兵士の証言から、私が多くの大陸兵を躊躇なく倒しているということが明確になったため、今回の事は不問になった。
ひと悶着終わると、ハウ将軍が今後のプランを語り始めた。
「さて、一件落着したところで、作戦を続行する。このままフィラデルフィアへ向かうぞ!」
『了解!』
ハウ将軍の考えが正しければ、もうすぐ戦争は終わりを迎えることになる。でも、このころから不安を感じ始めていた。
ビルとの一件とはまた違う不安が……。
一七七七年九月十九日、我々はフィラデルフィアを占拠できた。
しかし、戦争は終わらなかった。