人によっては大変なご褒美となるかもしれません
地下29階
そう。ここは地下29階。地下30階の上。目的である地下30階まで、あと一階分進めば到着するのだ。漸くここまできた。もちろん、普通よりも早く来た気はしている。でも、学園のダンジョンに入っていられる時間が限られている身としては、漸くなのだ。まあ、地下30階に辿り着いたとしても、ボス部屋を見つけて、さらにボスを倒さないといけないのだが、そこは一旦横に置いておく。今は考えない。今考えるべきは、可能な限り早く地下29階から地下30階へと行くことだ。考えるよりも、まずは先へと向けて足を前に出す。
……「気配察知」で今のところ確認する限り、人の気配はまったくない。魔物の気配はある。時折強い魔物の気配もあるが……まあ、普通のオーガだろう。ハイ・オーガではないと思う。地下28階で俺は学習したのだ。……でも、その時より強い魔物の気配というか……そう、地下28階で最後の分かれ道の時に感じていた強い気配と同じくらいなような……つまり、普通のオーガということである。もう俺はダンジョンに騙されたりしないぞ。弄ばれたりもしない。でも、言い換えれば、その強い気配よりも強い気配があれば、それがハイ・オーガである可能性が高いということでもある。一つの基準を得た。
人の気配がまったくないので、高速移動もより速度が乗っている。速い。速い。ははははは! 俺は今風だ! 疾風だ! ……そういえば、王都に来る前の町に住んでいた時に、町の子供たちの間である話題が盛り上がっていたんだよな。それは、ある一人の男性が、突風のような風の魔法をその身に受けた際、まるで豊満な胸に圧し潰されたような感触を得た、といった内容である。その時は周りに風の魔法を使えるのも居ないし、そもそも居たとしても突風のような強い風の魔法を扱えるのは大人だけだろうから、試すのは無理だった。それに、よくよく考えてみれば、誰も豊満な胸に圧し潰されるような感触なんてわからないのだから、どのみち無理な話だったのである。でも、今の俺が出している速度は、話の中の風の魔法と同じくらいではないだろうか? よって、今俺がその身に受けている風の圧は、豊満な胸の………………。
本能に従い、より全身で受け止めるために両腕をバッと広げる。
より繊細に感じようと目も閉じる。
うん。それがいけなかった。
ちょっとくらいなら大丈夫かと思ったが、今は疾風のような速度を出しているのだ。直ぐ壁にぶつかって床に倒れた。痛い。体が頑丈なのでダメージらしいダメージはないが、それでも思いっ切りぶつかったので痛い。床に倒れたまま、少しだけじたばたとする。もちろん、「気配察知」で周囲に魔物は居ないことは確認済みだからこそできることだ。痛みが引くまで反省していようと大人しくしていると――。
《――100%。得られた経験により「床」に適応しました。「私は壁」を獲得した際の経験を活かして、スキル「俺は床」を獲得しました――》
そんな「全適応」さんのお知らせを受けた。どういうこと? いや、疑問は直ぐに消え、理解する。要は「私は壁」の派生スキルというか、効果は同じだが壁ではなく床――今みたいに寝そべっている状態で発動して認識されなくなる潜伏系スキルということだ。スキル名がスキル名なので格好良く潜伏系とした。実際、対象場所に潜伏するようなものだし、間違っていないと思う。しかし、壁ではなく床か……あって損はないと思うが、そもそも使い道があるだろうか?
……あった。まさか使うことになるとは思わなかったが、それしかなかったのだ。
新たなスキルを得た後、痛みが引くと同時に行動再開。高速移動で駆け続け、「罠感知」で罠を避けつつ、時々邪魔な魔物は倒して、「自動地図化」で行っていない場所を確認しつつ探索を進めていくと、ほどなくして地下30階への階段を見つけた。それは別にいい。寧ろ、喜ぶべきことだ。でも、タイミングが悪かった。そのまま地下30階への階段を下りようと近付いたところで、逆に地下30階から上がってくる人たちが居ることに気付く。気付くのに遅れたのは、階段を見つけた喜びで「気配察知」を怠ってしまったからだ。直ぐに離れようと思ったが、その際の姿を見られる可能性があった。また、壁までも少し距離があって、同じく姿を見られる可能性が高い。よって、直ぐ床の上に寝て「俺は床」を発動して、通り過ぎていくのをジッと待つ。
………………。
………………ぐぅ。
………………。
………………。
ふぅ。行った。行った。大人ばかりだったので冒険者パーティだった。下から上がってきたってことはハイ・オーガ狙いかもしれない。ともかく、壁の時と同様に、見つかることはなかった。俺のことに気付かなかったのだ。それはいい。問題は、壁と床では危険度が違うということだ。なんてことはない。踏まれた。それはもう思いっ切り踏まれた。俺を認識できていないのだから当然である。それでも唯一の救いとして考えられるのは、踏んだのがエルフ女性だったことだろう。いや、救いか? これ? とりあえず、「俺は床」はできれば使いたくない……使わないようにしていくことが大事だと思った。
まあ、何にしても地下30階への階段である。下りた。




