【4話】思っているよりも悪い人じゃないのかもしれない
二人の友達ができてから、一週間が過ぎた。
ジャックとモルガナの手伝いを、アンバーは毎日行っている。
シェフとメイドの仕事をするのは結構忙しいが、二人が明るいおかげで疲れを感じない。
感じるのは、やりがいと楽しさだけだった。
その日の夕食。
食堂のテーブルに座るアンバーの正面には、リゼリオの姿があった。
つい先ほど、屋敷に戻ってきていた。
(正面に人がいるのって、なんだか変な感覚ね)
リゼリオと一緒に食事を摂るのは、実に一週間ぶりとなる。
この一週間、正面の席には誰もいないことが当たり前だったので、不思議に思えてしまう。
そんなことを思いながら、アンバーは食事を口に運ぶ。
今日の夕食はサンドイッチ。
ジャックと一緒に作ったものだ。
「うん! 今日のご飯も良い感じに出来たわ!」
「さすがアンバーだぜ!」
「ねぇアンバー。今度私にも料理を教えてよ!」
席の近くで、ジャックとモルガナが盛り上がっている。
食事をしながら、二人とワイワイ話す――この一週間、食事の時間はずっとそんな感じで過ごしていた。
いつもと変わらない日常だ。
しかしリゼリオにとっては、その光景が理解できないらしく、
「どういうことだ……」
と、愕然としていた。
(一応、経緯を話しておいた方がいいかしらね)
変な真似をするな、と言われている以上、いらない誤解を招きたくない。
どうして二人と仲良くなったのかを、アンバーは報告することにした。
「私は今、ジャックとモルガナの仕事のお手伝いをしているんです。二人とは、そうしているうちに仲良くなりました」
「は? 使用人の仕事を手伝っているだと……君がか?」
「はい。二人のおかげで毎日が充実しています!」
心からの本心だったので、つい弾んだ声色が出てしまう。
耳障りな声を出すな! 、なんていう注意が飛んでくるかもしれない。
しかしリゼリオは、それについて無反応。
不機嫌とはまた違う、深く思案しているような表情をしていた。
(……よく分からないけど、とりあえず報告はしたからこれで問題ないわよね)
リゼリオを無視して、アンバーは夕食の続きを始めた。
午後十一時三十分。
(そろそろ寝ようかしら)
そんなタイミングで、来訪者がやって来た。
アンバーの私室に、ノック音が響く。
「俺だ。少し話があるのだが、入ってもいいか?」
ドアの向こうから聞こえたきたのは、重厚な低音。
リゼリオの声だ。
(話って何かしら?)
予想していなかった来訪者に少し戸惑いつつも、断る理由は特にない。
やや強張りながらも、どうぞ、と返事をする。
部屋に入ってきたリゼリオは一番に、
「なぜあんなことをしたんだ?」
と聞いてきた。
「あんなこと――というのは、私がジャックやモルガナの手伝いをしていることでしょうか?」
「そうだ。理由をずっと考えているのだが、どうにも答えが見えてこない。もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
(もしかして、夕食のときからずっと考えているの?)
夕食からは既に、五時間ほどの時間が経っている。
どうやらリゼリオという人間は、かなりの生真面目な性格の持ち主らしい。
「私、『暇』というものに慣れていないんです。ですから、ジャックやモルガナに無理を言って、お手伝いをさせてもらっていました」
「暇が耐えられなかった……そういうことか?」
「はい。リゼリオ様の許可なしに勝手なことをしてしまい、申し訳ございませんでした。もしご不快なようでしたら、もういたしません」
「いや、別に不快という訳ではない。ただ、不思議な女――と、そう思っただけだ」
「……そうですか」
困惑気味に返事をする。
いったいそれはどういう意味なのだろうか。
褒められているのか馬鹿にされているのか、よく分からなかった。
「使用人の仕事をしたければ、これからも好きにやってくれ。俺にとって不利益な行動をしないのなら、止めるつもりはない」
「ありがとうございます」
「話はそれだけだ。邪魔してすまなかったな」
リゼリオが背を向ける。
そのまま歩きだすのかと思いきや、「そうだ」と、口にした。
「君の作った夕食だが、中々に美味しかったぞ」
そう言って、今度こそリゼリオは部屋を出て行った。
(まさか、褒められるとはね)
アンバーに対し、リゼリオは嫌悪感を丸出しにしていたはずだ。
それなのに今は、夕食の出来を褒めてきた。
裏があるようには思えなかったので、きっと本心だったと思う。
好印象を与えるようなことは何もしていないはずだが、いったいどういう心境の変化だろうか。
「それは分からないけど……ふふふ」
一週間前に失礼な態度をとられたことで、リゼリオの心証はかなり悪かった。
でも、思っているよりも悪い人間じゃないのかもしれない。
素直にお礼を言ってくれた彼のことを、アンバーはそんな風に思った。