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(9:楓と初めてのホテル)

   (九)


 『Heaven's ark SiteIV』

 それは島内にあるホテルのカードキーだった。

 オレたちはそこを知っていた。

 ロープウェイの中から眺めた景色の中で緑の木々に埋もれた異様な佇まいの小さな要塞のような建物と黄色と紫の妖しげな看板を。

 そして、オレたちはいま、その色褪せた歴史的建造物を見上げていた。

「ここって、大人のホテルだよね」耳にしたことがある。こいつはラブホテルってやつだ。

「こんな島にね」

 日が暮れる前になんとかたどり着いたその施設は歴史ある神の島として世界的な観光地となったこの場所に似つかわしくない、()()()()タイプの大人専用ホテルだった。

「実はオシャレなペンションってことはない?」

「これがオシャレに見える」

 オレは首を振った。オシャレなお化け屋敷ならありかもしれないけど。

「入ってみりゃわかるよ」楓は門をくぐってずんずん敷地の中に入っていく。正面玄関の『故障中』と書かれた重たい黒ガラスの自動ドアを手で開いて中に入る。

「オレたち入っていいのかな」

「こういうところはね、フロントの人とかと顔を合わせなくても利用できるようになってるんだよ。こっちはもうルームキーだって持ってるんだからバレなきゃ大丈夫」楓は自信満々でカードキーを掲げながら「ほら」と玄関ホールの隅を指さした。壁際に小さなカウンターのフロントがあったけど窓口はシャッターが閉じられていた。

「詳しいんだね」オレはこのホテルはもう潰れてしまって営業してないんじゃないかという意味で聞いたんだけど、楓が知ってる感をアピールしたいのなら仕方ない。

「でも、フロントからアレで監視されてるかもしれないから部屋に急ごう」楓が天井の防犯カメラを指さした。それも、機能してればってことだろうけど、これはもうどう見ても廃墟だ。島の中はさっきの防災放送で言ってた通り、地震で停電や断水になっているはずだし、カードキーって電気で動くやつだろう。部屋に入ることすら難しいんじゃないだろうか。

 ホールを抜けた先にもうひとつ巨大なスリガラスの自動ドアがあって、鉛のように重たいそいつを二人がかりで力技で強引に押し開いた。

「開いた」

 オレのため息混じりのつぶやきに、楓が痛そうに手首を振った。

 自動ドアの向こうに続く廊下には両側にナンバーの描かれたドアが並んでいてSiteIVという部屋は廊下の突き当たりにあった。

 〝4〟と表示のあるところどころペンキの剥がれたドアの右側の壁にはたったいま取り付けたばかりのような真新しいノートサイズのタッチパネルがはめ込まれていた。

 楓がパネルに触れると画面に『Heaven's ark SiteIV』の文字が浮かび上がった。信じられないことだけど、これは生きている。

『カードキーをタッチして下さい』音声メッセージが流れる。画面に赤い二重丸が浮かび上がった。

 楓がそこにカードをかざすと、低くピピッという音が鳴った。

 オレはそれで鍵が開くもんだと思ってレバー型のドアノブを押し下げた。けど回らない。

『生体認証をします』パネルに手のひらの形が白く浮かび上がった。

「えっ」

 当然のことだろうけど、楓がパネルに手を押し当ててもアラートのブザー音が鳴るだけだ。試しにオレも手のひらを押し付けてみたけど、もちろんどうにもならない。

「こういうホテルってこんなにセキュリティ厳しいのか」利用したことがないので分からない。

「もう、こんなだから日本は少子化になっちゃうのよ」楓がパネルにバンバン手のひらを叩き付けて訳の分からない文句をいっている。でも、確かにこれじゃあこっそりエッチなデートもできない。

