やれるけど、やれない人だって居る
王都は真下から見上げると首を痛めそうなくらいの大きな壁に囲まれていた。
これまで住んでいた町とは全然違う。つまり、ここは都会ということだ。いや、ただ都会なだけではなく、ここがエリアスト王国の中心なのだ。その証拠に、大きな壁よりも高い城が見えている。
初めて来たということもあって、妹と共に大きな壁と城を見ている間におっちゃんが色々と手続きを済ませたようで、馬車はそのまま王都の中に入っていく。
巨大な門を抜けると――「わっ!」と一気に賑やかな音が聞こえてきて、気温も変わったように感じる。熱くなったような、そんな感じだ。
それもそうだ、と思う光景が広がる。
馬車が進んでいく大通りは人の往来が激しく、非常に賑わっていた。
馬車から覗いて見ている大通りだけでも、住んでいた町よりも多くの人が居るんじゃないか、と思うくらいの人が居た。いや、それはさすがに言い過ぎか。
でも、それも仕方ない。それくらい、大通りには人が溢れ返っている。
「……お祭りみたいに人がたくさんいる。見えているところだけで、私たちが住んでいた町よりも人が多いと感じる。……これが王都なんだね」
馬車の荷台から大通りを覗き見ていた妹から、俺と似たような感想が漏れ出た。
兄妹だな。
何にしても、初めての王都。初めての王都である。「おお!」「へえ!」「はあ~……」と妹と共に王都の風景に目を奪われている間に、馬車は目的地に着いたのか、止まった。
「今日からここが、新しい我が家だ!」
そう言って、御者台からおっちゃんが指し示したのは、二階建ての大きな家。その家とは別に小屋というか別の一階建ての家が建っている庭付き。周囲の家と比べても大きい。おっちゃんが言うのは、王都はそれなりに区分けされていて、ここは商業区の端らしい。中心地からは外れていて、どちらかと言えば王都を囲む壁が近かった。
妹と共に腕を組んで、しっかりと家を見る。
「………………イシス。あの家、新しい、か?」
「ううん。お兄ちゃん。新築じゃないよ。中古だよ」
だよな、と妹と共にうんうんと頷く。
「いや、そういう意味の新しいじゃないから! ここで新しい生活を始めるって意味だから!」
「「だと思った」」
「お前らなあ……」
おっちゃんが呆れた表情を浮かべた。
もう少し詳しく説明されて、二階建ての家の方が住宅で、一階建ての家の方が錬金工房のようだ。そこまで聞いて、ふと気付くというか、実感したというか……。
「……待てよ。何気なくスルーしていたが、これ、もしかして、おっちゃんの持ち家ってこと? おっちゃんなのに?」
「あっ! そっか! そうなるよね。え? 嘘でしょ? 凄腕錬金術師だとして、それは腕前がそうであって、甲斐性とかは破滅的、壊滅的なぐーたらじゃないの? 生活まで凄腕ってこと?」
「兄妹揃って失礼だな!」
「「でも、これまでの生活態度を考えれば」」
「そう言われると何も言い返せないだけの自覚はある!」
自覚はあるのか。
「まあ、俺のことはいいんだよ。大人だし。今更生活態度を変えようなんて思わないし。ともかく、今日からここに住むから、二人に頼んでおきたいことがある。いや、イシスは無理させられないから、アルンの方に頼むことになるか」
「なんだ? 何かすればいいのか?」
「掃除を頼む。住宅の方な。俺はここに来ても錬金小屋の方に居ることが多いから、住宅の方は埃が溜まっているかもしれない。換気ついでに軽くでいいから掃除しておいてくれ。使う部屋は好きに決めていいからな。俺はその間に情報収集も兼ねて王都の知人のところに行ってくる。あと、食料も買ってくるから、戻るまで少し時間がかかると思う」
「わかった」
妹と共に馬車を下りる。
「あと、錬金工房の方は危険なものもあるから放置で構わない。家の方だけ頼む。それじゃ、行ってくる」
おっちゃんは俺に鍵を渡すと、そのまま馬車を走らせてどこかに行ってしまった。
受け取った鍵で住宅の玄関扉を開けて、中に入る。
第一印象は、埃っぽい。このままだと環境がいいとは言えないので、妹は外で一旦待機してもらい、俺だけ突入。窓という窓を開けていく。これで少しでも改善すればいいのだが。
開け終われば、掃除道具を……どこだ? ……玄関付近に乱雑に置かれていた。多分、使用回数は一桁というか、使ったことあるのだろうか?
布巾も近くに積まれているが……変な臭いはしないので、使用した形跡は見られない。
あと、ここに来るまでに聞いた説明の中に、王都は上下水道がしっかり配備されているので蛇口を捻れば水が出るというのがあった。試して……出た。少し感動。
掃除は俺に任せて欲しかったが、妹はやる気を見せてきた。
説得は……無理だったので、テーブルの上を拭くとか、そういったことをお願いする。
「任せて!」
掃除を始める妹の姿は、健康そのもの。魔障を患っているなんて見えない。でも、妹が魔障を患っているのは間違いない。だから、必ず救ってみせる、と力を込めて箒を掃く――と勢い余ってすっぽ抜けた箒が飛んでいき、壁にぶつかって凹みを作った。
………………。
………………。
元からあったことにして、今度はすっぽ抜けないようにしっかりと握って掃き掃除を続ける。