紗理奈と爽子
私には、本郷紗理奈、本陣爽子という高校時代からの親友がいる。
クラスメートからはヤリマン三人組と揶揄されていたが、その呼称はあながち嘘ではない、嘘ではないどころか、全く持ってその通りだったと言っても過言ではない。
でも、諸行無常というか、万物流転というか、八年の年月は私以外の二人をすっかり変えてしまった。
紗理奈は、高校三年の時に運命の人と出会い、以来彼女の穴は彼専用となった。彼女の大学卒業を待って二人はゴールイン、佐藤紗理奈は本郷紗理奈となり、今や一児の母である。
一方、本陣爽子は、高三の時、旅行先の伊豆でナンパした大学生に一目ぼれし、その彼女になるべく、隠れストーカーと化して彼を追いかけ続けている。
その旅行で、爽子と紗理奈は、女性経験のなかったその青年を押し倒して、かわるがわる関係を持った。常識的に考えて、性加害者もどきの片割れが、まかり間違っても被害者の彼女のポジションを手に入れられるはずもない。妄想もここまで来ると哀れとした言いようがない。
なんでもダイエットで見た目を変え、正体を隠して彼女になる作戦だそうだ。確かに小学校の先生になった彼女は、すっかり知的な美人といった風情で、高校時代の面影はほとんどない。
だからといって、彼女になれば、何度も会っているうちに、さすがにばれるだろう。
そもそも八年もの間、会えもしない男を思い続け、恋人は自分の指だけなんて、私には全くもって理解できない。
そんな二人と、久々に顔を合わせることになった。水産会社みたいな名前の居酒屋チェーン店で、ジョッキをあわせた。
ハマグリっぽい貝を七輪であぶりながら、まずはお互いの近況報告だ。
紗理奈は最愛の旦那様との夜の生活がいかに素晴らしいかをえぐい表現で滔滔と語り、爽子はターゲットに対する歪んだ愛を妄想たっぷりに披露する。
一応聴いてはいるものの、私にとってはあまりに現実離れした話題で興味を感じない。話は、右の耳から左の耳へ、ノンストップで抜けていく。
と、突然矛先が変わって、私に話題が降りかかってきた。私と二人との質疑応答が続く。
「昔みたいなことを続けているの、結局花梨だけだよね」
ー はい。初志貫徹しています。ぶれない女とほめて下さい。
「前に園長先生が独身でイケメンって言ってたけど、その人には手を出したりしないの」
ー 女性の先生ほぼ全員が園長先生を狙っています。人間関係が面倒くさくなりそうなので、私はパスです
「保育園みたいな女性ばかりの職場で、どうやって男を見つけているの」
ー 幼児がいれば、その数だけ若いお父さんがいます。仕事上緊急連絡先を含め個人情報はすべて把握しています。彼らは素性もはっきりしていてかつ後腐れもありません。
昔はいつも馬鹿話をしては笑い合ってた仲間だけど、楽しかった共通の思い出が話題になることは次第に減っていった。
現状を話題にすれば、必然的に三人の間に距離が生じてしまう。
「そんなこと、いつまで続けるつもりなの」
二人はきっとこう言いたいに違いないと思ってしまうのは、私のひがみ根性なのだろうか。
二人の質問が上から目線っぽく感じて、少なからず癇に障った私は、駅前で二人と別れたところで踵を返し、一人で街をぶらついた。
ああ、それがあんな事態に発展してしまうとは。