【9話】デート!?
それは、夕食を摂っている最中だった。
「アンバー。明日は街へ出かけないか? 一緒に買い物しに行こう」
対面に座るリゼリオが、いきなりそんなことを口にした。
(買い物? どうして急にそんなことを言うのかしら? ……でも、私の答えは決まっているわ)
「せっかくのお誘いですが、申し訳ございません。ジャックとモルガナの手伝いをしなければならないので、遠慮させていただきます」
二人の手伝いはアンバーにとって毎日の日課であり、大切な仕事となっている。
誘ってくれたリゼリオには悪いが、お断りさせてもらうことにした。
「明日の手伝いはしなくていいよ! 街へ行ってこい!」
「そうそう。私たちのことは気にせず楽しんできて!」
近くで話を聞いていた二人が声を上げた。
是が非でも行かせたい。
身を乗り出す二人からは、そんな必死さを感じた。
どうしてそこまで必死になっているかは分からないが、こうなるともう何を言っても、「行ってこい」という言葉しか返ってこないだろう。
二人がそう言うのであれば、明日のお手伝いはお休みにするしかない。
(けど、お出かけするのもいいかもしれないわね)
レイデン家に嫁いできてからというもの、これまで屋敷の外に一歩たりとも出ていない。
せっかく来たのだから、ルータス王国の街並みを見てみたいという気持ちはある。
ちょうどいい機会かもしれない。
「お買い物の件、承知いたしました。明日はよろしくお願いします」
「そうか。良かった」
安堵したかのように、リゼリオが息を吐く。
それと同じタイミングで、ジャックとモルガナも安堵の表情を浮かべた。
(怪しいわね)
同じ表情をしている三人はすこぶる怪しい雰囲気。
じとっとした疑いの目を向けた。
レイデン邸から、馬車に揺られること三十分。
柔らかな日差しが辺りを照らすラーペンド王国の街中には、アンバーとリゼリオの姿があった。
(みんな、生き生きとしているわね。楽しそう)
石畳でできた路上を出歩いている人々の表情は明るく、活気に満ちている。
ペンドラー王国の民と比べて、とても明るいように思えた。
古来より、その国の国力は民衆の顔に表れると言われている。
民の表情がこんなにも明るいのは、ルータス王国の国力が高いという証に他ならない。
それはきっと、国王であるボールスの手腕が優れているからだろう。
(ボールス様は、やっぱり素晴らしいお方だわ)
この場にいないボールスを、心の中で称賛する。
「アンバー。手を」
真横に立っているリゼリオが、何の前触れもなく片腕を差し出してきた。
アンバーは特に考えることもなく、
「分かりました」
と返事をして、その手を握る。
しかし、その直後。
大変なことに気づいてしまった。
(あれ? もしかして私って今、デートしているんじゃないかしら!?)
二人きりで街へお出かけ。
手を繋いで歩く。
これらの状況を、世間一般では何と呼ぶのか。
そう、デートだ。
(どどど、どうしよう!?)
デートしているということを意識したとたんに、緊張感がせり上がってきた。
急に息苦しくなる。そして、とてつもなく頬が熱い。
「顔が赤くなったがどうした? 大丈夫か?」
「大丈夫です!!」
勢いまかせに大きな声で叫ぶ。
まったくもって大丈夫ではない。
(落ち着くのよ私! まだデートだって、確定したわけじゃないんだから!)
リゼリオは『一緒に買い物をしよう』と言っただけ。
デート、という単語は一度も登場してきていない。
つまりこれは、勝手な思い込みという可能性がある。
(むしろ、その可能性の方が高いわね)
一年限りのこの結婚に、愛は存在しない。
二人の間に恋愛感情が芽生えることは決してない。
だから、デートに誘ってくれるなんてことはありえないのだ。
嫁いできてから屋敷の外に出ていないアンバーに、気を遣ってくれただけだ。
手を差し伸べてくれたのは、はぐれないように、との配慮だろう。
それですべての説明がついた。
(なんだ、そういうことね)
アンバーの頬から、スッと赤みが消える。
わちゃわちゃ混乱していた脳内が、一気に冷静さを取り戻した。
「急に顔色が戻ったな。もしかしてそれも、癒しの力を使ったのか?」
「いえ。変な勘違いをしていたことに気がついただけです」
「勘違いとはいったい――」
「行きましょうリゼリオ様!」
あからさまな強引さで、会話を終わらせる。
勘違いの内容は、絶対に知られたくはなかった。
恥ずかしすぎる。
外に出すことをよしとしないアンバーは、胸の内にしまい込んでおくことにした。




