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一期一会

 結局、私は平林悟さんと結婚することは無かった。

 

 私の両親は、平林さんとの結婚にとにかく大反対で、彼が十歳年上の子持ちバツイチであることを知ると会おうともしなかった。私の父は某大手企業の重役で、母はそんな父と見合い結婚をしたいいところのお嬢さん、二人とも極端に世間体を気にするタイプだ。父は外で適当に浮気をしていて、母も私のカテキョの大学生をつまみ食いしたりしていたくせに、こういう時だけは意見が合う。


 それならば実績を作ってしまえと、勘当同然に家を出て平林さんのところに転がり込んだ。孫の顔でも見せればと愛の交歓はいつもノーガードだったが、結局つばさくんの弟妹を授かることは無かった。


 一方で、黒須パイセンはなんとピロシキ園長の妻の座をゲットした。やはり持つべきものはナイスバディである。

 そして、彼女はいわゆるあげまんだったようだ。すっかり女癖が治ったピロシキは、グループ全体の副理事長兼事務長として経営手腕を発揮するようになった。父の跡を継いで理事長になる日もそう遠くないだろう。

 黒須パイセンは夫から幼稚園の園長を引き継いだ。私は彼女の下で私は年長さんのクラス担任を任され、役所対応や自治体の監査対応の補佐もするようになり、毎日が目の回るような忙しさになった。


 自然、帰宅時間は遅くなり、平林さん父子と生活がすれ違うようになった。小学校低学年という多感な時期に、私はちゃんとつばさくんのそばにいてあげることができなかった。


 得てしてそういう時に落とし穴はあるもので、あのことは魔がさしたとしか言いようがない。

 親友の本陣爽子の結婚披露パーティに新郎側の友人として出席していた御堂みどうくんに再会してしまったのだ。

 

 高三の夏、紗理奈、爽子と三人で伊豆に旅行した時、同じペンションに泊まっていた彼らと意気投合し、私の好みにど真ん中のストライクだった彼と一夜限りの関係を持った。

 私は、爽子のように男一人に執着する根性がなかったので、それっきりになってしまったが、九年ぶりに偶然再会して、心がときめいた。

 

 パーティがお開きになった別れ際、私を見た彼の口が「ヴィーナス」と動いたような気がした。

 この辺りで「ヴィーナス」と言えば、歌舞伎町近くにあるラブホの名前だ。

「私のことを誘ってる? まさかね」

 紗理奈と一緒に新宿駅に向かった私だが、

「ごめん、用事を思い出しちゃった」と彼女にことわり、私は踵を返して走り出した。


「お前なら来ると思ったよ」

 案の定、彼はそこにいた。私は彼の胸に飛び込んだ。

 

 一回限りのつもりだったが、九年前にもまして甘美だった彼との交合に、忙しい仕事の合間を縫って二回、三回と逢瀬を重ねてしまった。


 やがてそれは悟さんの知ることになった。

 彼は怒らなかった。

「君の好きにすればよい」と、網にかかった小さな魚を海に放すように、そっと私をリリーズした。

 

 御堂くんとはそれきり会うのを止めた。

 悟さんとは、そしてもちろんつばさくんとも、別れたくはなかった。だけど私の落ち度で彼のことを傷つけてしまったことは紛れもない事実だ。ここはしばらく距離を置いた方がいいかと、私は平林さんの家を出て幼稚園のそばに部屋を借りた。

 

 その後も仕事漬けの日々が続き、忙しさに紛れて、私はに彼のもとに帰るタイミングをなかなかつかめないまま、気が付くと平林さん親子と出会ってから七年の月日が流れていた。



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