『認証できませんでした。コードモードを利用する場合は解除ボタンにタッチして十秒以内にセキュリティコードを入力して下さい』

「解除ボタン?」画面に浮きでた『解除』という真っ赤な文字を押してみた。

「あ、バカ」

 楓に言われてハッとした。そのナントカコードを考えてから押せばよかったんだ。

「ごめん」謝っても遅いけど。

 オレたちは画面に表示されたテンキーにフリーズした。点滅する入力欄が八つもある。八桁の数字だ。パネルにはご丁寧にカウントダウンタイマーまで表示されている。

「おい、どうする、なんか押せよ」ドアノブをガシャガシャしながらオレはパネルに人差し指をかざしたまま固まっている楓に叫んだ。

「やかましい、クズ!」楓の方がでかい声で、オレは次に言おうとした悪態を飲み込んだ。

 パネルのカウントがあと三秒を示した。

 楓がパネルのテンキーに素早く八桁の数字を打ち込む。ピーという連続したアラートが響いてドアからカチャッと音がして、握ったノブに微かな振動が伝わってきた。

『解錠しました』

 開いたんだ。

「すげぇ、なんで分かったんだよ」

 なら、これ開けていいんだよな。

「なあ、開けてもいい……」

「バカ、さっさと開けろ!」

 楓がオレの手を殴りつけるようにノブを叩いた。

 ドアノブに一瞬ロックが掛かったような抵抗を感じたけど、楓の一撃でガキンと金属音がしてかかり掛けたロックが外れノブが完全に回った。それでそいつを楓が引っ張って扉を開いた。

「すぐに開けないとまた鍵が掛かっちゃうでしょう、ほんとになにやってもグズ。やっちゃダメなことはバカみたいにほいほいやるくせに肝心なことはビビってできないヘタレなんだから、ゴミ!」まくしたてる楓に泣きそうになる。

 くそっ、キレてる時の楓をクラスのみんなに見せてやりたい。どこがクールな女だ。AB型の二重人格。とんだブラックデビルだぜ。

 一言も言い返せないまま、全開にしたドアから中のようすを覗き込んだ。

 妖しい。

 ピンクがかった紫色の薄暗い廊下が奥に向かっている。どこかで聞いたことのあるBGMは、ドラマなんかで男と女がベッドでもつれあってるシーンに流れていそうなやつだけど曲名までは知らない。

 やっぱりここは間違いなく大人専用のエッチホテルだ。まあ、子供用のエッチホテルなんて世の中にないだろうけど。

 先に部屋の中に入るとあとから付いてきた楓が後ろでドアをガシャンと閉じて、サムターンをひねって鍵をかけ、取り付けネジが緩んでしまってガタつくドアガードのチェーンを引っ掛けた。

 鍵をかけるってことは、楓は本気でこのホテルOKなのか。てことはエッチなこともOKなのか。

「よおし、ここで朝までエッチなことやりまくろうぜ」からかい半分、探りを入れるつもり半分が、口の中がカラカラで声が上ずって突拍子もない発音になった。

「なに勝手な目標立ててんのよ、バーカ。ここの方が避難所なんかよりずっとマシってことでしょ」緊張しまくってるオレを笑い飛ばす。

 図太いやつだ。

「でも、シャワーは浴びたいかな」ボソッという楓はきっと汚れて臭うパンツを早く脱ぎたいんだろう。

 それで、ちらっとオレを見て心の奥を探るような目で念押をした。

「別々でね」

 もちろん、一緒にシャワーを浴びようなんて思ってない。ちょっと妄想してるだけだ。

 幅1メートルほどの狭い廊下はよく見るとところどころ壁紙が剥がれかけてて、ハロウィンならゾンビがいてもおかしくない雰囲気がある。古ぼけた安っぽい造りを薄暗い妖しげな色の照明でごまかしてる感じだ。その照明も普通の蛍光灯に紫色のプラスチックカバーを被せてあるだけでなかなかしょぼい。

 廊下でこうなら奥の部屋も期待できそうにないけど表の看板にはカラオケやゲームもあるようなことを書いてあった。学校の体育館にダンボールの仕切りで区切っただけの避難所よりははるかにマシに違いない。

 しかもエッチなこと専用の部屋で楓と二人っきり。間違いが起きたとしても間違いじゃないだろう。

 オレはゴクリと唾を飲み込もうとして、乾きすぎた喉にヒリヒリとした痛みを感じた。

 すると、楓がオレの手を握ってきた。

 えっ、いきなりラブラブモードかよ!?

 驚いて楓を振り返った。

「腰抜けて動けないなら手引いてあげようか」

 たぶんドアとオレとの間の狭い空間に耐えられなくなったんだろうな。

「いけるよ」

 抗議したけどせっかく握ってくれた手は離さないでいた。


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