トレントンの戦い
ニューヨークでの敗戦のあと、僕達は新たな問題に直面していた。
正規兵の契約期間の満了が、近づいていたのである。
また、ニューヨークの敗戦の影響で、部隊の士気が萎えまくっていた。
このままでは、僕達の部隊はかなり弱体化してしまう。そのためにも、一勝でいいからボロ勝ちしたかった。
そんな時、偵察からある報告が入った。
「トレントンにて、ヘッセ人部隊が越冬準備をしている模様。同時に、クリスマスパーティーも開かれているようです!」
トレントンは、デラウェア川を越えた先にあるニュージャージー中部の町。しかも今、ニュージャージーはイギリス兵の狼藉により、住民の間でイギリス軍に対し反感があると聞いている。
もしニュージャージー内で戦勝を挙げれば、イギリス軍のニュージャージー支配に穴をあけることも可能だ。
そうとなれば、善は急げ。
「司令、すぐにトレントンへ奇襲をかけましょう。『疾きこと風の如く』です」
「そうだな。この好機をものにするかしないかで、後の優劣が変わるだろう。よし、大尉はペンシルベニア民兵を集めてくれ。私は、大陸軍兵の契約期間を延長できないかどうか、兵と交渉する」
その後、僕はペンシルベニア民兵の招集に成功。司令の方も、兵との交渉に成功したようだった。
一七七六年十二月二十六日早朝、僕達はトレントンへ向けて出立した。
デラウェア川を船で渡り、陸路は雪道と言う過酷な状況だったが、敵に見つかることなく順調に行軍できた。
そして、ついにトレントンの町を包囲することに成功したのだった。
僕は、町にいるイギリス軍ヘッセ人部隊へ向け、警告を発した。
「イギリス軍へ告ぐ! 諸君らは、すでに包囲されている。ただちに武器を捨て、投降せよ! この勧告に従えば、命を取ることはない!」
この警告の後、町の方が騒がしくなった。おそらく、いきなり包囲されたためパニックになったのだろう。
そのパニックのせいで、こちらが肝を冷やす事態が発生した。なんと、数十名のヘッセ人が包囲突破を図ろうと、僕のいる区画へ突撃してきたのである。そのおかげで、僕が指揮している部隊に不安が広がった。
しかし、僕はすぐに冷静を取り戻し、命令を下した。
「騒ぐな! ヘッセ人とはいえ、敵は冷静さを失っている。恐れるに足りない。冷静に射撃を行い、追い返せ!」
この号令のおかげで部隊は自信を取り戻し、雨のように射撃を浴びせた。そのおかげで、敵の突破隊を追い返すことができた。
そのような小競り合いがあったものの、しばらくするとイギリス軍は投降した。我々の完全勝利である。
特に、音に聞こえたヘッセ人を打ち破ったという結果は非常に大きく、大陸軍兵士達の士気が格段に上がった。
この戦いの後、ワシントン司令が命令を下した。
「諸君、一度ペンシルベニアに引き上げるぞ」
僕はこの命令に驚き、こう聞き返した。
「このままトレントンに駐留しなくていいのですか?」
「いや、一度戻った方がいい。陣を構えるのに必要な資材を持ってきていないのでな。ペンシルベニアで態勢を立て直し、再度トレントンにて陣を構える」
言われてみれば、確かに今回は奇襲を前提にしていたため、持ってきたのは機動性が確保できる武器しか持ってきていない。やはり、資材を取りに戻らなければならない。
「わかりました。では、すぐに撤退の準備に取り掛かります」
こうして、僕達は勝利に美酒に酔いながら、ペンシルベニアへ引き上げていったのである。
撤退している最中、僕はあることを思い出した。
それは以前、あるオランダ人の貿易商から聞いた話だった。今から百年ほど前、はるか東にある島国で起こったことらしい。
当時、その国はいくつもの領主の間で戦争を繰り返していた時代で、力のある者が強者を倒していく時代であり、領主が部下や民衆に権力を奪われることもよくあったらしい。
そのような時代の中、ある小国の領主が、隣の大国の領主に侵略されるという事態が発生した。
小国の重臣たちは、降伏か対決か、もめにもめたことだろう。そのような中、ある情報がもたらされた。
――大国の領主が、本陣で宴会を開いている――。
おそらく、小国であるからと甘く見たからだろう。この油断が、敵に付け入るスキを与えることになるとは知らずに。
一方、敵が油断していることを知った小国側は、抜け道を通り、敵本陣を奇襲。見事、敵の大将の首を取ったという。
この戦いが契機となり、その小国の領主は一気に勢力拡大を成功させ、全国統一に肉薄するまでになったという。
そして、このトレントンでの戦闘は、その百年前に起こった東国の戦闘とよく似ている、と感じた。
~その頃~
「トレントンのヘッセ人部隊がやられた?」
「ああ。そのおかげで、部隊のほとんどが降伏したそうだ」
私はハウ将軍から、トレントンで起こった戦闘の転末を聞いていた。どうやら、陣中でクリスマスパーティーを開いていたところを奇襲・包囲されてしまったようだ。
どうも、今年の戦闘はもう終わりだという認識は甘いようだ。
しかも、この戦闘による影響は計り知れない。特に、打ち破った相手がヘッセ人であるという事実が、今後の状況を大きく変えるだろう。
――何とか名誉を挽回しなければ、こちらが不利に立たされる。
「みなさん、そんなに深刻な顔をなさらないでください。私に策があります」
自信たっぷりにそう言い放ったのは、軍人の割には貴族の様な雰囲気が漂う男であった。
「あなたは……コーンウォリス将軍?」
ウィリアム・コーンウォリス少将。大陸に赴任してきた当時はヘンリー・クリントン将軍の副官だったが、最近指揮官格になった人物だ。
ちなみに、クリントン将軍と同じく名族の出だが、クリントン将軍と違ってどこか鼻につく。
「……で、コーンウォリス将軍、その策とは?」
ハウ将軍が尋ねた。
「まず、敵はペンシルベニアに引き返しているようですが、おそらくトレントンに戻り、そこに陣を張るでしょう。ニュージャージーはフィラデルフィアへ続く要所ですからね。そこで、敵がトレントンに陣を構えた頃、プリンストンにいる部隊と連携し、挟撃します」
この作戦を聞くと、誰もが感心した。
「よし、その作戦で行こう。キャヴェンディッシュ大尉、君もコーンウォリス将軍と共に出撃せよ」
「はっ!!」
トレントンを襲ったのは、ワシントン指揮の部隊だと聞く。となれば、あいつもそこに……。