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【14話】謝罪しなければならないこと


「あのリゼリオに、こうまで言わせるとはな……これは驚いた。アンバーさん。これからも私の甥のことを、末永くよろしく頼む」

「は、はははい!!」


 過剰すぎる褒め言葉のせいでしどろもどろになっているアンバーは、思考回路が真っ白な状態。

 特に考えることもせず、勢い任せに返事をしてしまう。

 

 考えてから答える余裕など、今のアンバーにはなかった。

 

******


「今日はすまなかったな。気まぐれな伯父上のせいで疲れただろう?」

「そんなことはありません。ボールス様とお話しすることができて、とても楽しかったです」


 ボールスを見送った二人は、向かい合わせになっているゲストルームのソファーに腰を下ろした。

 

 ソファーの間に挟まれているテーブルの上には、二つのティーカップが置かれている。

 カップに入っている紅茶は、アンバーが淹れたものだ。

 

「君が作る紅茶は、いつもながらにうまいな」

「ありがとうございます」


 紅茶を飲む度に、リゼリオはいつもこうして褒めてくれる。

 

 細かな気遣いをしてくれるのが、アンバーは嬉しかった。

 モチベーションが上がり、やりがいを感じるというものだ。


 カップから口を離したリゼリオが、「さて、と……」と呟いた。

 その口元には、楽しそうな弧が描かれている。


「今回の迷惑行為について、伯父上には反省してもらう必要がある。謝罪文でも書いてもらうとするか」

「そんなことをしたら、ボールス様がかわいそうですよ。……それに謝罪というなら、まずは私がしなければなりません」

「謝罪? 君がか?」

「はい。実は、嘘をついてしまったのです」

「……それはもしかして、ここでの生活を不便に感じているということか!?」


 声量が一気にアップ。

 広々としたゲストルームの隅々にまで、大きな声が響いた。

 

「どういうところを不便に感じているんだ! 遠慮せずに言ってくれ! すぐに改善してみせる!」

「いえ、違いますよ」


 首を小さく横に振る。

 リゼリオは、『困っていることや不便に感じていることはないか?』という問いに嘘をついたと思っているようだが、それは違う。そこではない。


「良い人たちばかりで、不便なく楽しく暮らしている――それは私の本心です。決して嘘ではありません」

「ではいったい、何だというんだ……」

「『これからも私の甥のことを、末永くよろしく頼む』、ボールス様は私にそうおっしゃいました」

「……あぁ」

「あのときの私は、つい勢いで承諾の返事をしてしまいました。ですが今になって考えてみれば、無理な話だったんです」


 苦笑したアンバーは、物憂げな表情を浮かべた。

 

「レイデン家へ嫁いできてから、半年が経ちました。これが何を意味するのか、リゼリオ様はお分かりですよね?」

「……」

「末永く、とは永遠にそれが続くということ。しかし私たちの関係は、一年限りです。あと半年したら、私はここを出て行かなければなりません」


 夫婦でいる期間は、一年限りの限定。

 そういう決まりで、リゼリオと夫婦になった。

 

 一年を越えてもここに居続けることは、ルール違反となってしまう。

 許されはしない。

 ずっとここにいたい、といくらアンバーが願ったところで、決して叶うことはないのだ。

 

「ですから残りの半年間を、今よりもっと大切にしていきたいと思います! 私、この場所が本当に大好きです。だから、できるだけ後悔しないようにしたいんです!」


 口の端を無理矢理に吊り上げる。

 

 ぎこちないそれは、作り物の笑顔。

 悲しい。寂しい――それらの後ろ向きな感情を押し殺すために作った、偽りの仮面だった。

 

「それでは、失礼いたします」


 仮面を貼り付けたまま、アンバーはゲストルームを出て行く。

 

 これ以上ここにいたら、感情が溢れて泣き出してしまうような気がした。

 もしそんなことになったら、リゼリオは気を遣って心配してくれるに違いない。

 

 彼に余分な迷惑をかけてしまうような真似を、アンバーはしたくなかった。

 

 

 

「ずっとここにいればいいのに」

 

 そんなリゼリオの呟きは、アンバーに届くことはなかった。

 部屋の中に浮ぶやいなや、泡のように儚く消えていった。

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