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【18話】必ず守る、と約束してくれた人


「ラーペンド王国では毎日多くの国民が死んでいるんだ! そいつらを助けたいと思うなら、今すぐ戻ってこい!」

「はい? どうして私が、ラーペンド王国の民を助けなければならないのですか?」


 多くの災いに直面して、気の毒、だとは思う。

 しかしだからといって、助けようとはまったくもって思わない。

 

 そうしたいと思うだけの理由が、アンバーにはなかった。

 

「決死の覚悟で魔王を討ち滅ぼした私が、国民からどのように呼ばれていたか……ベイル様はご存知ですよね? 殺人者、ですよ。それなのに自分の身が危なくなったら今度は手のひらを返して、助けてくれ、ですか。随分とまぁ、虫がいいことで」


 目の前に困っている人がいるのなら、手を差し伸べて助けたいと思う。

 けれども、殺人者呼ばわりしてきた人間を助けてあげたいとは微塵も思わない。

 

 そんな人たちまで助けたいと思うほど、アンバーは聖人ではないのだ。


「でもそれは過去のことだろ! いい加減に忘れろよ!」

「……ひとつ教えてあげます。こういうことって、言った側はすぐに忘れるんですよ。けれど言われた側というのは、ずっと覚えているものなのです。忘れたくても、忘れられません」


 決して落ちることのない汚れとして、心に一生残り続けてしまう。

 いくら頑張ってこすっても、その汚れは絶対に落ちないのだ。

 

「母国の民を、君は見捨てるっていうのか! それでも聖女かよ!!」


 眉間にしわをよせたベイルは、瞳を鋭く吊り上げた。

 顔一面が真っ赤に染まり、爆発しそうになっている。

 烈火のように燃え上がっている激しい怒りだ。

 

「おかしなことを言うのですね」

 

 激し怒りを真正面から受けても、アンバーはまったく動じなかった。

 それどころか、口の端をわずかに上げて軽く鼻で笑った。

 

「力を失った()大聖女――私のことをそう言ったのは、どこのどなたでしたっけ?」

「ああああああ! アンバー!!」


 唸るような怒声が上がる。

 

 床を踏み抜く勢いで向かってきたベイルが、右腕を振り上げた。

 アンバーに殴りかかろうとしている。

 

 暴力を振るおうと、男が迫ってきている。

 普通であれば、すぐさま立ち上がって避難する状況だろう。

 

 しかしアンバーは、その場を一歩も動かない。

 

 必ず守る――そう、約束してくれた人がいた。

 

 その人のことを、アンバーは強く信じている。

 だから、避難なんてしなくていい。する必要がなかった。

 

 そして、約束は果たされる。


 立ち上がったリゼリオが、ベイルの右腕を掴み上げた。

 それによって、ベイルの動きは完全に封じられる。

 

「アンバーには指一本触れさせない」

「僕を誰だと思ってる! ラーペンド王国の王太子だぞ! たかが公爵がこんなことして、タダで済むと思うなよ!!」

「やってみろ。ラーペンド王国のすべてを相手にすることになっても、俺は一向に構わない」


 まったく言いよどむことなく、リゼリオは言い切った。

 とんでもないことを口にしているというのに、その言動は自信に満ちている。

 

 まっすぐな覚悟と、鋼のように強い意思。

 彼の言葉には、そんなものを感じた。


「相手が誰だろうが規模がどれほど大きかろうが、そんなことはいっさい関係ない。アンバーは俺にとってかけがえのない大切な人だ。俺の一生をかけて、必ず守り抜く。それを邪魔する敵は、例外なく全力で叩き潰す。覚悟しておけ」


 警告だ、と言わんばかりにベイルを睨みつける。

 そうしてからリゼリオは、掴み上げていたベイルの右手を解放した。

 

 慌てて後ろに飛び退いたベイルは、

 

「なんだよ、女の前だからってかっこつけちゃってさ! いいか! 僕がこの国を世界地図から消してやる! 生意気な言動を、せいぜい後悔することだな!」


 そう吐き捨てる。

 最後に三人を睨んでから、部屋を出て行った。

 

「戦争を仕掛ける余裕などないだろうに。くだらん虚勢を張る。救いようのない馬鹿だな」

「これこれ。相手は仮にも一国の王子だぞ。そんな言い方をするもんじゃない」

「……伯父上もそう思っている癖に」

「まぁ、否定はせんがな」

 

 軽口を叩き合うリゼリオとボールスは、余裕たっぷりの堂々とした面構え。

 ベイルのことなど、まったく気にしていなかった。

 

「お二人とも、本当にありがとうございました!」


 二人に対し、深々と頭を下げる。

 

 先日言ってくれたように、二人は全力で守ってくれた。

 そのおかげでアンバーは、ラーペンド王国に連れていかれずに済んだのだ。

 

 楽しくてしょうがないこの場所に、まだ居ることができる。

 そうなれたのは、リゼリオとボールスがいてくれたからだ。

 

「頭を上げてくれ。俺たちは当然のことをしただけだ」

「――っ!」


 爽やかに笑うリゼリオに、アンバーの気持ちは高まっていく。

 

 約束通り、ベイルから守ってくれたことが本当に嬉しかった。

 ピンチを救ってくれたリゼリオは本当にかっこよくて、そんな彼のことをアンバーは好きになっていた。

 

 どうせ別れる。好きになっても意味がない。

 そんなことは分かっているのに、止められなかった。どうしようもなく好きになってしまったのだ。

 

 でも、その感情を口にすることはできない。

 好きです――なんて言ったら、リゼリオを困らせてしまうことになる。

 

「うん? どうかしたのか?」

「…………なんでもありません」


 隠しごとをするというのは、どうにもバツが悪い。

 気まずくて、視線を逸らしてしまう。

読んでいただきありがとうございます!


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