【3話】新たな友達
初日を終えての、翌朝。
レイデン公爵邸の食堂には、アンバーとリゼリオの姿があった。
横長の食卓テーブルに向かい合って座る二人は今、朝食を摂っている最中だ。
本日の天気は快晴。
窓から差し込む眩しい陽光が、部屋の中を明るく照らしている。
しかしながら食堂内の雰囲気は、外とは打って変わっての曇り模様。
どっしり重たくて息苦しい空気が、フロアいっぱいに広がっている。
(……気まずいわね)
アンバーの顔がひきつる。
朝食を摂り始めてからしばらく経つが、二人の間にいっさいの会話はない。
その間に聞こえた音といえば、カチャカチャという食器の音だけだった。
お互いにだんまりのまま、無言で手を食事を口に運んでいるという状況になっている。
その原因はというと、リゼリオにあった。
俺に話しかけるなオーラを、最大出力で放出しているのだ。
言語化されずとも、明確な拒絶の意思がビシビシと伝わってくる。
そんな状況で、会話が生まれるはずもなかった。
(早く食べ終わって、私室へ戻ってしまいましょう!)
気まずい空間からとっとと抜け出すために、アンバーはスピードアップを図る。
そのとき。
「おい」
ぶっきらぼうな声が飛んできた。
声を上げたのは、正面に座っているリゼリオ。
話しかけるなオーラを出しているくせに、自分からは話しかけるみたいだ。一方的なやり方に、理不尽な気分になる。
「このあと俺は、仕事の関係で遠出する。ここへ戻ってくるのは一週間後だ。俺がいないからといって、変な真似をしようなんて考えるなよ。いいか?」
「変な真似って……。しませんよ、そんなこと」
変なことをしそうな人間に見えるのだろうか。
信用されていないのは分かっていたが、そこまで思われているとは思わなかった。少しショックだ。
「どうだかな」
怪訝そうに言ってから、リゼリオは席を立った。
信用できるか、とでも言いたげだ。
アンバーを一瞥したリゼリオは、大きな足音を立てて食堂から去っていった。
「ボールス様とは全然違うわね」
アンバーの目が吊り上がる。
不本意な結婚で不機嫌なのは分かるが、彼の態度はあまりにも失礼すぎるのではないか。
素敵な結婚条件を出してくれたことには感謝している。
しかしそんな態度をされては、イライラしてしまうのも仕方ないというものだろう。
イライラな朝食を終えてから、一時間。
気持ちが落ち着いたアンバーは、私室に置かれたふかふかベットの上で仰向けになっていた。
「暇だわ」
天井に向けて微かに呟く。
これまでアンバーは暇を感じることなんてないくらいに、非常にせわしない日々を送っていた。
それは、子どもの頃からずっとだ。
聖属性魔法を扱える女性――聖女の数は非常に少ない。
貴重な人材である聖女は、王国から身分を保証してもらえる。
その代わりに、王国からの命令で色々な仕事を振られることとなる。
仕事の内容は、定期的に教会を訪れて怪我をしている国民に治癒魔法をかけたり、悩みを聞いたりなど、多種多様だ。
一人に割り振られる仕事量はその聖女の力量によって決まるのだが、大抵は無茶な量を振られてしまう。
しかし、その命令を拒否することは許されない。
大聖女であるアンバーは能力が優れている分、周囲に比べて格段に仕事量が多かった。
十歳の少女にも、王国は容赦がなかったのだ。
多忙すぎて寝る暇すらないことも、そう珍しくもなかった。
それでも彼女は、「国民のために」と、身を粉にして必死に働いた。
そんな多忙な毎日を送っていたアンバーが、十五歳になったとき。
魔王討伐メンバーに抜てきされたアンバーは、四人の仲間たちとともに魔王討伐の旅に出た。
旅の道中は常に忙しかった。
魔物との戦闘はもちろんだったが、やっていたことはそれだけではない。
料理、洗濯、掃除――身の回りことはすべて自分たちで行わければならなかった。
魔王討伐の旅に出てからも、多忙な毎日は変わらなかったのだ。
そんなことがあったからか、暇というものに慣れていない。
何もしていない時間というのを、苦痛に感じてしまうのだ。
じっとしていられなくなったアンバーはベットから飛び起き、私室を出た。
これといった目的は特にないまま、通路を歩いていく。
「とっても良い匂いがするわ!」
漂ってきた美味しそうな香りに、アンバーは心躍らせる。
匂いを辿ってみると、そこにはキッチンがあった。
導かれるようにしてドアを開け、中へ入る。
「失礼するわよ」
「お、奥様!?」
驚愕の声を上げたのは、キッチンに立って作業をしていたオレンジ色の髪をした青年だ。
明るそうな雰囲気をしており、歳はアンバーと同じくらいに見える。
キッチンで作業していたところを見るに、彼はレイデン家のシェフなのだろう。
「あの……いったいどのようなご用件で」
「美味しそうな匂いに釣られてね。今は何をしているの?」
「昼食を作っております」
「昼食をね……そうだわ!」
ピーン!
