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【5話】不思議な女 ※リゼリオ視点


「不思議な女だ」


 アンバーの部屋から私室へ戻ってきたリゼリオの呟きが、静かな部屋の中に溶ける。

 その言葉を口にするのは、先ほどに続いて今日で二度目となる。

 

 それほどまでに、アンバーという女性は未知。

 彼女は、これまでに出会ったことのないタイプの女性だった。

 

 

 小さな頃から、これまで。

 リゼリオには、多くの令嬢がすり寄ってきた。

 絵画のように整った外見や高貴な地位に魅了された令嬢は数えきれなく、それこそ星の数ほどいたのだ。

 

 しかしながらリゼリオには、その星々が星屑にしか見えなかった。

 まったくもって興味を示さなかった。

 

 彼女たちは全員が全員、自分のことしか考えていないような傲慢な性格をしていた。

 甘えた猫なで声で媚びを売ってきてはいるが、腹の奥底は真っ黒。

 少し会話をするだけで、リゼリオにはそれが分かった。

 

 そんな女性たちと結婚などすれば、必ずや人生は悪い方向へ向かってしまうだろう。

 だからリゼリオはこの年になるまで、女性と関係を持つことを頑なに避けてきたのだ。

 

 そしてこれからも、そうするつもりだった。

 

 跡継ぎは養子を取れば問題ない。

 結婚などせずに、生涯独身を貫こうと考えていた。

 

 しかしその考えは、お節介な伯父に滅茶苦茶に壊されてしまう。

 

「喜べリゼリオ! お前の妻になってくれる女性を見つけてきたぞ! 世界一勇敢な女性だ!!」

「…………は?」

 

 突然屋敷を訪ねてきたボールスが、満面の笑みでそんな報告をしてきた。

 事前に何も聞いていなかったリゼリオにとっては、まさに寝耳に水でしかなかった。

 

 物心つく前に両親を亡くしたリゼリオの面倒を、ボールスはよく見てくれた。

 肉親の顔を知らないリゼリオにとっては、親代わりのようなものだった。ボールスには感謝してもしきれない。

 

 ボールスがお節介なのは昔からで、悪気がないことは分かっている。

 いつまでも結婚しないリゼリオを心配してくれての行動なのだろう。

 

 しかし相談もなしに、結婚相手を勝手に決めてくるとは思わなかった。

 いくらなんでもこれはやりすぎだ。

 

 なんて勝手なことをしてくれたんだ、とリゼリオは呆れ果てた。


 断ってしまいたかったが、ボールスの面子を考えるとそれはできない。

 不本意ながらも、話を受けなければならなかった。

 

 そうして嫁いできたのが、アンバーだった。

 

 彼女の第一印象は、ルビーのような赤い瞳が特徴的なとても美しい女性。

 世間一般の男性であれば、可憐な容姿に舞い上がっていたことだろう。

 

 しかしことリゼリオにおいては、まったく浮足立つことはなかった。

 

(魔王を討った大聖女だかなんだか知らんが、どうせこの女も同じ。俺にすり寄ってきた傲慢な女どもと、なんら変わらないはずだ)


 アンバーの価値を決めつけていたリゼリオは、初めから冷めていた。

 だからこそ、一年で夫婦の関係を終わらせることを提案した。

 

 しかしアンバーは、これまでの令嬢たちと何かが違う。

 

 どこがどう違うのか、と具体的なところまではまだ分からない。

 それでも、これまでに出会ってきた令嬢の中に、自ら進んで使用人の仕事をするような人物など、一人たりともいなかったはずだ。

 

 それゆえにリゼリオは、不思議な女だ、と感じていた。

 

(しかしまだ確定したわけではない。情報が足りない)

 

「確証を得るには、アンバーという人間をもっと知る必要が――いや。そんなことをしても無意味だな」


 この結婚は一年限り。

 その時を迎えたら、アンバーはこの家を出て行く。

 

 彼女との関係はそれで終わりだ。

 二度と会うことはないだろう。

 

 どうせアンバーはいなくなる。

 関係を絶つことが決まっている人間についてあれこれ考えることほど、無意味なことはない。

 時間の無駄でしかないのだ。

 

「余計なことに時間を使ってしまったな。今の俺には、そんな余裕など許されてないというのに」


 執務机の上には、大量の書類が山積みになっている。

 思わず、目を背けたくなるような光景だ。

 

 その書類は、家を不在にしていた間に溜まってしまった仕事だ。

 これらすべてを処理しなければならないと考えるだけで、気分がずっしりと重たくなる。

 

 しかも、期日に余裕がない。

 四の五の言わず、迅速に処理しなければならないのだ。

 

「……今夜は徹夜になるかもしれないな」


 書類の山に向けて、深いため息を吐く。

 ぬかるんだ泥の上を歩くような重たい足取りで、リゼリオは机へ向かっていった。

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