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黒須パイセン

 翌日、私は職場の二年先輩である黒須智美くろすともみさんに声をかけられた。

「ご相談したいことがあるのですが、お仕事が終わってから少しお時間ありますか」

 

 黒須先輩は、顔は十人並みだが、170㎝近い長身で、スレンダーだが出ているところは出ている、羨ましいボディの持ち主である。

 

 私たちは仕事を上がると駅近くの珈琲店に入った。

 黒須先輩は、そのボディには似合わず質素で真面目、仕事の面で色々とお世話になることが多いので、私は尊敬と親しみを込めて黒須パイセンと呼んでいる。

 

 自分の男性遍歴については、特に吹聴はしていないが、さりとて隠し通しているわけでもない。その私をご使命ということは、男がらみの相談かなと想像はしていた。

 案の定、黒須さんはこう切り出した。

「金子先生って男性経験が豊富ですよね」

 

 昨日の今日でいつもより三割増しくらいに機嫌が良かった私は、彼女の猪突な相談にも親身に乗ってあげることにした。

「はい、特に数えているわけではありませんが、高校時代から通算すれば五十人は超えていると思いますよ」

 予想をはるかに上回る私の返答にたじろぎながらも、彼女は言葉をつづけた。

 

 相談は園長先生のことだった。

 柿沼広志かきぬまひろし園長、35歳・独身。福山雅治似のイケメンで、この幼稚園以外にも幼稚園や保育園を複数運営している学校法人の理事長の跡取り息子だ。

 私は影でピロシキ先生と呼んでいる。もちろんこちらは尊敬しての呼び方では全くない。

 

 私以外の女性の先生は、若い残らず彼にあこがれていると言っても過言ではない。大学生の息子がいるおばさん先生まで「私を食べてくれないかしら」とか言っている始末だ。

 一方で女癖は良いとは言えず、当園の先生も何人かは既に食べられてしまっているらしい。かくいう私も、新人の時に、ご挨拶代わりに一回だけ、美味しくいただかれてしまったことがあるが、ここでは言わずにおくことにした。

 

「で、園長先生がどうしたの」

「はい。一か月ほど前になりますが、食事に誘われ、帰り道でいきなりキスをされました」

「ほほう、それで?」

「ホテルに行こうって言われました」

 黒須パイセンは、ホテルに入ること自体はやぶさかではないが、その前に一つ確認しておきたいことがあると言ったそうだ。

「結婚を前提にお付き合いしていただけるのでしょうか」と。

「後腐れなしの一回だけならいいですよ」と言った私とは真逆の反応である。


 案の定、ピロシキの取った行動も私の時と真逆だった。

「分かった、真剣に考えて返事をする」と約束し、その日はホテルには入らずに別れたものの、いつまで待っても返事をいただけていないそうだ。


「実は私、未だ男性経験がないんです。それどころか、キスも大学三年の時以来、五年ぶり二人目だったんです」

「え、こんなに立派な持ち物を持っているのにですか。それはもったいないですね」


「といって、後生大事に守っているという訳でもなくて。むしろ私の初めてを先生に捧げたいという気持ちが日増しに強くなっています。それなのにずっと放っておかれるなんて、あんまりとは思いませんか」


 彼女のいかにもな言い分に、私は、私なりの正論を述べた。

「やらせもしないで、お付き合いだとか、結婚だとか、甘すぎてお話にならないですよ」


「そ、そういうものでしょうか」

「待っても絶対返事は来ないと思いますよ」


「それでは、私から積極的にアプローチをした方が良いのでしょうか」

 それとて、園長先生は警戒して乗ってこないだろう。


「とりあえずエッチをするだけだったら私に作戦があります。それで彼女になれるかとか、まして結婚とかは保証の限りではありません。でも行動を起こさないと何も始まりませんよ」

 大いに意気消沈した様子の彼女が気の毒になった私は、昔紗理奈と検討したことのある秘策を披露した。


「それでよろしくお願いします」

 速攻で断られるかと思ったが、黒須パイセンは意外と腹の座った女性だった。


「それでは段取りは私がしますので、黒須先生は当日までイメージトレーニングをしていてください」

「イメージトレーニングと言いますと?」

「園長先生をおかずにしての自慰です」

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