ロングアイランドの戦い
ボストン包囲戦が終了した後、ワシントン司令は、次にイギリス軍が狙うのはニューヨークだと考えた。なぜなら、大西洋に面しているため、本国からの支援もスムーズに受け入れやすい。その上、隣にあるニュージャージーを通れば、大陸会議が開かれているフィラデルフィアはすぐ近くにあるためである。
そのため、司令はニューヨークに拠点を作り、防備を固めた。
僕も防備の構築を指揮する仕事に従事していたが、ある時、司令から呼び出された。
「お呼びでしょうか、司令」
「……ああ、大尉か。まあ、座ってくれ。相談したいことがある」
司令は、かなり悩みまくって苦しんでいる様子だった。
「単刀直入に言う。もし、イギリス軍が攻めてきたら、どこから攻めると思う?」
ようやくわかった。司令は、イギリス軍の侵攻ルートを読めないのだ。僕も力になってやりたいが、残念ながら、そうすることはできなかった。
「すみません、私にもさっぱり……。ある程度は絞れるのですが……」
「ふむ。では、一応聞かせてもらおう」
「考えられるのは、マンハッタン島南部の市街地、ロングアイランドのブルックリン・ハイツ、本土の三ヶ所です」
「私も同意見だ。では、仕方がない。部隊を三つに分けるか。君はブルックリン・ハイツの指揮を頼む」
「わかりました」
正直、部隊を分けるなんてのはやりたくなかった。こちらは防衛戦を演じる以上、必ず正面衝突になる。そうなった場合、兵の熟練度が圧倒的に低いこちらは不利なのだ。
だから、ただでさえ不利なのに部隊を分けるという行為は、自ら戦力を低下させているに等しかった。
でも、これしか手がないのなら、やるしかない。それに、孫子の兵法によれば、戦闘前に相手の手の内を読み、準備しておくことが上策とされている。その準備は完全とはいかないまでも、とりあえず手は打っておいた。最悪の事態は回避できるだろう。
一七七六年六月二十九日、スタテン島沖にイギリス艦隊が現れた。ハウ将軍とその兄、リチャード・ハウ提督の部隊だ。
そして一週間とたたないうちにスタテン島を占領してしまった。
しかし、その後二カ月近く、何の動きもなかった。
八月二十七日、ハウ将軍らの部隊がブルックリン・ハイツに侵攻した。
ブルックリン・ハイツの指揮を任されていた僕は、その軍勢を望遠鏡で観察していた。
「おかしい……何かがおかしい……」
僕が感じているこの違和感は、一体なんだ? そう思いながら観察を続けた。
そのうち、違和感の正体がつかめてきた。
「敵の一部が、同じヨーロッパ系なのに、なんとなく顔立ちが違う……ということは外国人か。外国人の兵士と言えば、傭兵……まさか!」
ハッキリ言ってそう思いたくなかったが、観察を続けるうちに、そうだとしか思えなくなっていった。
「ヘッセ人か!!」
ヘッセ人とは、ドイツ人傭兵の通称である。その傭兵は勇猛果敢で知られているが、その分ギャラも高い。
つまり、イギリスはそこまで本気だということか。
だが、いくら強いヘッセ人部隊といえども、奴らも人だ。必ずスキが出来るはず。それにこれは防戦だ。守りを固め、スキをうかがうのが一番だな。
「全軍に通達! 無理はするな。守りを固め、反撃の機会をうかがえ!」
――そして、戦闘が始まった。
やはり予測通り、圧倒的に不利に立たされていた。そこで退却しながら攻め時を待ったものの、そんなものは全く訪れなかった。
そしてとうとう、ロングアイランド北端の塹壕にまで追い詰められようとしていた。
そのとき、僕の背後から、何者かが襲いかかった。
「見つけたぞ、ビル!」
「……なっ」
が、間一髪。なんとか銃剣ではじき返した。
その直後、襲いかかってきた人物の姿を視認した。その人物がだれかが分かった瞬間、僕はやはりという思いと同時に、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
「……やはり、ニコラか」
「ビル! 今日こそエリックの無念を晴らしてやる。覚悟しろ!」
「それはこっちのセリフだ。この目の傷、そしてデイモンの命の落とし前、つけさせてもらう!」
その言葉と共に、僕は銃剣を振りかぶり、ニコラに斬りかかった。
「甘い!」
しかし、奴は一歩下がってしまい、この攻撃は空振りに終わる。
「今度はこちらの番だ!」
すると、ニコラは平行斬りを繰り出す。
「くっ!」
多少怯んだものの、僕は銃剣で攻撃を受け止めた。
その後しばらくの間、このような激しい応酬が繰り返された。
ところが、武器による攻撃の中に体術を折り混ぜるようになってから、状況が一変した。
「くらえ!!」
「ぐはっ!!」
ニコラが何度か斬りつけ攻撃を行った後、突然タックルを仕掛けてきたのだ。その結果、僕はそのまま地面に倒れてしまった。
「はああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ニコラが、剣を構えた。
――僕は、ここで、殺されてしまうのか……?
