遊女の誠 其の二
「これより詮議を始める」
吟味方与力が向上を述べた。
「お菊、お前が伝助という男を斬ったという調書に間違いはないか」
お菊はうなずいた。
「はい。相違ありません」
「なぜ斬ったのじゃ?」
突然、真ん中の一番奥で胡坐をかいていた大男が軽い口調で聞いてきた。
「お奉行」と傍に控えていた与力がたしなめる声が続いた。
「かまわんじゃろ、人を斬るには道理がある。ましてや女が体格のいい男に挑んだんじゃ。何かあるに決まっている。な、どうしてじゃ?」
奉行と呼ばれる大男はお菊を不躾に眺めた。
「なぜ、といわれましても・・・」
お菊はたじろいだ。
しかし、すぐに気を取り直し答えた。
「道を歩いているときに襲われたのです。抗ってもつれ合ったときに、相手の胸に、ぐさり、と刺さったのです」
「ふうん。お主、見た目よりも力があるんじゃな。お主はどこも怪我しなかったのか?刃物もってもつれあったんじゃろ?普通はどこか斬られるんじゃないかのう。ほれ見せてみろ。恥ずかしいというのなら、そこにいる女に確認させよう」
お菊は動揺して言葉を失った。
お菊はどこにも刀傷をもっていないのだ。
「で、伝助を斬ったのは私です。疑うところなんてありません」
お菊は、やっとの思いで叫んだ。
「お菊、お前は恩義も忘れた上に、人まで刺したっていうのかい!?」
おみちはそれを聞いて興奮を抑えきれず立ち上がり、傍に控えていた同心に押さえられた。
おみちは、奉行たちに向かって言った。
「お奉行様。伝助はうちの手代だった男で、それはいい働きをしてくれていたんですよ。それをこの女が、何の恨みだか知らないが、斬っちまいやがった。身請けしなかったうちの店に対する嫌がらせなんですよ、きっと」
「こら、言葉を慎まんか」
傍に控えていた同心の一人がおみちを座らせようとしたが、おみちはギッ、とお菊を睨みつけ抗う。
お菊は慌てたようにおみちのほうに向き直った。
「違います。それは誤解です。恩義ある神田屋さんに嫌がらせなんて、そんなつもりはないんです」
「ハン!いい子ぶったって、そうはいかないよ。所詮は遊女、あんたの言葉なんて誰も信じやしないよ」
「双方とも静まらぬか!」
与力が厳しい声で二人を叱責した。
やがて場が静まると、再び詮議が再開する。
「では、お菊。罪を認めるのだな。吟味の際に言った言葉に相違はないな」
「相違も、異論もございません。今となっては死を持って償うことこそ、私の償いだと考えております。お早くお沙汰をいただきとうございます」
そういって、お菊は縛られたまま平伏した。
吟味方与力達は目配せしあって、奉行を見た。
どうやら奉行は興味をそがれたらしく、退屈そうにあくびをした。
そして扇子で与力を指し、まかせる、と一言いった。
与力はその様子に大きなため息を一つついて、お菊に向き直った。
おそらくこの奉行は、いつもこのような形で与力に仕事を任せてしまうのだろう。
それでも与力が厳しい顔をして言った。
「お菊。沙汰を申し渡すぞ。真面目で実直な伝助を斬り付け、のうのうと絵なぞ描いておったそうだな。おまけに襲われたなどと、まるで被害者が悪いような口ぶりだ。伝助はかろうじて生きてはおるが、その罪は重い。よって遠島を申し渡す」
「お待ちくださいっ」
ばたばたと三人の同心姿の男達があわただしく白洲へ入ってきた。
「いましがた、本当の犯人を捕らえてまいりました。その者のお沙汰はお取り下げ下さい」
一真がそういって前に出た。
「おら、来い」と安次郎が持っていた縄を引っ張ると、痩せてみすぼらしい格好の若い男がよろよろと姿を現した。
その男を見てお菊はあっ、と小さく声を上げる。
「松吉、松吉じゃあないか!」
一真達が素性を明かす前に、おみちが叫んだ。
「ど、どういうことだ。おい、お前ら、ここをどこだと思っておる。神聖なお白洲でこのような騒ぎをおこすなど、前代未聞だぞ」
与力が三人を睨みつけた。
兵庫は身をすくめて一真の陰に隠れるが、一真は動じなかった。
「ご無礼は承知の上です。しかし、間違った沙汰を下すわけにはいきません。伝助を刺したのはこの男です。調書もとって、爪印もおしました」
一真が目配せすると、兵庫は懐から一枚の紙を出して与力に差し出した。
与力たちは奉行を囲んでそれを見ながら話を始めた。
やがて奉行が口を開いた。
「ふむ、お前も犯人だというのか。仕方がないな、お菊の隣に座らせろ。とりあえず詮議をしよう。松吉とか申したな。何で伝助を斬った」
平伏して、松吉は言った。
「はい。私は、神田屋の跡継ぎです。しかし、商いやかたっくるしい家よりも遊びが楽しくて、ふらふらと遊び呆けてきました。遊ぶ金は家から盗ればいい。そうやって不自由なく暮らしておりました。しかし、突然親父が死んでしまい俄に店を継ぐ話があがったのです。私は馬鹿なことに、遊びにかまけて商売を捨ててしまったのです。それでもお袋が頑張ってくれて、店の切り盛りをし、それなりの繁盛をおさめました。私は、つい、家に帰りそびれてしまい、お金も底をついてしまいました」
そうして、松吉はあの晩の出来事を話し始めた。