第四幕 遊女の誠 其の一
お菊は、お白洲を知らなかった。
「行って、死罪を言い渡されることもあるし、あるいは恩義ある裁決をされることもある。あたしなんかは、小さな罪を一つ一つ裁決されるもんだからしょっちゅう行ったり来たりしてるけどね」
お徹は頭の後ろに腕を回し、寝転んだままお菊に言った。
あの日以来、お徹はお菊に眼をかけてやっている。
金が手に入った事ももちろんあるが、お徹はお菊の腹の据わった態度が気に入ったのである。
「そのまま、帰ってこない事も、あるのでしょうか?」
お徹は、ハッと笑った。
「帰ってきたくないんだろ。残念ながら、死罪でもその場で斬られたりはしないんだよ。時間を置いて、いつだろう、いつだろうって恐怖ん中、じめっとしたこの牢の中でその日を待つのさ。どうだい?絶望したろ」
そういって目を細めた。
「あんた、死にたいんだろ。そういう顔をしている人間は大方、人生に絶望してる奴が多い。遊女の生活はそんなにつらかったのかい?」
お菊はゆっくりと首を振った。
「さかさまか。あんまりにも世の中についていけなくて、浦島太郎みたいな気分なんだろうよ。ありゃあ、玉手箱あけたあとは、鶴になって天に昇っていったけな」
「鶴でも何でも、行く場所があるということは幸せだわ。私は足があっても、どこにもいけない。手があっても、仕事もできない」
「泣き言は嫌いだよ、うるさいなあ」
お徹は寝返りをうってお菊に背を向けた。
「でもね、あんた。生きてりゃ落ち着く場所は必ず見つかるもんだよ。あたしみたいな女でも、この牢って居場所が見つかった。心底、ホッとする心地の場所は、生きてる間に必ず見つかるよ。死んだら猫でも公方様でも居場所は冷たい地べたさ。それが現実ってもんだ」
そのとき、ギイッと思い音がして、牢屋付の下男が、入ってきた。
「お菊、出ろ。これから、奉行所へむかうぞ」
お徹は背を向けたまま軽く手を振った。
幾分緊張していたがそれを見てお菊は、少し笑みを浮かべて会釈をした。
お菊は縛られて棒をくくりつけた板に載せられると、上からすっぽりと籠をかけられた。
いわゆる籠ぶせという運び方である。
そうして大路をはばかりもせずに奉行所に運ばれていった。
昼日中の大通りには人が溢れており、罪人を見世物のように覗く。
嘲るような笑い声が時々聞こえる。
売り女、女郎などとも聞こえてくる。
ここは私のいる場所じゃない。
私がいるのは、こんな真昼じゃあないんだ。
お菊は唇を噛み、眩しい太陽の光を遮るように目をつぶった。
やがて奉行所へ着き、籠から出るとお菊は白い砂の広がる庭へと連れて行かれた。
お菊は中央の筵へと正座させられた。
座って真正面には裃をきた侍達がこちらを厳しい顔で見ている。
お菊はちらりと横を見た。
見知った顔がある。寅次だ。
寅次はお菊の保護人という立場から証人の座に座っているようだ。
そしてその横に険しい顔をしている、おみちを見つけたのである。
おみちは目が合うとキッとお菊をにらみつけた。
いろいろな恨みが篭っていた。
そんな目線にお菊は目を伏せて耐える事しかできなかった。