シェフの言葉を聞いたアンバーに、閃きが生まれる。
「お手伝いしてもいいかしら」
苦痛に感じてしまう『暇』を、どう解決するか。
アンバーはそれを、料理の手伝いをすることで解決しようとした。
「ですが、奥様にそのようなことをやらせるというのは……」
「気にしないで。私がやりたくて言っているだけだから。それに私、料理は結構得意なのよ?」
にんじんを手に取ったアンバーは、慣れた手つきで皮をむいていく。
魔王討伐の旅では自炊が基本だった。
おかげで、料理の腕前はかなりのものになっていた。
「へぇ……言うだけはあるな。大したもんだ」
感心したように呟いたシェフに、アンバーは「ありがとうね」と微笑んだ。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。俺はジャック。シェフをしております」
「アンバーよ。よろしくね、ジャック。……それと、歳は近いようだし、敬語はいらないわよ。気兼ねなく話してちょうだい。」
「……よろしいのですか?」
「ええ。そっちの方が嬉しいわ」
「分かりました。それじゃあ……よろしくな、アンバー!」
「うん!」
それから二人は、雑談に花を咲かせながら料理を作っていく。
ジャックが明るい性格をしていることもあって、キッチンは大盛り上がり。
昼食を作り終える頃には、二人はすっかり仲良しになっていた。
「ごちそうさま!」
ジャックと共同で作った昼食を食べ終えたアンバーは、食堂をあとにする。
そうするとすぐ、通路の掃除を行っているメイドが目に入った。
燃えるような赤色の髪が印象的な、とてもキュートな女の子だ。
歳の頃は、アンバーやジャックと同じくらいだろう。
「お仕事中ごめんなさい。……えっと、あなたのお名前は?」
「……モルガナと申します」
モルガナはおずおずと頭を下げる。
いきなり話しかけたものだから、警戒されているみたいだ。
「良い名前ね。それでねモルガナ、お願いがあるの。あなたの仕事を手伝いたいのだけど、いいかしら?」
ジャックの時と同じようにして、手伝いを申し出る。
アンバーは、午後の時間も相変わらず暇だった。
それを潰すために、今度はメイドの仕事を手伝おうと考えたのだ。
ちなみに、アンバーの掃除能力は結構高い。
料理の腕前と同じく、魔王討伐の旅で鍛えられたのだ。
そこからの流れは、ジャックのときとほとんど変わらなかった。
初めのうちはぎこちない関係の二人だったが、時間が過ぎていくにつれ関係は変化。
どんどん仲良くなっていき、夕方には、互いにフランクな関係になっていた。
モルガナもジャックと同じく、明るい性格の持ち主だったのが影響している。
シェフのジャックと、メイドのモルガナ。
同年代の使用人二人と、アンバーはあっという間に仲良くなることができた。
最高の成果を残せたことに、大きな高揚感を味わっていた。




