【1話】元大聖女は、婚約破棄をされる
「アンバー。君との婚約は、ただ今をもって終わりとさせてもらうよ」
ラーペンド王国第一王子、ベイル。歳はニ十歳。
王宮にある彼の私室に呼び出されたアンバー・イディオライト子爵令嬢は、こうして今、婚約破棄を言い渡された。
しかしながらアンバーは、まったくもって動じなかった。
「そうですか」
肩にかかる金色の髪を、無造作に手で払う。
ルビーのような真紅の瞳は、勝ち誇った顔をしているベイルへ向けて、どうでもいいと言わんばかりの興味のない視線を送っていた。
ベイルは自己愛の塊のような人間であり、自分を立てない人間をひどく嫌っている。
そんな彼のことが、アンバーはずっと嫌いだった。
ずっと嫌いだった男に婚約破棄されようが、心底どうでもよかった。
むしろ、これで結婚しなくてもよくなったことが本当に嬉しい。
婚約破棄してくれてありがとう、と逆にお礼を言いたいくらいだ。
十八歳の誕生日を迎えた今日。最高の誕生日プレゼントとなった。
「婚約破棄されたんだぞ……第一王子であるこの僕に! それなのに、なんなんだよその反応は……!」
涼しい顔をしているアンバーに、ベイルはご立腹。
無駄に整っている彼の顔面が、激しく苛立った。
しかしそれは、長続きしない。
怒りはすぐに治まる。
「強がりでしょ、それ? 可愛げがないというかさ、本当に生意気な女だよね」
ベイルの口元がニヤリと弧を描いた。
サラサラの金髪がひらりと揺れる。
「そうでしょ? 力を失った元大聖女様」
女性のみが扱える魔法――聖属性魔法。
聖属性魔法を扱うことができる女性を、この国では聖女と呼んでいる。
アンバーは幼い頃から、強力な聖属性魔法を扱うことができた。
聖女として、飛び抜けた才能を持っていたのだ。
そんな才に溢れし彼女が、十歳を迎えた頃。
ラーペンド王国でただ一人、聖女の中の聖女――大聖女の称号を、王国から与えられた。実に、千年ぶりの快挙だった。
それから時は進み、今より三年前。
世界征服を企てる人類の敵――魔王が出現した。
強大な魔王に対抗するため、世界の国々は連合軍を結成する。
連合軍は強大な力を持つ五名を選抜し、彼らに魔王討伐の任を与えた。
そのうちの一人が、当時十五歳だったアンバーだった。
大聖女である彼女の力に期待した連合軍は、魔王討伐の任を命じたのだ。
アンバーら五人は、激闘の末に魔王を討ち滅ぼすことに成功した。
こうして世界は、大きな危機を逃れる。
しかし、その犠牲は非常に大きかった。
アンバー以外の四名は、戦いの中で死亡。
そして唯一生き残ったアンバーもまた、無傷では済まなかった。
魔王を滅ぼすため、アンバーは人間としての限界を超えるような強力な魔法を使った。
その結果として、魔王討伐という目的は達成された。
しかしながら、過ぎたる力には代償がついた。
大きな力と引き換えに、アンバーは聖女としての力を失ってしまったのだ。
だから今こうして、元大聖女と呼ばれている。
「聖女としての力を失った今の君は無価値だ。選ばれし人間である僕の婚約者には相応しくない。資格がないのさ」
鼻で笑ったベイルは、傍らに立つ女性へ目を向ける。
「僕に相応しいのは、君のような女性さ。そうだろ、フィール?」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
ふんわりとしたクリーム色の長髪に、まんまるで大きいブラウンの瞳。
庇護欲をそそるような、愛らしい顔立ち。
そんなフィールの口元に浮かぶのは、嫌らしい笑み。
それは、アンバーに向けてのものだった。
「あなた、ベイル様の婚約者になることにしたのね」
「そうよ。力を失くした役立たず聖女に変わって、これからは真の大聖女である私がベイル様を支えるの」
フィール――フィール・サブルマディ侯爵令嬢は、アンバーと同い年の十八歳。
そして、幼い頃から強力な聖属性魔法を扱うことができる聖女。
そう、アンバーと同じだ。
しかし、大聖女に選ばれたのはアンバーのみ。
力量不足が理由で、フィールは大聖女にはなれなかった。
そのことがあってか、フィールにはよく思われていない。
アンバーが魔王討伐の旅に出ていたこの三年間にベイルに取り入って婚約者の座を奪い取ったのは、それが理由だろう。
「こうして君はお払い箱になった訳だけど、実はもう新しい役目を用意してあるんだ。ルータス王国って知ってるかい?」
「はい。詳しいことまでは知りませんが」
ここ、ラーペンド王国より遠く離れた地にある、ルータス王国。
国土自体はそれほど大きくはないが、強大な軍事力を有していると聞いたことがある。
「そこの国王がさ、こう言ってきたんだよ。甥の妻としてアンバーを迎えたい、ってね。ルータス王国の軍事力は強大。こちらとしては、ぜひとも仲良くしておきたいんだ。あとは言わなくても分かるよね?」
(ルータス王国へ恩を売る――私はそのための道具ってところかしら。私のことを無価値と言っておきながら、それでもとことん使い潰すつもりなのね)
ベイルのやり方には腹が立つ。
文句の一つでも言いたかったが、アンバーは口にしなかった。
何を言ったところで、この決定が覆ることは決してないだろう。
ベイルという男は、そういう人間だ。
「役立たずを有効利用なさるとは、流石の手腕です! 私、惚れ直してしまいました!」
「これくらいのこと、やってのけて当然さ。なにせ僕は、次の国王になる男だからね!」
キャッキャッと声を上げて、大盛り上がりする二人。
アンバーにとっては、ただただうるさいだけ。
耳障りな騒音と何ら変わりがない。
(……私、帰ってもいいわよね)
失礼します、と小声で声をかけるが、絶賛大盛り上がり中の二人は気づかない。
もう一度声をかけるのが面倒くさくなったアンバーは、軽く会釈をして部屋を出て行った。
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