そう思った矢先、耳元でドスッと何かを突き刺す音が聞こえた。
その方向を見ると、ニコラのサーベルが、僕の顔の右側の地面に突き刺さっていた。
僕は、問い詰めた。
「……殺さないのか?」
「…………」
聞いても、ニコラはうつむいていて、黙ったままだった。
「撃てー!!」
そうしていると、後ろの塹壕から声が聞こえた。その直後、大量の銃弾が発射された。
そう、味方が援護射撃をしたのだった。
「くそっ……、次こそ殺してやるからな!」
そう言って、ニコラは退いて行った。
「あいつ、なんであんなことを……」
むくりと起き上がってそういうふうに呟いていると、後方から声がかかった。
「大尉! 今のうちに、早くこちらに!」
僕は撤退の催促に応え、塹壕の中に入っていった。
さて、塹壕に入ってはみたものの、ロングアイランドの北端まで追い詰められてしまった。このまま意固地になって籠城を続けても、圧倒的戦力の前につぶされるのがオチか……。
ならば、撤退して再起を図るのが得策だ。
そのような結論に達し、僕は後方の海を望遠鏡で観察した。
「よし、ハウ提督の艦隊は、まだロングアイランドとマンハッタン島を分断してはいないな」
やるなら、今夜しかない。そう思い、僕は伝令兵を呼んだ。
「のろしを上げ、ワシントン司令に信号を送れ。その際、全軍に食事を作らせろ。調理の煙で、のろしをカモフラージュするんだ」
「はっ!」
その日の夜、司令が手配した渡し船が到着した。
それに乗った我々は、何の苦労もなくマンハッタン島にある本陣に全員到着することができた。
ところが、戦況が好転することは二度となかった。
僕達はマンハッタン島での戦闘でも連戦連敗を重ね、とうとうマンハッタン島北端まで追い詰められてしまった。
そのような状況の中、僕は司令と今後について相談することになった。
「司令、このままでは持ちません。さすがに兵の練度に差がありすぎて、正面からの戦闘は無理なようです。孫子の兵法では『少なければすなわちこれを逃れ、しからざればすなわちこれを避く』、つまり『劣勢であれば退却し、勝ち目がなければ戦闘を回避しろ』という意味です。この場合も、やはり同じことが言えるでしょう」
「私もそう思っていたところだ。それでだ、退却場所はどうする?」
「本土に渡ったのち、デラウェア川を越えペンシルベニアへ向かいましょう」
「確かに、そこならフィラデルフィアへの要所となるニュージャージーとは目と鼻の先。フィラデルフィア防衛には好都合な場所だな。よし、撤退を開始する! すぐ準備に取り掛かれ!」
その後、僕達の退却は成功した。なんといっても、デラウェア川を越える時に橋を破壊しておいたのが敵の足を止めることになり、功を奏したらしい。
また、敗戦したのにもかかわらず中核となる部隊が生き残っていたこともありがたかった。
だが、この後、さらに深刻な状況に頭を悩ますことになるのだった――。
~その頃~
「くそっ、逃がしたか」
大陸軍がマンハッタン島から撤退した後、私はハウ将軍から部隊を任され、追撃を試みていた。
しかし、デラウェア川で橋が落とされているといたため、追撃ができなかったのだ。
――全く、ロングアイランドでの撤退劇といい、味な真似をしてくれる……。
そのことについてはほとんどの兵士が驚かされていたが、私はほとんど驚かなかった。というのも、私の関心は別のところにあったからだ。
――なぜ、私はビルを殺せなかった?
あのとき、私は確かにいつでも殺せるような状況にあった。でも、ビルの頭をサーベルで貫こうとした途端、なぜかサーベルの軌道が反れた。
あいつは、エリックを殺した張本人。生かす理由はないはず。
なのに、なぜ……?
その後、我々はニューヨークを足掛かりとし、隣のニュージャージーを全面的に占拠し、支配下に置くことに成功した。
しかし、占領してから驚くべきものを目の当たりにした。
なんと、イギリス兵達が民衆に対し、好き放題にやっていたのだ。
家畜や穀物の身勝手な押収、建築物への放火、無差別殺人、強姦……、挙げるだけでキリがない。
「貴様ら、何をやっている!」
「へっへっへ……、これは大尉殿。これはですね、いわゆる『しつけ』ですよ。俺達に逆らったらどうなるかっていうのを、見せつけてやってるんすよ」
「なにがしつけだ! そのようなことをやって、市民が国王への忠誠を誓うわけがないだろう! むしろ恨みを買うだけだ。それが、占領にどのような影響を与えるのか、わかっているのか? このことは、ハウ将軍に報告させてもらう」
その後、ハウ将軍の指揮の下、とりあえず兵士による横暴な振る舞いは抑えつけたが、まだ隠れてやっている者も少なからずいたようだった。
そして、その軽率な行為が、後にツケとして回ってきたのだった。