罪人お菊 其の四
神田屋の店先では番頭が応対してくれた。
「伝助。ありゃあ賢くて要領のいい男でしたよ。もっとも店にいた期間は短いものでしたがね」
「短い?丁稚からのたたき上げじゃないのか?」
「へえ、旦那さまが死ぬ数年前に見つけてきなすったんですよ。とにかくそろばんと商いの才能があってね、旦那様もそこが気に入ったんでしょうね」
番頭はそこまで言うと、少し眉を曇らせた。
「もっとも、旦那さんとおかみさんは気に入っていたようですが、店のものはあまりよくは思ってませんでした。伝助が店先に立つと、いつもお金が減っていたんです。たいした額じゃあ、ありませんでしたがね。でも、なぜか帳簿はきっちりあっているんです。それがあたしなんかは気持ち悪くて」
番頭は再三それを主人に訴えたが、主人はそれを聞き入れてくれなかった。
それでもやっと聞き入れてくれたかと思うと、主人は折悪しく卒中で倒れ、伝助はさっさと店をやめていったのである。
「なるほどな。お前さんは伝助が金を盗んでいた、と考えていたわけだ。おみちにはそのことを相談しなかったのか」
番頭は首を振った。
「金を盗んでいたのは伝助だけじゃなかったんですよ。若旦那も盗っていたんです。これも皆知っていることですが、おかみさんは知らなかった。もしおかみさんがそれを知ったら、立ち直れないでしょうな。若旦那の松吉さんを随分可愛がっておられますから」
それは複雑だな、と一真が言うと、番頭も複雑なんです、と神妙そうに返した。
「今は若旦那も家を飛び出して、一体どこへいるのやら。おかみさんはいつも心配していらいらしてます。店のものも八つ当たりされて困ってるんですよ」
そういうと、ハハ、と力なく笑った。
やがて、情報屋と思しき人物がやってきて、店はにわかに慌しくなってきた。
瓦版の記事をもってきたのであろう。
一真は、邪魔をしたな、といって店を出た。
戸口を出ると、安次郎が店の壁に寄りかかって一真を待ちぶせていた。
「医者のほうは見つけたぜ。でも、どうしようもないヤブ医者だったな、あれは。傷口を真っ赤に腫らして文句を言ってる怪我人が何人もいたし、塗り薬も素人目にも貧相なものだったよ。おそらく、探している奴も、今頃ひいひい泣いてるぜ」
安次郎がにやりと口角を上げた。
フン、と一真も鼻で笑った。
「もう一息だな。その医者の近所で怪我をしている男を捜すんだ」
「ああ、銀さん達にそっちのほうは今探してもらっている。銀さん自ら見つけてやるって意気込んでいたよ」
そのとき、一真ぁ、安次郎ぅ、と遠くから呼ぶ声がした。
二人がその方向を見ると、兵庫がまっしぐらに走ってくるのが見えた。
兵庫は二人に近づくと息を切らしながら言った。
「た、大変だ。お菊さんが、お白洲に連れて行かれることになった」
「ええっ!?嘘だろ。だって、吟味は始まったばかりじゃないか」
「それが、本人も認めてるし今月は検挙数が多いから月当番が変る前に罪が確実なものは終わらせてしまおうっていう事らしい」
兵庫は泣きそうな顔になって言った。
「くそっ。叔父貴殿に掛け合おうにも確実な証拠もない。せめて探している男が見つかれば、延ばすことくらいはできるだろうが」
一真はいらいらしたように腕を組んだ。
「とにかく俺たちも下手人を探そう。おい、一真、なんとしてでもお菊さんを助けるぞ」
安次郎は一真の肩に手をかけた。