自由という名の強制送還
自由について考えることは、
とても簡単です。
それを実際に使うことは、
少し難しくなります。
そして、その結果を引き受けることは、
さらに別の話になります。
スクリプト:『自由という名の強制送還』
【舞台】
カフェの前の歩道。夕暮れ時。
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(「私」、両手を広げ、軽やかなステップで店を飛び出す)
私:
「あははは! 自由だ! 私は定義されない存在だ!」
「ニーチェ、見てるか! 今の私は超じ――」
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(その瞬間、派手な音を立てて足がもつれる。スキップの軌道が物理法則に裏切られ、派手に転倒。手に持っていた入魂の原稿が、風に吹かれて車道の真ん中へ舞い上がる)
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私:
「……あ。」
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「私の『実存』が、排気ガスの中に……!」
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(慌てて車道に飛び出そうとしたその時、目の前を巨大なトラックが轟音を立てて通り過ぎる。風圧で原稿はさらに遠く、汚い水溜りの中へ——)
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べちゃり。
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(絶望的な音)
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私:
(水浸しの原稿を拾い上げ、呆然と立ち尽くす)
「……マルクス……。」
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「これが『物質的条件』ってやつか?」
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「私の精神的営みが——
ただの『濡れた紙屑』という物理的現実に負けたぞ……。」
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(そこへ、一人の警察官が自転車でゆっくりと近づいてくる)
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警官:
「もしもし。君、大丈夫?」
「さっき店から叫びながら飛び出してきたよね。……ちょっとお話、聞かせてもらっていいかな?」
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私:
(反射的に)
「あ、警察官さん。これはですね——」
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「サルトルの言う『投企』の一環でして……私は今、自分を自由に選択している最中なんです。」
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警官:
(無線を手に取りながら)
「……あー、こちら110番。不審者確保。」
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「意味不明な供述を繰り返しており、薬物または極度の精神錯乱の疑いあり。」
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私:
「待って! 錯乱じゃない!」
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「私はカントの道徳律に従って……いや、むしろそれに反抗して……!」
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「ああ、スミス!」
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「私のこの『不審な行動』が、社会の安全という市場において、どう価値判断されるか教えてくれ!」
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(警官に腕を掴まれ、パトカーのサイレンが近づいてくる)
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私:
(空を見上げ、乾いた笑い)
「……そうか。サルトル……。」
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「自由には責任が伴う、だったな……。」
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「この『公務執行妨害一歩手前の状況』を引き受けるのが、私の自由の代償なのか……?」
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(パトカーのドアが開く音)
(背後からカフェの店員が走ってくる)
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店員:
「おきゃくさーん! お会計!」
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「お会計忘れてますよー! 1,280円です!」
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「歴史の必然じゃ払えませんよー!」
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私:
(パトカーに押し込まれながら)
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「……ケインズ……。」
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「有効需要の回収が——」
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「……あまりにも早すぎるよ……。」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
考えたことは、
現実の中で試されます。
そのとき、理屈はだいたい間に合いません。
残るのは、行動と、その結果だけです。
どうやら自由というものは、
思っていたよりも即効性のある制度のようです。




