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【6話】お疲れの原因


 嫌悪感ムンムンだったリゼリオから初めて褒められた、その翌日。

 

 昼下がりの午後三時。

 モップを手にしているアンバーは、モルガナと一緒に通路の清掃を行っていた。

 

「これでよし! アンバーの掃除は今日も満点! パーフェクト!!」

「そっちこそ。最高の腕前だったわ」


 顔を見合わせた二人は、同じタイミングで吹き出す。

 仕事をしても疲れを感じないのは、きっとこういう会話をしているからだろう。

 

「それじゃあ次は、旦那様のところへ紅茶を持っていってくれない?」

「ふうん。そういう仕事もあるのね」

「うん。私の担当なの」


 三時過ぎになったら、リゼリオのところへ紅茶を持っていく。

 それもメイドの仕事の一つであり、モルガナの担当らしいのだ。

 

「ティーセットは、ジャックに言えば用意してくれるからね。よろしく!」

「うん。分かったわ」



「そうか。今日はモルガナじゃなくてアンバーが行くんだな」


 紅茶を持っていきたい、という旨をジャックに話すと、彼はさっそく手を動かしてくれた。

 

「よし。準備終わったぜ」

 

 トレイの上にはいつの間にか、ポットとティーカップが準備されていた。

 その間、わずか数十秒。

 流石はプロね、と手際の良さにアンバーは感心する。


「ありがとうね。また後で、夕食の手伝いをしに来るわ」

「おう! 楽しみにしてるぜ!」

 

 元気な声に送り出されたアンバーは、リゼリオの私室へと向かった。

 もちろん、ジャックに用意してもらったティーセットが乗っているトレイも忘れずに持っている。

 

「アンバーです。紅茶をお持ちいたしました」


 ドア越しに声をかけると、「入ってくれ」という返事がすぐに聞こえてきた。

 

 ドアを開き、部屋に入る。

 

 リゼリオは、部屋の奥にある大きな執務机に座っていた。

 執務机の上には、書類の山が積み重なっている。

 

 ペンを手に持っているリゼリオは、その書類の山を一心不乱に処理していた。

 

(……なるほど。お疲れの原因はこれだったのね)


 朝食と昼食。

 今日は二度リゼリオと顔を合わせるタイミングがあったのだが、とても疲れている様子だった。

 

 大量の書類の処理に追われて、まともな休息をとっていないのかもしれない。

 

(顔色も優れないようだし、このままだと倒れちゃいそうね……そうだ!)


 ティーセットが乗ったトレイを邪魔にならないところへ置いたアンバーは、リゼリオのもとへと近づいた。

 彼の肩の上にそっと手を乗せる。

 

「おい! いきなり何の真似だ!?」

「少しそのままにしていてください」


 スッと瞳を閉じたアンバー。

 リゼリオの肩に乗っている手から、淡い白色の光が放たれる。

 

 その光はリゼリオの全身を包むと、少ししてから消えた。

 

「……これでよし。いかがでしょうか?」

「…………体が軽い。それに、だるさも少しマシになった気がする。……もしかしてこれは、君が何かをしてくれたのか?」


 驚きの表情を向けられる。

 そこには、信じられない、という文字が書いてあった。


「はい。対象を癒す魔法――癒しの力を使わせていただきました」

「癒しの力……確かそれは、聖属性魔法の一種のはず。しかし君は、聖女としての力を失ったのではなかったか?」

「その通りです。魔王を倒した代償で、私は力を失いました。ですが、完全に消えた訳ではありません。ほんのわずかではありますが、力が残っていたのです。おかげで、今でも聖属性魔法が使えるのです。以前とは比べ物にならないほど、微かなものですが」


 かつてのアンバーであれば、リゼリオの疲れは一瞬にして吹き飛んでいただろう。

 

 しかし今では、ほんの少しだけ疲れを取るのが精いっぱい。

 リゼリオにしてみれば、せいぜい気休め程度にしかなっていないのかもしれない。

 

 けれど、目の前で辛そうにしているリゼリオを見て、じっとしていられなかった。

 たとえ気休めにしかならずとも、少しでも力になってあげたいと思ったのだ。

 

「とても楽になった。感謝する」


 リゼリオの口元が小さな弧を描いた。

 笑っている彼というものを、初めて見たような気がする。

 

(やっぱり美しいわね)


 容姿端麗なリゼリオの笑顔は、本当に美しかった。

 人間離れしたその美しさは、美術品と言ってもいい。

 しかもこれまで目にしてきたどんな美術品よりも、美が際立っているように思えてしまう。

 

「そんなにまじまじと俺を見て……どうかしたのか?」

「いえ! 何でもありません!」

 

 リゼリオの声で、ハッと我に返る。

 美しい顔面に、つい見入ってしまいました――などと、言えるはずもない。

 

「失礼します!!」

 

 勢いある声を上げたアンバーは、逃げるようにして部屋から去っていった。

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