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      罪人お菊 其の三

牢屋の中は日当たりの悪さもあって、冷え冷えとしている。

その上、狭い牢の中には収容できる人数以上の罪人がひしめいており、嫌な湿っぽさも付きまとう。


お役目上、兵庫はこの牢に来る事が多いのだが、いつ来てもいごこちのいいものではない。

しかも今日は先日入れられた隣人に会いに来ているのだ。


重い気持ちを引きずりながら、明かり取りの窓すらない真っ暗な女牢の前に立つ。


「お菊さん」

兵庫は牢の格子ごしにお菊に声をかけた。

お菊は随分憔悴しきった様子で、けだるげに兵庫に近づいてきた。


「大丈夫?ひどい目にあってない?」


お菊は首を振った。

「朝から何も食べてない。寝床も隙間風がひどくて、寒くてあまり眠れてない」


こんな世界もあるのね、というような顔つきでお菊は寂しく笑みを浮かべた。


「お、お金をもってないの?でも、知ってるわけないよね」

兵庫は眉を寄せる。


入牢のときには検査があり持っている金は全部没収される。

けれど、着物の襟や、口の中などに金を仕込ませて皆隠し持って入っているのだ。

何とかしてお金を持ち込まないと牢の中では生きていけないからである。


お金がなければ、縦社会である牢の中ではひどくつらい扱いをされることは必至だ。

お菊もまた、朝食を配られず、寒いところへ追いやられていた。


兵庫は牢名主を呼んだ。

「お徹、お徹!ちょっといいかな」


暗い牢の奥で、大きな体をした女がのそりと動いた。


「大堀の坊やか。なんだい、人を呼びつけて」

寄ってきた大女は格子に寄りかかって、頭をぼりぼりとかいた。


「この人をよろしく頼みますぞ。拙者の知り合いでな」


「ふうん」

お徹は、お菊を一瞥してから、格子ごしに手の平を出した。


兵庫は慌てて財布から、金を出してその手にのせた。

お徹はそれを軽く振ってチャリンと音をさせて手を引っ込めた。


「この人、坊やのいい人?」

お徹はお菊を指差した。


兵庫は滅相もないといった風に首を振る。


お徹はニイッと笑った。

「この人、遊女だね。匂いでわかる。それも、とびっきりの箱入り遊女だ。坊やみたいな子供はころっと騙されるかもね」


お菊はふいっと横を向いた。

「遊女には遊女なりの道理がありんす。恩義ある方をどうして騙すなんぞできるでありんしょう。主さんみたいな浅はかな女と一緒にしなさんな」


「ああ?」

お徹は凄んだ。


しかしお菊は動じずにお徹を睨み返す。


お徹は座っていたお菊の胸倉を掴みあげた。


「お徹!」


兵庫がおろおろとしながらたしなめる。


お徹は兵庫を見ると、フン、とお菊の体を放った。


「安心しな。金はもらってんだ。無体はしないよ」

そういって大きな体を揺らしながら奥へ戻っていった。


兵庫はそうっとお菊を見ていった。

「大丈夫。こんなとこ、すぐに出られるさ」


お菊は、目を伏せて何も言わなかった。


「俺たちはお菊さんが犯人なんてこれっぽちも信じてないからね。すぐに本当の犯人がみつかるよ」


「わっちが下手人でありんすよ。さっさとこんな命、斬って捨てておくれなんし」

そういうと、すっと、牢の奥へ引っ込んでしまった。


兵庫はお菊の寂しげな後姿をぼうっと見送りながら、心配そうにため息をついた。




一方、一真と安次郎は男が刺された川沿いの道を歩いていた。


事件から数日たって、何事もなかったかのように人々は行きかう。


「何にもなさそうだな」

安次郎は腕を組んでため息混じりに言った。


刺された伝助は以前、神田屋で手代をしていた人物である。

しかし主人の佐兵衛が亡くなって直後に店をやめている。

そうして今は日雇いや、博打などを打って日銭で稼いでいるようであった。


「博打がらみでその筋のものに斬られたんじゃあないのか?傷も匕首のような短いものだというし。そっちを洗った方がいいかもしれないぞ」

これ以上ここにいても無駄だと踏んだのであろう。安次郎は一真を促した。


「そう簡単に決め付けない方がよさそうだ」

一真は道の端にかがみこんで藪から燃えて焦げ残った提灯を拾いあげた。


「お菊は提灯なんて持っていなかった。兵庫は持っているが、貸してない。刺された男の傍には別の提灯が落ちていた。これは、ひょっとしたら犯人が落としたものじゃないかな」


「提灯の燃えさしなんて、いつのものかわからないじゃないか。第一、指された場所は十間くらい先だ。ここに落ちている事自体おかしいじゃないか」


「そう。誰かがここにわざわざ隠しに来ない限り、こんなところにあるとは思えない」

一真はそういって立ち上がった。


「あの夜は晴天で、次の日も晴れだった。それなのに道がぐしょぐしょに濡れていたそうだ。誰かの仕業という事もありうる」


一真は土手を降りた。


そして辺りを見回しながら言った。

「川の水を汲んで、道にかけたとは考えられないか」


「何のために?」

安次郎は不満そうに尋ねたが、一真はそれに答えずに腕組みをして考え始めた。


しばらく一真は動かなかったが、やがてフウッと息を吐いた。


「神田屋に伝助の事を聞きに行こう。それから、この辺りの町医者だ。残らず洗うぞ」


まったくわけのわからない様子で「はあ?」と聞きかえす安次郎を横目に、一真はすたすたと道へと戻っていった。


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