【14話】謝罪しなければならないこと
「あのリゼリオに、こうまで言わせるとはな……これは驚いた。アンバーさん。これからも私の甥のことを、末永くよろしく頼む」
「は、はははい!!」
過剰すぎる褒め言葉のせいでしどろもどろになっているアンバーは、思考回路が真っ白な状態。
特に考えることもせず、勢い任せに返事をしてしまう。
考えてから答える余裕など、今のアンバーにはなかった。
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「今日はすまなかったな。気まぐれな伯父上のせいで疲れただろう?」
「そんなことはありません。ボールス様とお話しすることができて、とても楽しかったです」
ボールスを見送った二人は、向かい合わせになっているゲストルームのソファーに腰を下ろした。
ソファーの間に挟まれているテーブルの上には、二つのティーカップが置かれている。
カップに入っている紅茶は、アンバーが淹れたものだ。
「君が作る紅茶は、いつもながらにうまいな」
「ありがとうございます」
紅茶を飲む度に、リゼリオはいつもこうして褒めてくれる。
細かな気遣いをしてくれるのが、アンバーは嬉しかった。
モチベーションが上がり、やりがいを感じるというものだ。
カップから口を離したリゼリオが、「さて、と……」と呟いた。
その口元には、楽しそうな弧が描かれている。
「今回の迷惑行為について、伯父上には反省してもらう必要がある。謝罪文でも書いてもらうとするか」
「そんなことをしたら、ボールス様がかわいそうですよ。……それに謝罪というなら、まずは私がしなければなりません」
「謝罪? 君がか?」
「はい。実は、嘘をついてしまったのです」
「……それはもしかして、ここでの生活を不便に感じているということか!?」
声量が一気にアップ。
広々としたゲストルームの隅々にまで、大きな声が響いた。
「どういうところを不便に感じているんだ! 遠慮せずに言ってくれ! すぐに改善してみせる!」
「いえ、違いますよ」
首を小さく横に振る。
リゼリオは、『困っていることや不便に感じていることはないか?』という問いに嘘をついたと思っているようだが、それは違う。そこではない。
「良い人たちばかりで、不便なく楽しく暮らしている――それは私の本心です。決して嘘ではありません」
「ではいったい、何だというんだ……」
「『これからも私の甥のことを、末永くよろしく頼む』、ボールス様は私にそうおっしゃいました」
「……あぁ」
「あのときの私は、つい勢いで承諾の返事をしてしまいました。ですが今になって考えてみれば、無理な話だったんです」
苦笑したアンバーは、物憂げな表情を浮かべた。
「レイデン家へ嫁いできてから、半年が経ちました。これが何を意味するのか、リゼリオ様はお分かりですよね?」
「……」
「末永く、とは永遠にそれが続くということ。しかし私たちの関係は、一年限りです。あと半年したら、私はここを出て行かなければなりません」
夫婦でいる期間は、一年限りの限定。
そういう決まりで、リゼリオと夫婦になった。
一年を越えてもここに居続けることは、ルール違反となってしまう。
許されはしない。
ずっとここにいたい、といくらアンバーが願ったところで、決して叶うことはないのだ。
「ですから残りの半年間を、今よりもっと大切にしていきたいと思います! 私、この場所が本当に大好きです。だから、できるだけ後悔しないようにしたいんです!」
口の端を無理矢理に吊り上げる。
ぎこちないそれは、作り物の笑顔。
悲しい。寂しい――それらの後ろ向きな感情を押し殺すために作った、偽りの仮面だった。
「それでは、失礼いたします」
仮面を貼り付けたまま、アンバーはゲストルームを出て行く。
これ以上ここにいたら、感情が溢れて泣き出してしまうような気がした。
もしそんなことになったら、リゼリオは気を遣って心配してくれるに違いない。
彼に余分な迷惑をかけてしまうような真似を、アンバーはしたくなかった。
「ずっとここにいればいいのに」
そんなリゼリオの呟きは、アンバーに届くことはなかった。
部屋の中に浮ぶやいなや、泡のように儚く消えていった。




