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つばさくんパパ

 紗理奈と爽子の言い草が少なからず癇に障った私は、一人で街をぶらつき、目についたバーにふらりと立ち寄った。

カウンターの片隅で、不機嫌にジントニックをチビチビやっていると、隣で飲んでいたおっさんが声をかけてきた。

「お姉さん、一人?一緒に飲まない?」

 

 ストライクゾーンが広めの私でもさすがにこのおっさんはパス、普段であれば無視するところだが、あいにくこの日は黒い私が顔を出してしまった。

「一杯おごってくれたらいいわよ」


「もちろん、何を飲む」

「下心満載の男が飲ませる定番って、やっぱりスクリュードライバーだよね」


 私は大きな声でバーテンさんにオーダーをした。

「スクリュードライバー一丁、濃い目で」


「お待たせしました」と置かれたグラスを掴むと、私はそれを一気飲みし、バーテンさんに空のグラスを差し出した。

「お代わり」


 酔いも手伝って歯止めが利かなくなっていた私は、立て続けに出されたお酒を一気飲みした。

 私が五杯目をオーダーしたところで、ヤバい相手と係わってしまった気の毒なおじさんは、お勘定を済ませるとそそくさと店を出ていった。


 さすがに酔いが回ってうとうとしていると、バーテンさんに閉店を告げられた。店を出ると、世界がぐるぐると回っていた。

 

 こみあげてくる不快感、私は駅前広場の隅っこにひざまずくと、胃がひっくり返ったように痙攣し、私は胃の中のものをぶちまけた。広角に飛び出した吐しゃ物は容赦なく私の衣服を汚し、地面に大きなゲロだまりを作った。酔った時特有のアルコールまじりのツンとした匂いが鼻に着く。


 広場は学生と思しき集団でにぎわっていたが、皆遠巻きに私を見るだけだ。「あーあ、やっちゃたねー」「きったねー」という声も聞こえてくる。

 私は軽率な自分の行動を心の底から後悔した。だが、しかし、後の祭り、後悔先に立たずだ。


 どうしたらよいのだろうと途方に暮れていると、背後で、

「花梨先生ですよね、大丈夫ですか」と声がした。

 振り返ると、見たことがあるようなおじさんだった。今、花梨先生って言ったよね。この人。

 

 相変わらず世界はぐるぐると回っており、加えて尿意ももよおしてきた。このままでは、帰宅できないどころか、トイレに行くこともできずにここでおもらしまでしてしまうかもしれない。

 この大ピンチに、このおじさんは、私にとって決して放してはならない救いの神だ。

 私はおじさんにしがみついて懇願した。

「全然大丈夫じゃありません。助けてください」

 

 急に動いたからか、再び不快感がこみ上げ、私は吐しゃ物をおもいっきりおじさんの服にかけてしまった。これでは、もう二人ともタクシーに乗せてもらえないだろう。

 今にも落ちそうな意識の下、私は一番近いラブホまでの道順を告げた。

 ホテルに着いたら、まずはお風呂で身体を洗って、トイレにも行って、それから異臭を放っている衣服の洗濯だ。転びそうになる身体を支えられながら、ようやく目的地にたどり着いたところで、私の記憶は途切れた。


 目を開けるとそこには見知らぬ天井、私はベットに寝かされていた。

着ているのはゲロまみれの服ではなくホテル備えつけのパジャマ、下着は上も下も付けていない。身体からはほのかな石鹸の匂い、私は入浴の介助を受けたようだ。

 そういえば尿意もなくなっている。トイレに連れていってもらったのか、それともまさか風呂場でしてしまったのか、いずれにしても排せつの介助までされてしまったようだ。

 

 幼児が嘔吐や粗相をした時の沐浴とお着換えは私の仕事だ。その私がまさかそれをされる立場になるとは。


「ああ、目を覚まされましたか」

「はい、どこのどなたか存じませんが、ご親切にありがとうございます」

「え、もしかして私のことわかっていません? 幼稚園でお世話になったつばさの父です。」

「ああ、つばさくんパパ」

 

 見知らぬおじさんの正体が判明し、ほっとしたとたんに、私は深い眠りに落ちた。


この作品は2001年に公開された韓国映画「猟奇的な彼女」のオマージュです。この映画も、主人公の大学生が、地下鉄で泥酔した彼女にゲロをかけられたことがきっかけで交際が始まります。

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