【21話】特別 ※フィール視点
フィール・サブルマディ侯爵令嬢は、完璧だった。
見目麗しい容姿。高貴な血筋。そして、聖女としての高い素質。
生まれながらにして、全てを持っていた。
普通の人間とは何もかもが違っている、特別な存在だったのだ。
私は誰よりも偉い。私に勝てる人間なんてこの世にいない。
特別な存在であるフィールの心には常にそんな気持ちがあり、そうだと信じて疑わなかった。
自分を打ち負かすような相手がいるとするならば、それはきっと自分自身だ。
他人に負けるという状況が、どうしてもフィールには想像できなかった。
だから、本当に驚いた。
他人に打ち負かされるなんて、思ってもいなかったのだ。
『アンバー・イディオライトに大聖女の称号を与える』
十歳のとき、アンバーが――アンバーだけが、大聖女の称号を授かった。
そのときをもって、フィールは特別な存在ではなくなった。
(私が負けるなんてありえない! 絶対に見返してやるんだから!)
初めての敗北がフィールにもたらしたのは、大泣きしたくなるような悲しみでも、立ち上がれなくなるような絶望でもない。
激しい悔しさ。
それだけが、体を覆いつくしていた。
底抜けの負けず嫌い。
生まれながらに絶対的な勝者だったフィールは、負けの味を知ったことで、初めて自身の性格について知ったのだった。
それからフィールは、血のにじむような修練を積み重ねてきた。
日中は国から振られた仕事を全力でこなし、それを終えて家に帰ってから、今度は魔法の練習を行う。
そんな毎日を送っていた。
フィールには多量の仕事が振られていたので、家に帰るのは夜遅く。
そこから魔法の練習を始めていた。
魔法の練習は朝まで続くこともざらで、睡眠時間は無いに等しかった。
休息とは無縁な生活に体は悲鳴を上げていたが、心は違う。
弱音を吐いたことは、一度だってなかった。
全てはアンバーに勝つため。
そのためなら、どんなに体が辛くても気にもならなかった。
しかし、届かなかった。
どれだけ努力しても、アンバーとの差は広がる一方。
二人の間にできている溝は、決して埋まることはなかった。
きっとアンバーのような人間こそが、特別な存在、と呼ばれるにふさわしいのだろう。
フィールはしょせん、紛い物だった。
中途半端に力があったせいで、自分は特別だと、そう思い込んでいただけだ。
(でも、それがなんだってのよ!)
それでもフィールは諦めなかった。
絶望的な差を見せつけられてもなお、負けを認めることを拒否。
アンバーへの闘志が消えることはなかった。
その強い執念が実を結んだのか、転機が訪れる。
連合軍より魔王討伐の命を受けたアンバーが、それを果たすための旅へ出ることになったのだ。
またとないチャンスが転がり込んできた――フィールは、そう直感した。
(アンバーがいない間に、ベイル様に取り入ってやるわ。そうすれば、王太子妃――いえ、将来の王妃の座は私のものよ!)
王太子である彼の婚約者となり結婚すれば、将来は王妃になれる。
王妃ともなれば、王国内での地位は格段に上がる。
その地位は、大聖女よりも上だろう。
つまり、アンバーよりも上になれる。
ここまで負け続けていたフィールは、ようやく勝つことができるのだ。
ベイルは自己愛の塊のような人間。
まったくもって好みのタイプではないが、適当な言葉で褒めちぎりさえすれば、懐に入ることはそう難しくないだろう。
幸いにも、アンバーはベイルから嫌われている。
彼の懐に入り、アンバーから乗り換えてほしい、と誘いをかければ、うまく行く可能性は高いはずだ。
そして事は、フィールの思惑通りに運んだ。
聖女の力を失ったアンバーを、ベイルは婚約破棄。
そのポジションには、代わりにフィールが就くことになった。
ベイルの婚約者という、将来の王妃の座を手に入れることができた。
勝利はもう目前――と、そう思っていた矢先。
ラーペンド王国に、多くの災いが降り注いだ。
初めのうちは、王国からの命令で、聖女が総動員となって国民の治療にあたっていた。
しかし、あまりにも人手が足りなかった。
元々の数が少ない聖女に比べて、治癒を必要とする国民の数があまりにも多すぎたのだ。
聖女が総動員になったところで、焼け石に水。
治療の効果はほとんどなく、被害は広まっていく一方だった。
無駄な行為ということに、王国も気がついたのだろう。
聖女に出していた命令を取り下げたのだ。
聖女としては何もできない以上、フィールができることといえば、ベイルに励ましの言葉をかけることぐらいだった。
しかしそれが原因でベイルの怒りを買い、婚約破棄されてしまった。
「王太子に婚約破棄されるとは何たることか! この恥さらしめが! お前など、サブルマディの名にふさわしくない! 今すぐ出ていけ!!」
婚約破棄されたフィールを、父親は激しい剣幕で責め立てた。
結果的にフィールは、サブルマディ侯爵家から絶縁されてしまったのだ。
フィールは、全てを失った。
将来の王妃の座も侯爵令嬢としての地位も、今やもうどこにもない。
「私、いったいどこで間違えたのかな……」
王都の路上を歩きながら、フィールはポツリと呟いた。
道端には、市民の死体が横たわっている。
しかも一つではなく、そこら中に散見している。
異常以外の何ものでもないのだが、このような光景は、すっかり日常茶飯事となっていた。
少し前までは栄えていた王都の景色が、今では遠く昔のように思えてきてしまう。
「この国も、もう終わりね……。ううん。終わるのは国だけじゃない。私も、だわ。……それなら最後に、あの子へ――アンバーに会いに行かなくちゃ」
会って何を話すのかは決めていない。
そもそも、どうして会おうと思ったのかすらよく分かっていない。
それでもフィールは、このまま何もせずに終わるのだけは嫌だった。
どれだけ努力しても敵わなかった相手と、最後に一言だけでもいいから言葉を交わしたいと思った。




