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第一章『運命的な出会い、非現実の始まり』(1)

第一章の最初のほう(1~5)です。

場面展開が少しめまぐるしいような気もしますが、今作は多分ずっとこんな感じだと思いますorz

一応、原稿用紙14枚分ほどの更新です。


 1


 物語と現実、つまりは非現実と現実がいっしょくたになってしまうというのは、それは人間としてはいささか以上に危ない状況なのではないかと、 永原正義(ながはらまさき)は考える。なぜそんなことを考えているのか、と言われれば、それは一つの答えに限定されているだろう。

つまりは、今こそがその、物語と現実、非現実と現実がいっしょくたになってしまっている状況だからだ。

それは、物語の始まりにおいてはあまりにもありがちげありきたりな展開であった。

雨の降る、夕暮れ時である。

少年、永原正義の目の前に、少女の体は降ってきた。

少女の体は、重力に引かれるままに、地面に吸い寄せられるように、急速に落下する。



永原正義は、教科書の入っていない薄っぺらな鞄を肩にかけて、人と人との隙間を縫うように歩いていた。

学校帰りの彼のカッターシャツは、うっすらと汗をにじませ、中に来ているシャツと一緒に背に張り付き、彼はそれに不快そうに眉をひそめる。

どこまでも平凡で、いつも通りのルーチンを、彼はただ無意味に繰り返して生きていた。

その彼の人生に、およそ機転というものは存在しなかった。彼にとっての人生とは、劇的でも悲劇的でもなんでもない、ただの不変的なものでしかなかったといっても、おそらく差し支えはないだろう。

そんな彼だからこそ、自分の人生において何か劇的な、それこそ物語性のある何らかの変化、機転が生じることなど、予想すらできていなかったことであり、また、考えようとも思わなかったことだろう。

いや、実際、普通の人間というものはそんなことを考えないのだけれども。仮に自分の人生に何か劇的な、物語性のある変化を望むような者は、アニメや漫画なんかに毒された中学二年生くらいのものである。仮にその他の者がそんなことを考え、あまつさえも望んでいようものなら、彼はおそらくその人物とは結構な距離を置くことになるであろう。

とかく、彼自身がそのような夢見がちな発想を持つ人間ではないということを、今ここで明言しておきたい。

明言しておくといったところで、だからそれが何らかの伏線になりえるのかといえば、まったくもってそんなことはないのだが……。だがしかし彼の人間性を説明するにあたっては、このことだけを説明しておけば、あとは何とかなるだろうということからも、彼、永原正義には特筆すべきような個性というものが備わっていないということがわかるものである。勿論、ほとんどの人間に、それは当てはまることなのではあるのだろうけれども。

弓形市のビル群は、夕方にこそ一番人口密度が高くなる。学生や定時に仕事の終わったサラリーマンやOLなどが帰宅する時間帯だからだ。

永原正義は基本的に部活動には属しておらず、帰ろうと思えば十分早めに帰ることが可能なのだが──よいうよりも普段なら人込みを避ける意味合いも込めて、できるだけ早めに買えるように心がけている──今日はたまたま委員会|(美化委員会)の集まりで帰宅時間が遅くなってしまったのである。

それが、彼の人生の機転であり、また分岐点であろうことなど、彼自身には知りようのないことではあるのだけれども、兎角、それは彼にとっての不変的な人生を、あろうことか劇的かつ物語的に変化させる一因となってしまったのである。

物語性、といっても、しかし現実であることには変わりはないのだけれども。

ぽつぽつと、水滴が落ちてきた。

空を見上げると、暗雲が徐々に空一面を覆い始めていたところであり、太陽はすでにほとんど雲の中に身を隠してしまっていた。

雨が、降り始める。

ぽつぽつと、最初のうちこそ弱く降っていた水滴は、徐々にその激しさと量を増していき、汗で湿ったカッターシャツを濡らしていく。

永原正義は小さく舌打ちをすると、小走りに駆けだした。

雨の日は、誰もが皆傘をさす。

持っていない人は仕方がないかもしれないけれど、しかし持っているのならば、傘をさすのは当たり前である。傘をささなければ、濡れてしまうのだから。

しかし、今彼が歩いているのは人込みの中だ。

東京なんかに比べるとその人口密度は決して高いとは言えないかもしれないけれども、しかしビルの立ち並ぶ隣に作られた道は、お世辞にも広いとは言えないのだ。そこで大勢の人間が傘を広げれば、歩き難さは考えてみれば想像がつくであろう。

彼は人込みを縫うように小走りで走り、そのまま十字路に差し掛かろうとしたあたりで、不意にその足を止める。

何か、よくわからない、原因不明の悪寒が、彼の背筋を走った。

最初は、雨に濡れたせいかとも考えたが、しかし雨といってもまだ土砂降りというほどの強さでもない。それに季節は七月である。雨といっても、それは冷たいというよりも生ぬるいという表現のほうがあっているように思われる。

