死令嬢(結)
その時だった、彼女の刀を咄嗟に奪い取った。
申し訳ない気もするが、そうしないといけないのだ。夕火はゆっくりと立ち上がった。
今日は少し絶望し過ぎた。だから、私はケジメをつけないと行けない。
ただ悲しいなんて悲しんでるだけじゃ、悪い意味で死令嬢なんて呼ばれたままだ。
嫌なことがあったら、嫌だと言わなきゃならないのに。我慢し続けて、いつかまわりが変わると望んでいた。
自分が変わらなきゃ、何も始まらない。
それを知れ、夕火。
こんな夢物語を盲信し続けてる自分を殺せ。
初恋は失恋。
死で終わる、死着恋。
自分で意気込み、立ち上がる。ゆっくりと立ち上がった。刀に関しては初心者かもしれない。
───でも、問題はない。問題はなかった。
「おいおい、冗談だろ。椿子はともかく、夕火なんかじゃ俺の敵じゃねぇ。すぐに殺してやる」
「うっさいな」
「はあ?」
うるさいんだよ、本当に。ただ人を殺したことがある程度で『死』を語るなよ。
「人の命を奪い、人を騙し奪うだけの盗人が、死を騙るなよ──って言ってるのよ」
刀が月光に光る。
「へえ、随分と威勢だけはいいじゃん。失恋から立ち直ったのかよ、友達さんが来てくれてな」
「違う、イライラしていたの。変わらない自分に、何も知らなかった自分に」
そして。
「──そして、何も知らないお前に。全部イライラしてるの」
「はっ、なんだそりゃ」
「でも今日"死"ればいい。私が教えてあげる」
貴方が最高の失恋を教えてくれたみたいに。
刀を持つと不思議に力がみなぎってきた。耳元で聞こえてくるのは幽霊の声──いや、声が聞こえてくる訳じゃない。
先程までなかった体の軽さを感じる。
初めて刀を持ったのに、持ち慣れていると錯覚する。
『テダスケ……スル……』
『オレラ……トモダチ……』
『マダ……コチラニハ……クルナ……』
『無念な死を見せた剣士の魂に、見せ場をくれ』
あらゆる魂が、死霊たちが味方となる。
体に宿るのは自信だけではない。
彼らの経験、知識、力。
死んだ者たちの想いが募る。
勿論、その中には希望があれば後悔もある。
生半可な精神では耐え切れない重み。
しかし、成長した彼女には……その全てが味方となった。
死霊の魂の力を借りる。
生きる者は、死した者の力を継いで──生きる。
それが生と死の連鎖。
死とは無駄に生み出すものではない。
「なんだよ……急に人が変わったみてぇじゃねぇか」
微かにだが、蛍が後退りした。
精神の隙間。予感。
死を知らないものには到達できない地点に、彼女は立っていた。それは本来ならば、生きる者ならば──到達不可能。
つまるところ、その地点に到達する精神と肉体を、今の夕火は獲得していたのだ。
「じゃあ、いくから」
「っっ! ぶっ殺してやるよ! 頭の弱いテメェがふざけてんじゃ───」
あらゆるモノとの訣別。
彼女はこの瞬間、本当の意味で『死令嬢』と成った。
◇◇◇
「良かった、お前が無事で良かったよ。そして……強くなったな、夕火」
出張から帰ってきた父は邂逅早々に、泣き崩れて抱きしめてきた。
ちょっと周りの視線が痛くて恥ずかしいのだけれども。
「従者とか、蛍のことは気の毒だったと思う……俺が出張中で留守にした時を狙うとは、油断していた」
「うん、でも本当に大丈夫なんだってお父さん」
「本当に……?」
お母さんはあの時、紫家にいたのだが間一髪の所で椿子が外に連れ出していたおかげで命は助かっていた。
やはり椿子には頭が上がらないなと、夕火は思った。
肝心のお母さんが何を言ってくれたかというと、
「ごめんなさい。呪われていたのは私の方だったのかもしれないわ。……貴方には申し訳ない事をしてきた。だから私も変わるわ」
と心機一転してくれた。
「貴方を産んで良かった。生きてくれてればいいのに、私は何かに囚われてたわ。ありがとう、生きててくれて」
決して優しい母ではなかったし、毒親だったかもしれないけど、でもやっぱり母は母なのである。
「こちらこそありがとうだよ、お母さん。私を産んでくれて」
だから、前までの自分ならば絶対に口にしなかったであろう言葉を返した。
連続貴族殺人事件はこうして幕を閉じる。こうしている間にも、この世界では生と死が交錯し合う。
辛くても、だからこそ生と死に意義が生まれる循環。
今回の事件は最悪でしかなかったが、しかしおかげで私は生まれ変わった。
あの事件で紫夕火は死に、あの事件で死令嬢は生まれた。
「ねえ、夕火ー! 稽古しよーっ、私の剣の練習に付き合ってよー」
「あーはいはい、分かったよ、いま行くから!」
玄関の方から椿子が呼んできた。ココに本家と分家の差はない。いや、あるのかもしれない。
でもそれは二人とも気にしていなかった。
そういう関係性。
蛍がいなくなった後も、彼女らは良い関係性を築けていた。より仲良くなったとも言えるかもしれない。
『オレモ……ツキアオウ……』
剣士の魂も、夕火に呼びかけてくる。
そうそう。彼らなしじゃ、剣技において椿子に手も足も出ないからね。
今日もよろしくお願いします、彼女はそう言うのだった。
外に出ると、空には雲一つなかった。
どう見ても失恋模様ではない。
私の馬鹿げた初恋と失恋に似合った曇り空──なんて訳ではない。
まあ、でも……恋愛には少しこりごりかな。
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