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      罪人お菊 其の二

お菊は番屋で体を縛られ柱の横に座らされていた。


「お菊さん。どうした!」


血相を変えて、真っ先に番屋に飛び込んだのは安次郎である。


「清島の坊か。おい、大事な参考人だ。さわんじゃねえ」

しっし、と銀吉が安次郎を手で追い払った。


一足遅れて番屋に入ってきた一真がお菊に聞いた。

「お菊さん。あんた、何したんだ」


お菊は青ざめた顔でうつむいたまま、何もしていないわ、と答えた。


この言葉に声を荒げたのが銀吉だ。

「しらばっくれんじゃねえよ。おめえが本所の人斬りの現場にいたことは先刻承知なんだよ。てめえが吐くまで俺はてめえを女と思わねえ。下手人はおめえか?それとも別のやつか?」


銀吉はお菊の髪を掴んで体を揺さぶった。


お菊は鋭い顔つきで銀吉を睨み、唇をキッとかみ締める。


「なんでえ、遊女上がりが!痛えめにあいたいのか」

カッと血が上った銀吉は拳を振り上げた。


「銀さん落ち着けよ」

慌てて安次郎がその拳を押さえた。


「銀さん、この人は俺たちの知り合いなんだ。そんなやりかたしなくてもちゃんと聞き出すことができるから少し話をさせてくれ。お菊さん、あんたあの晩、どこにいて何をしたんだ。罪によっては軽い罰ですむ事もあるし、何もないならそれを証明できることを言ってくれれば俺たちが確かめるから」

一真は静かな声で言った。


「佐倉の旦那、あまやかしちゃあいけませんぜ。そいつは嘘で飯食ってる女だ。本当のことなんか簡単に言うもんか。じっくり時間をかけて責めねえと吐かない部類の人間だよ」

銀吉は蔑むような目でお菊を見やった。


お菊は乱れた髪を額にかけたまま、そのきれいな顔をゆがめた。


「嘘で飯食う遊女で悪うありんしたな」


そういった後、く、く、く、と低く笑った。

笑い声は、次第に大きくなり、お菊の乾いた笑い声は番屋の中に広がっていく。

やがて、ひとしきり笑い終わると息をついて言った。


「ああ、そうでありんした。わっちは根っからの遊女でありんした。いましがた、ぜえんぶ思い出したでありんす」

そういって、また、顔をゆがめた。


「わっちがやりんした。すべてわっちがやりんした。あの伝助とかいう男、そりゃあもうこっちがびっくりするような声で、啼いて、喚いて」

くくくっ、とまた笑う。


「旦さん、わっちを殺してくれなんし。腕は確かときいておりんす。今すぐ殺してくれなんし。さあ。さあ!」

悲鳴のように声をはり上げながら、お菊は体をぐいぐいと前に突き出す。


柱にくくりつけられていた縄がビンと張って、お菊の体は体制を崩してドッと倒れた。

笑いはいつの間にか涙に変っていた。


「苦しい・・・」


お菊は小さな声で呟いた。


「廓の外は、華やかでもっと楽しいところと思っておりんした。けれどこれじゃあ、まるで逆。何一つ出来ない女郎上がりのわっちは人様から蔑まれる、ただ薄汚いだけの死に体じゃあ、ありんせんか。だったらいっそのこと本当に死んだほうが、ましってもんでありんすよ・・・」


擦り切れた畳はお菊の涙を吸い込んでしっとりと濡れていた。




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