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サイド 見つかったら終わり

 王都内にあるエンベズ商会。その規模は王都内の商会の中だと中規模で、そこそこ名の知れた商会、といったところである。けれど、それでいいのだ。エンベズ商会長はエンベズ商会を今よりも大きくしようとは思っていない。というのも、大規模だと注目の目を集め過ぎて身動きが取りづらくなるし、小規模だとやれることの範囲が狭過ぎて情報一つ手に入れるだけでも相当の苦労が必要になる。だから、中規模(これくらい)が最も適している、と考えていた。それに、エンベズ商会長は自分に多少の商才はあれど、これ以上はもう自分の才覚以上だと理解しているし、何よりそもそもの話としてこれ以上大きくするつもりがないのだ。目的を果たすには、中規模(これくらい)で十分なのである。


 その目的とは、エリアスト王国・王都に関する様々な調査。そして、調査した結果報告をゴルブルワ帝国へと渡すこと。エンベズ商会長は元々エリアスト王国出身ではなく、ゴルブルワ帝国出身であり、わかりやすく言えば既に十年近くエリアスト王国で生活している密偵である。調査するために新たに派遣されたとかではなく、実際に生活しているからこそ、密偵として疑われにくく――いや、何かしらがない限りは、密偵だと思われることすらないほど、エンベズ商会長はエリアスト王国に馴染んでいた。


 ちなみに、エンベズ商会長の妻は同じく密偵であり、息子である赤髪の男性は両親が密偵であることを知らない。明かしていないのは、いざという時の安全面を考慮して――というのがなくはないが、知っている場合の不自然さをなくすことができるというのが大部分の理由である。


 そんなエンベズ商会長はくすんだ赤髪の中肉中背の四十代くらいの男性で、エンベズ商会の商会長室で表向きの商会の書類仕事をしていると、不意に嫌な予感に襲われた。こういう勘のようなものは馬鹿にできない、と思いつつ、理由がわからない。自分が密偵であるからこそ、それに繋がるようなものが見つかったのでは? と思うが、その辺りについては日頃から隠蔽を徹底していたので、悪手と呼べるようなことをした覚えがないのである。では、なんだろうか? と考えていると、商会長室の扉がノックされて入室を許可すると、従業員の一人が入室してくる。


「商会長。商会長に会いたいと、王国騎士団の方々が来られています。何やら協力して欲しいことがあるそうで」


「協力? 私のような一介の商人が協力できることがあるとは思えませんが、わかりました。私から行った方がいいですかね?」


「いえ、内々の話なので了解を得られれば商会長室で話したいそうです」


「わかりました。あっ、一応確認ですが、本物ですよね?」


「はい。しっかりと確認しています。まあ、王都で王国騎士団を騙ろうなんて勇者はさすがに居ませんよ」


「それもそうですね。では、呼んできて頂けますか?」


 わかりました、と従業員が一礼して商会長室から出た――瞬間、エンベズ商会長は音も立てずに動き出した。自分の正体がバレた、と判断したのである。先ほども従業員と会話しつつ、ここからどう切り抜けるかを頭の中で算段をつけていたのだ。既にエンベズ商会は王国騎士団によって囲まれていることを前提にして、王国騎士団が商会長室に来るまでの僅かな間にこの場にあるゴルブルワ帝国に繋がる証拠を消した後に脱出して後、妻と合流してから可能であれば息子を拾って――とつけた算段の通りに動き始めて、まずは一番に消しておきたい証拠となるものが入っている金庫を開けた。その中にある書類を取ろうと手を伸ばし――その手を横から掴まれる。


「開けてくれて、どうもです」


「――っ!」


 息を飲むエンベズ商会長。何故なら、従業員が扉を閉めるのをしっかりと見たからだ。合わせて、商会長室内には自分しか居なかったはずなのだ。何故、何故、とエンベズ商会長は疑問が浮かぶが、それは一瞬のことで、掴まれた腕を力で無理矢理回して拘束を解くと、距離を取るように後方へ飛んで、自分の腕を掴んだ者を見る。


「……エルフか」


 エンベズ商会長の腕を掴んだ者――マウマウが笑みを浮かべる。何故エルフが? とエンベズ商会長は思うが。当のマウマウはエンベズ商会長に興味はないと金庫――その中身へと視線を向けて、中を確認しようとした体を動かす。


「さて、ここに証拠があるそうですが……」


 狙いが金庫の中ということで、やはり密偵であることがバレたのだと確信するエンベズ商会長だが、当然ただ黙ってマウマウの行動を見ているつもりはない。何より、エンベズ商会長からすれば、今マウマウは背を見せているので明確な隙を晒していることになる。


 エンベズ商会長は密偵ということもあって暗殺寄りではあるが武術の類を習得しているため、絞め殺すなりで対処しようと跳びかかる――と見せかけて窓へと向かう。証拠の隠滅ではなく、逃走を選択したのである。証拠の中には自分と同じくエリアスト王国内に潜伏している密偵たちのリストがあるが、それを元に調べられる前に逃がせばいいだけと判断したのだ。マウマウが追おうとする気配はない。


 そうして、もう少しで窓を突き破れるというところで――。


「どこへ行こうというのですか?」


 エンベズ商会長の耳に男性の声が届くと、体が後方へと引っ張られる。窓から離れていくのが見えて、次いで背中に痛みと衝撃が走った。投げられ、壁に背中を打ち付けたようだ、と状況把握した後、エンベズ商会長は室内に新たに現れた男性を見て困惑する。マウマウが現れただけでも驚きなのに、もう一人居たとは思いもしなかったのだ。しかもそれが――。


「……何故、エリアスト王立学園の学園長がここに?」


 純粋な疑問であったが、学園長は特に気にした様子はない。


「そうですね。まさか、生徒の親にゴルブルワ帝国と繋がっている者が居たとは、私も聞かされた時は驚きましたよ。それを把握していなかったとは、私も耄碌してしまったのでしょうか?」


「それだけ学園長として相応しくなったということではないですか」


 金庫の中を確認しているマウマウの答えに、学園長は笑みを浮かべる。


「そうであるのなら嬉しいですね」


 マウマウと学園長の間に和やかな雰囲気が流れるが、エンベズ商会長には関係ない。寧ろ、この状況で和やかな雰囲気を流す二人に嫌な予感は止まらず、早くこの場から逃げるべきだと動き出そうとした瞬間、エンベズ商会長は目を離した訳ではないのに学園長が目の前に居て、軽く首を絞められていた。


「大丈夫です。眠るだけですので安心してください。色々と吐いていただかないといけませんから、この場で殺したりはしません。まあ、話していただく過程の中で何かあるかもしれませんが、それはあなた次第ですよ」


 エンベズ商会長は強烈な眠気を感じて瞼が重くなる。魔法だろうと当たりを付けるが対抗できない。薄れゆく意識の中で、エンベズ商会長はふと思い出す。


(そういえば、私が密偵……活動を始める前に……エリアスト王国には……『穏やかなる死(カーム・デス)』と呼ばれた正体不明の存在が……)


 意識を失うエンベズ商会長のここから先……安息が訪れないことだけは確かとなった。

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