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【15話】災い ※ベイル視点


 災害。伝染病。深刻なまでの農作物の不作――これらの問題によってラーペンド王国は今、壊滅的な被害を受けていた。

 

 右肩上がりに増え続けている死者により、高水準だった国力は大幅に低下。

 このまま事態が収束しなければ、国の存続すらも危うくなるという状況になっている。

 

 しかしながら、解決の糸口はまったく見えていなかった。



 王宮の最上階に設けられている、ベイルの私室。

 執務机に座っているベイルは、強く握った拳を机に思いきり叩きつけた。

 

「クソっ! どうしてこんなことに!」

 

 ラーペンド王国の第一王子であるベイルは、王位継承権の最上位である王太子。

 つまりは、次期国王だ。

 

 それなのに将来統治するはずの国は、存亡の危機を迎えている。

 活気に溢れていた頃の面影は、今や見る影もない。

 

 ベイルが統治したかったのは、世界の国々の中でも屈指の力を持っていた、かつての豊かなラーペンド王国だ。

 間違っても、こんな死にかけの国ではない。

 

「大丈夫ですよベイル様。これは一時的なこと。きっとよくなります。ご安心ください」


 脇に立っている女性――婚約者のフィールが、励ましの声をかけてきた。

 

(確証もない癖に……! 何が大丈夫なんだよ!)


 頭空っぽの能天気な発言に、イライラがこみ上げてくる。

 

 こんなにも悩んでいるというのに、フィールは何も考えていないのだろうか。

 馬鹿丸だしな彼女に対し、怒りが乗った鋭い視線を向ける。

 

「そんな気休めはいらないんだよ!」

「も、申し訳ございません」

「くだらないことを言ってる暇があればさ、とっとと国を元に戻してよ! 君はすごい力を持った聖女なんだろ!」

「……申し訳ございませんが、私の力ではどうすることもできません」

 

 この異変に対し、フィールを含む聖女は、総動員で国民の治癒に当たっていた。国から、そういった命令が出ていたのだ。

 

 しかしそれは、異変が起きた当初だけの話。

 今はもう、その命令は取り下げられている。

 

 数が少ない聖女に対し、治癒を必要とする国民の数が多すぎた。

 いくら聖女が治癒したところでまったく状況は変わらなかったために、命令が取り消されたのだ。

 

(無能集団が!)


 治癒が追いつかないのは、聖女がどいつもこいつも結果を出せない無能なせいだ。

 聖女一人一人の能力が高かったのなら、今のような状態にはなっていないだろう。


「……この女との婚約を、現時点で破棄する。僕の婚約者に相応しくないからね。すぐに王宮からつまみ出して」


 ドア付近に控えている衛兵へと命を下す。

 

 結果を出せない無能の中には、当然フィールも含まれている。

 そんな無能には、次期国王たるベイルの婚約者である資格など、ありはしないのだ。

 

「そんな!? あんまりですベイル様! どうか、お考え直しを!!」


 フィールの必死な叫び声が、部屋の中に響いた。

 くりくりとしたブラウンの瞳からは、大粒の涙がボロボロとこぼれている。

 

 ベイルはそれを、一瞥するだけだった。

 

「うるさいなぁ。使えないゴミ聖女がさ、僕に喋りかけないでよ」


 涙の訴えが、ベイルの心を揺らすことはない。

 

 涙を流して情に訴えようとしているが、まったくもって無駄だ。

 ゴミはゴミ。何をしようが、ただただ煩わしいだけ。

 不愉快な雑音と、なんら変わりがなかった。

 

「とっとと連れて行って」


 頷いた衛兵はフィールを拘束。

 嫌がる彼女を引きずりながら、部屋の外へと強引に連れ出していった。

 

「これでやっと静かになった」


 大きなシャンデリアが吊る下がった天井を見上げながら、ため息を吐いた。

 目を瞑ったベイルは、疲れたから休憩しよう、と考える。

 

 しかしそれと同じくして、側近が部屋に入ってきた。

 

 やろうとしたことを邪魔されるというのは、本当に腹立たしい。

 端々まで吊り上がった瞳で、近づいてきた側近を見上げる。

 

「何の用?」

「ベイル様に書状が届いております」

「そんなの後にしてよ。僕は今、とっても疲れているんだ。すぐに休憩しなくちゃいけない」

「よろしいのですか? 差出人は国王様ですよ」

「父上が!?」


 国王直々の書状の中身は一つしかない。

 こういったことをやれ、といった指示が記載されている。

 

 つまりは、命令書という訳だ。


(王国がこんなことになっている今、父上はいったい僕に何をさせるつもりなんだ……?)


「…………よこせ」


 命令書の内容は、その多くが緊急性を要する。

 中身を確認して、迅速にこなす必要があった。休憩をとっている場合ではない。

 

「なんだよこれは!!」


 手紙を一読したベイルは、それをグシャっと丸める。

 

”アンバー・イディオライトを連れ戻せ”


 記載されていたのは、そんなふざけた内容だった。

 

 婚約破棄した相手に、戻って来い、と言わなければならないなんて、なんという馬鹿げた行為だろうか。屈辱以外の何物でもない。

 絶対にやりたくはなかった。

 

「どうしてこの僕がアンバーを――まさか……! あのくだらない噂を、父上は信じているのか!?」


 ラーペンド王国に降りかかる災いは、大聖女であるアンバーを国から追い出したことが原因。

 そんな噂が、国民の間では大きく広がって話題になっている。

 

 災いが始まったのは、半年ほど前。

 アンバーとの婚約を破棄した直後であり、ちょうど時期が重なっている。

 

 それを面白がったどこかの馬鹿が、噂を流し始めたのだろう。

 

 しかし、災いとアンバーの追放を裏付ける証拠など、どこにもない。

 つまりは、ただの憶測であり偶然だ。

 

 しかし国民は、そのくだらない噂を信じている。

 馬鹿馬鹿しい。愚かにもほどがある。

 

 そして父も、愚かな人間の一人だったみたいだ。

 国に災いをもたらした者として責任を取れ、と暗にそう言っているように思えた。

 

(いつも僕を見下してきたあの女に頼みごとなんて……やってたまるか!)

 

 こんなくだらない命令になど、従いたくはない。今すぐにでも断ってしまいたい。

 しかし、そういう訳にもいかなかった。

 

 現国王の命令に背けば、王太子という今のポストを失ってしまう危険性が高い。

 最悪の場合、継承権そのものを失ってしまうことだって考えられる。

 

 王位継承権の最上位、という今の地位に君臨し続けるためには、命令を遂行しなければならないのだ。

 

「…………やるしかない」

 

 ギリギリギリと、強い力で奥歯を噛む。

 

 不本意極まりないが、次期国王になるためには命令に従うしかない。

 他にとれる道などなかった。

 

 問題は、この提案をアンバーが受けるかどうかだが、それについての勝算はかなり高い。

 

 これは国王による命令だ。

 拒否をすれば、ラーペンド王国とルータス王国の間に大きなヒビが入ることとなる。

 

 ルータス王国からすれば、そのような事態は避けたいはずだ。

 

 力を失った無価値な元聖女の身柄と引き換えに国際的なトラブルを回避できるのなら、安いものだ。やらない手はない。

 

 ルータス王国の国王がよほどの馬鹿でもない限り、交渉の成功率はかなり高いだろう。

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