紗理奈と爽子 2
紗理奈から連絡があった。苦節九年、爽子がついに意中の人の彼女の座を獲得したそうで、その祝勝会兼報告会をやるよということだった。
とある土曜日の夕刻、私たち三人は新宿歌舞伎町の居酒屋に集合し、ハッピーアワーで半額のナマで乾杯した。
「「やったぜ、おめでとう!」」
「ありがとう!」
彼女によれば、彼の好物のバレーボールの餌に食いついたところを一気に釣り上げたそうで、そこから先はとんとん拍子、初デートで彼の方から告られ、キスも済ませたそうだ。
ちなみに彼の方は爽子が九年前に自分を押し倒した女だとは全く気が付いておらず、一年前に偶然出会ったと信じているらしい。
「それで、爽子、それ、ずっと隠し通すつもりなの」と私。
「もちろん隠し通すよ。たとえ彼と結婚しても、秘密は墓場まで持っていく覚悟です」
いくら何でもそれは無理なんじゃないかなとか、もしばれたらその瞬間に終わるよねとか、思うところはいろいろあったが、幸せの絶頂の彼女にはどうせ何を言っても耳に入らないだろう。
なんだかなー。二人が随分と遠いところに行ってしまったような気がした。
「もう一軒行こう!」と盛り上がる二人に、つい、私は「このあと男と約束があるからここで」と嘘をついてしまった。
親友に嘘をつきたくなかった私は、嘘をホントにするために美月ちゃんパパを呼び出した。
「歌舞伎町にいるから、三十分以内に来てくださいな」
慌てて駆けつけてきた美月ちゃんパパの腕を取って目についたラブホに飛び込んだ。部屋に入るなり自分から裸になり、シャワーも浴びずに彼に抱き着いた。
何度も身体を重ねた美月ちゃんパパ、彼はいつも私に満足をくれた。早くその満足が欲しくて、私は気が急いていた。
でも、今日に限って、いろんなことが頭をよぎって、私は行為に集中できなかった。
「あのさー、花梨先生」
とうとうイケずに終わった私に、追い打ちをかけるように美月ちゃんパパが言った。
「来週奥さんが娘たちを連れて帰ってくるんだよね。お誘いは今夜を最後ってことにしてほしいんだけど」
「えー、良かったね。よさげな後釜がいたら、紹介よろしく」
明るくそう言ったつもりだったが、美月ちゃんパパは怪訝そうな顔で私を見ている。
私は自分のほほに涙が伝っていることに気が付いた。そう、私は泣いていたのだ。
「え、マジ? もしかして、花梨先生、本気で僕のこと好きだったの」
私は首を横に振った。そんなことあるわけがない、美月ちゃんパパとのエッチは気に入っていたが、それは好きということとは違う。
「それじゃ、お腹でも痛いの」
いや、痛いのはお腹じゃない。痛いのは、きっと、私の心だ。
私はすかさず仕事用に持っていた保護者の緊急連絡先を開き、つばさくんパパに電話した。
パニックになっていた私はそれしか思いつかなかった。自分でも訳が分からないこの哀しさから逃れる方法を。
「突然のお電話すみません。あの、もう一度、お食事、作らせてもらっていいですか」