ならば、何か。

なんともなしに、彼は上空を見上げた。

ふと、自分の隣に建つビルの屋上で、物影が動いたような気がした。

気が──した。



 少女はビルの屋上に立つと、小さくその唇をかみしめた。

足から順に、体が小刻みに震えだす。

恐怖というものは、理屈や思考を通り越して襲ってくるものである。

しかし、彼女はその恐怖に打ち勝たねばならないのだ。

打ち勝ち、飛ばなければならないのだ。

少女は眼前を見渡す。

高さにしてやく十数メートルほどではあるものの、しかし落ちたら間違いなく人間の肉体などぐちゃぐちゃにつぶれてしまうであろうことは、想像に難くない。

少女は深呼吸をしては、何度もその体を宙に投げ出そうとし、しかし寸前で踏みとどまる。

飛ばなければいけないのに。

自分はここから飛び立たなければいけないのに。

次第に、雨が降り始めた。

雨は空から地面に、上から下に、何のためらいもなく降り落ちていく。

雨がうらやましいと感じた。

そして、おそらく自分は、人類史上初の、雨にあこがれた人間なのではないだろうか? なんて馬鹿なことを考えてみる。

考えて、そして嗤う。

自嘲する。

人間──だったら、よかったのに。

涙こそ浮かべてはいないものの、悲しそうに少女は嗤った。

そして、今度こそ、少女は自分の体を、宙へと放り出した。



 それに、永原正義は目を見張った。

ゆっくりと、時間がただただゆっくりと流れる。

まるで、漫画のような展開であった。

空から、少女の体が、降ってきた。

それが、作り物の物語だったのならば、彼は少女の体を受け止めることができたのだろう。そして、彼と少女は運命的な出会いを果たすことになっていたのだろう。

しかし、現実というものはそこまで綺麗にはできていない。むしろ、現実というものはどこまでも無慈悲で、残酷なものなのである。

永原正義は、動くことすらできなかった。

体は硬直し、足は地面に縫いつけられているかのようであった。

脳内でアドレナリンが分泌されているのか、時間が妙にゆっくりと流れる。

およそ十秒にも満たないであろう一瞬の出来事が、まるで永遠のように思えてならなかった。

少女の体が、重い音と共に地面にたたきつけられる。

腕や足が折れ曲がり、辺りに血をまき散らす少女の体。飛散する生暖かい血液が、永原正義の体を濡らした。

目の前に、少女が降ってきたという状況を飲み込めず、顔にかかった血液をぬぐうことすらもできなかった。

思考が停止する。

真っ白になる。

これは、夢か?

ばかばかしい、荒唐無稽な夢なのだろうか?

物語と現実、非現実と現実がいっしょくたになるということは、人間としてはいささか以上に危ない状況だと、永原正義は思った。

つまり、自分は、おかしくなってしまったのだろうか。なんて考える。

勿論、そんなことはないのだけれども。

むしろ、これは、この出来事は、現実であり、物語でもなければ非現実でもない、ただの冷たい、無慈悲な現実であり──。

「う、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!??」

 無様に腰を抜かして、永原正義は叫んだ。それは、叫びというよりはもう、呻きに近い。

誰かが、永原正義以外の誰かが悲鳴を上げた。

甲高い女性の声である。

「おい、誰か、救急車と警察を──!!」

 誰か、男が叫んでいる。

見てわからないのだろうか。彼女は、この少女は、死んでいるだろうが。なんて、考えている余裕すらなかった。

ほどなくして、サイレンを鳴り響かせ、救急車が到着した。それに遅れて、パトカーが二台、走ってくる。

少女の遺体は救急車に乗せられてどこかに搬送された。気が付けば、野次馬らしき人物たちが、携帯電話を片手に群がり始めている。

永原正義は、しばらくそこで座り込んでいたが、やがて警察官に肩を抱えられるようにして立ち上がった。

雨が。生暖かい雨が、永原正義の体を濡らす。

雨は、降り続けた。



体中が痛い。

痛みに顔をしかめようとして、しかし自分の顔がつぶれてしまっていることに気付く。

飛び降りたのに。地面にたたきつけられたのに、なおもまだ生き残っているのは、やはり私が化け物だから、なのだろうか?

|自分の意志とはまるで真逆・・・・・・・・・の現象に、うんざりとする。

いつも、そうだ。

私の意志は、簡単に覆される。

私が望めば望むほどに、その望みはかなわない。

死にたいと願っているのに、現実は私を生かそうとする。

昔からそうなのだ。

もう、いい加減にしてほしいと思った。

何がいけなかったのだろう?

何が悪かったのだろう?

自問自答を繰り返したところで答えなんて出るはずもないのだけれども、たまに考えてしまうのだ。

救急車の中は血まみれになっていた。

真っ赤に染まった車内。

少女は自分の血と、返り血で、真っ赤に染まった服をどうしようかと思考を巡らせる。

このまま外に出たら間違いなく問題になるだろう。

既に体は無傷の、至って健常な状態に快復していた。少女の『死にたい』という意志とは裏腹に、体は死ぬことを拒否する。否が応にも、生きようとし続ける。

どうやったら死ねるんだろう。

どうやったら──。

いや、そんなことを考えても、やはり答えが出ないということを少女は知っている。

それは、わかりきっていることだから。

 だから少女は一度そこで思考を切り替える。さすがに、飛び降り自殺をもくろんだのだ。警察だって動いていることだろう。だったら、家に帰ることはできない。どこかに、隠れなければ。

そこで、少女の頭に思い浮かんだのは、先ほど地面にたたきつけられる直前に見た少年の姿だった。

カッターシャツ姿の、おそらくは高校生の少年。

彼の家を探そう。

少女はそう決めると一度救急車から出た。

救急隊員は、既に殺してある。

病院に連れて行かれると、何かと面倒だからだ。

外に出ると、雨が少女の体を強く叩いた。雨脚は徐々に強くなり始めている。

服にこびりついた血が、雨に流されてくれたらいいのに。そう思った

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